魔王の魂
「エミリエ……!」
意識を覚醒させた瞬間、フェドクスに名前を呼ばれた。
彼は不安で堪らなかったようで、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。
その苦しさになんとも言えない気持ちでいっぱいになりつつ、左目の前へと手を翳す。
――視界は再び、暗闇に閉ざされていた。
よかった。
現実に、戻ってこられたんだ……。
もしもあのまま手を伸ばしてきたお姉様と触れ合っていたら、どうなっていたのだろう?
知りたいような気がするし、このまま有耶無耶にしたいような気もする。
――なんだか、疲れちゃったなぁ……。
このままもう一眠りしたいと思っていたところ、呆れた視線をこちらに向けてくるガザンと目が合った。
「こいつ、なんとかしてくれよ。ずっと、ぴったり張りついて離れねぇの。風呂や食事すらも拒むとか、正気じゃねぇだろ」
「ご心配をおかけして、申し訳ございませんでした……」
「オレはいいけどよ、別に。説明は、ちゃんとしてくれるんだよな?」
こちらはそのつもりだが、フェドクスが納得してくれるかは未知数だ。
「ルドルフを呼んでくる」
ガザンは気を利かせて、客間をあとにしてしまった。
フェドクスは自分と2人きりになって、ようやく己を誰かに取られる心配がなくなったと安堵したのだろう。
ようやく抱きしめる力を緩め、私の髪を愛おしそうに撫で始めた。
「ごめんね。心配、かけて……」
「あいつらにも、打ち明けるのか」
「うん。みんなは、仲間だから……」
やはり私の秘密は、自分だけに独占してほしいと願っているようだ。
彼は露骨に、嫌そうな顔をした。
「事実を知れば、エミリエの命を狙うかもしれない」
「みんなに殺されるのなら、本望だよ」
私が未来を変えたのは、死にたくなかったからだ。
今だって、その気持ちは変わっていない。
だけど、どうしても死から抗えないのだとしたら――その時は、みんなの手で命を落としたかった。
口元を綻ばせて伝えたところ、こちらが生半可な気持ちで言っているわけではないと認識したらしい。
彼はこちらへ心配そうに、問いかけてきた。
「決意は、固いんだな」
私は頷いたあと、声を発した。
「秘密には、2つあると思うの」
1つは墓まで持っていかなきゃいけないこと。
そして、もう1つは――大っぴらにはしたくないけど、信頼のおける人達には打ち明けておいたほうがいい内容。
「私のせいで、みんなが危険な目に遭うかもしれないんだよ? 口を閉ざし続けるなんて、絶対に無理」
意外にも、幼馴染はこちらの意思を尊重してくれた。
それに安堵しつつ、私たちは三英雄が揃うのを待った。
「お待たせ。元気そうだね」
「おかげ様で……」
「人払いは、済ませてある。君の秘密を、教えてもらうよ」
ガザンとともに姿を見せたルドルフは、口元だけを綻ばせている。
残念ながら、目は笑っていなかった。
――ちゃんと、向き合おう。
フェドクスだけならなんとかなるが、三英雄を全員相手にするのは無理だ。
私は彼らを怒らせないように細心の注意を払いながら、ゆっくりと語り出す。
先程自覚した、真実を……。
「どうやら、私の中には魔王の魂が眠っているようです」
「不確定なのか?」
「私も、よくわからなくて……」
「間違いない」
これ以上の説明は出来ないと曖昧な返答をしたところ、フェドクスが断言する。
全員の視線が一斉に彼へ向けられたが、幼馴染は一切気にした様子もなく、静かに声を発した。
「左目が黒いのは、魔王の魂が宿った証だ。あいつが完全に覚醒した時――両目が漆黒に染まる」
フェドクスはハルル村で暮らしていた際、義両親の話を聞いている。
この情報も、きっとそこから得たのだろう。
彼は私の変わりに、辺境伯の疑問を解消してくれた。
「エミリエは、どうなるんだ?」
「身体を乗っ取られ、行場を失った魂は転生輪廻の輪から外れる。生涯、彷徨い続けるだろう」
「随分と、詩的だね」
「つまり、人間としての暮らしは期待できねぇってことだな」
魔王が覚醒したら、私は身体を奪われ、死ぬよりも恐ろしい目に遭う。
いずれ訪れる最悪な結末を幼馴染の口から説明されて、涼しい顔をしていられるのは、自分くらいなものだ。
「どうすれば、防げるの?」
「エミリエの身体から、魔王の魂を追い出せばいい」
「それで、嬢ちゃんに聖なる力を使えって強要してたんだな……」
咄嗟に魔王の力を奪い取らなければ、みんなに迷惑をかけずに済んだ。
後腐れなく、三英雄の前から姿を消せたのに――。
「この国で神聖力が強い人間は、癒やしの聖女と司祭だよね」
「あいつらは、エミリエに敵意を持ってんだぜ? 罪を償うために癒やしの力を使えって迫ったところで、言うことは聞かねぇだろ」
「うん。聖女のほうは、異能が使えなくなったみたいだから……。頼るのは、無理だ」
やはり、原作通りに私が命を落とす未来は、変えられないのだろうか……?
「じゃあ、どうするんだよ?」
「それを、僕たちが力を合わせて探さないといけない」
「心当たりは?」
「ある」
そんなふうに一瞬だけ弱気になった自分を勇気づけるかのように、フェドクスは力強く断言した。
ガザンは口笛を鳴らし、ルドルフは興味津々な様子で問いかけた。
「やるじゃねぇか」
「ほかに、どんな方法があるの?」
「エミリエよりも魔王と相性のいい生贄へ、押しつけるか――数百人単位の骸を捧げればいい」
彼が提案した内容は、非情としか言いようがなかった。




