現在視とヒロイン
「ルティア……」
面と向かって顔を合わせた場合、私は彼女を「お姉様」と呼ぶべきだろう。
だが、どうにも違和感が拭えないのだ。
作中において、エミリエは原作開始前に息絶えたモブ。
私はその人物の身体を借りているに、過ぎないのだから。
私は本当のエミリエから、身体を奪い取った悪霊だ。
転生したと思い込んでいるだけで、本当は憑依しているのではないだろうか?
いつか本物の彼女が現れ、「私の身体を返して」と迫られるのが恐ろしくて堪らなかった。
だから――。
私は、決めている。
その時が来る可能性を念頭に入れ、誰の好意も受け入れない、と。
ヒロインが三英雄のうち誰か1人――あるいは全員を愛するのなら、お姉様の幸せを願って身を引くつもりだ。
『リジェンタス王国の神殿と、連絡が途絶えました!』
魔王はどうして、私にこんな光景を見せるのだろうか。
さっぱり理解ができぬまま、切羽詰まった様子で報告を続ける男と姉の姿を観察する。
『へぇ?』
『第二王女様に顰ませていた影の報告によると、フェドクス先導の元、神殿が機能を停止したとのこと!』
すると、彼女の表情が露骨に変化した。
先ほどまで口元に浮かべていた余裕の笑みは、一体どこへやら。
桃色の瞳をスッと細めると、手にしたカップをソーサーの上に戻す。
『これからどうやって、リジェンタス王国は私たちと連絡を取り合うつもり?』
『王家はこちらとの交渉を、神殿に一任しておりました。新たな使者が訪れぬあたり、恐らくこのまま有耶無耶にする気かと』
――なんだか、原作で語られたヒロインの雰囲気とは、だいぶ違う……?
彼女はいつだって、明るく元気だった。
妹が見つからぬ焦燥感すらも、攻略対象に打ち明けるまではずっと隠していたはずだ。
なのに――。
目の前にいるヒロインは、怒りに支配されたからか。
全身をわなわなと震わせる。
その後、露骨に悔しがった。
『これが、狙いだったのね……!』
瞳の奥底には、憎悪の炎が燃え上がっている。
それは大好きな妹を自分から引き離しただけでは飽き足らず、永遠に引き合わせないように画策するリジェンタス王国に対する強い怒りの感情が見え隠れしていた。
『こちらが黙って耐えていれば、次から次へと最悪な行動ばかりを更新してくる……! もう、黙ってられないわ!』
彼女は勢いよく椅子から立ち上がり、立派な木々の枝に寝そべるある人物へ向けて声をかけた。
『ラジェス。準備して』
その名前には、聞き覚えがある。
彼は三英雄のハッピーエンドを終えたセーブデータを引き継いでプレイすることでしかルート解禁ができない、隠し攻略対象であったからだ。
『姫様~。やっと、ですか~?』
ラジェスはふわぁと大きな欠伸をしたあと、眠たそうな瞳を開いて人懐っこい笑みを浮かべた。
彼は気の抜けた言葉遣いで人々を油断させ、懐に入り込んで信頼を勝ち取る。
言わば、蜘蛛のような存在だ。
作り笑顔が得意なルドルフと似ているところもあるが、王家には興味ない――。
そんな男性は、隠し攻略対象と言うだけあって、数々の条件を満たさなくては恋愛関係まで発展できなかったはずだ。
――ラジェスは確か、あるイベントをこなすことで、ルティアの護衛騎士になってくれるんだよね。
彼女のそばに大人しく付き従っているところを見るに、すでに好感度が高い状態なのが窺える。
原作開始前から手懐けるなんて、さすがは、私のお姉様だ。
こちらが誇らしい気持ちになっていると、彼女は彼の言葉に同意した。
『ええ。わたしはもう、充分待ったわ。あちらが平和的な解決を目指して、言葉を交わし合う気すらないのであれば――こちらから、乗り込むしかない』
『それでこそ、姫様です~』
ラジェスは木の枝から危なげなく飛び降りると、ルティアの背後にピタリと寄り添った。
『私は、強くて優しいあなたが、大好きなんですよ』
耳元で囁かれた言葉は、普段の気の抜けた口調からは考えられないほどに甘い。
前世では、このギャップにやられて陥落するプレイヤーが多発していた。
ヒロインも、毒牙にかかったあとなのだろうか?
『もう、容赦はしない。あちらがどれほど嫌だと言っても――わたしが実力で、黙らせてあげる』
そう危惧したのは、一瞬だ。
ラジェスの告白を何事もなかったかのように完全スルーした彼女は、こちらをじっと見つめ、うっとりとした表情を浮かべた。
『やっと会えるわ。わたしのかわいい妹。エミリエ――』
――今、目が合った……?
彼女はまるで、私がここにいるのを確信しているかのような反応を見せている。
――やっぱり、お姉様は私を探しているんだ。
「そんなこと、しなくていいのに……」
私のことは忘れて、お姉様は自分の幸せだけを考えて行動して欲しい。
ここが乙女ゲームの世界で、私に好意を寄せる三英雄が攻略対象として名を連ねていた事実がある限り、その願いは恐らく叶わないだろう。
――これから私は、どうなっちゃうのかな……。
そろそろ、考えなくてはならない。
どうするのが、最善なのか――。
『姫様~。また、精霊たちの力を借りたのですかぁ~?』
『してないよ?』
『じゃあ、あれはなんなんですかねぇ~?』
『どれ?』
お姉様がキョロキョロとあたりを見渡す中、ラジェスはこちらを指差した。
『姫様の目の前に、いるじゃないですかぁ~。純白のドレスを身に纏った、幽霊みたいな女の子~」
――まさか、自分以外にも幽霊がいるの?
私はそうでありますようにと、胸元を強く握りしめる。
『それって、どんな姿!?』
『え~?』
『早く、答えて!』
お姉様は確証を得るために、ラジェスへ凄む。
彼女に鬼の形相で命じられた彼が口を閉ざすはずもなく、主に向かって打ち明け始めた。
『髪は、銀色。瞳の色は、水色と、黒……。なんか、生気がないというか……。人形みたいな子、ですよねぇ~』
私の瞳は、両目とも水色だ。
だが、意識を失う前にガザンとフェドクスが話していた内容によると、左目が黒色に変化しているらしい。
それが魔王に取り憑かれた証なのだとしたら――。
ラジェスには、私の姿が見えている。
『エミ、リエ……?』
ルティアの口から、己の名が紡がれた瞬間、私は焦る。
――これって、夢の中で起きた出来事じゃないの!?
この状況で、「そうだ」と頷くわけにはいかない。
――フェドクスと、約束したから。
何があっても、ずっと一緒にいるって。
だから――。
『そこに、いるの……?』
私は、2人と離れる決意をした。
『逃がしませんよ……!』
ラジェスは勢いよく後方へと浮遊して離れていく自分を拘束するべく、魔法を使う。
こちらも慌てて身を守る障壁を展開し、強く願う。
――私を、みんなのところへ返して!
魔法同士がぶつかり合い、眩い光を放つ。
その最中、再びヒロインと目が合った。
『必ず、お姉様が迎えに行くから……!』
意識が途切れる寸前に見たのは、妹を思いやる姉が涙を流す姿だった――。




