魔物を打ち負かして
――あれ……?
戦場で大活躍する攻略対象たちの姿に興奮を隠しきれずにぼんやりと眺めていたところ、ある異変に気づく。
ルドルフが指示した方向とは真逆――10時の方向から、こちらに向かって攻撃を仕掛けてくる魔獣の姿を捉えた。
――みんな、あれが私を狙っているのに気づいてないみたい……。
これは聖職者から奪い取った力を炸裂させる、絶好のチャンスだ。
私は人知れず、幻惑の力を使った。
――おいで。
こちらの呼びかけに応えた金色の蝶が、ひらひらりと宙を舞う。
迫りくる魔物達の元へ向かったそれは、彼らに向かって鱗粉を振り撒いた。
「グァアア!?」
幻惑を司る使い魔に騙された獣たちは、悲鳴を上げて来た道を戻っていく。
「なんだ? ありゃ……」
ガザンが怪訝な表情を浮かべてぼやきながらも、銃を乱射してしっかりと彼らを仕留める。
そんな姿を確認したあと、ひらりひらりと飛び回る蝶を消失させた。
――よかった。
なんとか、成功したみたい……。
倒すべき敵は、こちらへ迫りくる魔獣の大群だけとなった。
私はそれらに狙いを定め、足元へ魔法陣を展開させた殿下のほうに視線を移す。
「僕の、出番みたいだね」
ルドルフは普段の王子様スマイルを封印し、地響きのような音を立てて闊歩する獣の群れを睨みつけた。
――パァン! パァン!
ガザンは親友の魔法が完成する時間を稼ぐため、ものすごい音を立てながらライフル銃を乱発して敵を倒す。
だが、どれほどヘッドショットを連発してもきりがない。
彼も、銃撃だけでは倒しきれない自覚があるのだろう。
粗方数を減らしたあと、私の後ろまで後退する。
「あとは頼んだぜ」
「任せて」
ルドルフは詠唱を終え、真正面の大群に向かって魔法を放つ。
どこからともなく巻き起こった台風によって、魔獣の群れはあっという間に吹き飛ばされてしまった。
――キンッ!
殿下の活躍に見惚れていると、後方で剣がぶつかり合う音が聞こえてきた。
私は慌てて振り返り、己の命を狙う魔物から、護衛騎士が守り抜く姿を目撃する。
「おいで、エミリエ。こっちだよ」
幼馴染の活躍をしかと目に焼きつけようと決心した直後、左側からルドルフに手を引かれた。
声は聞こえるが、暗闇に視界が閉ざされているせいでぞんな顔をしているかまではよく見えない。
なぜか手首ではなく指先を絡め、離れないように強く握り締めてくるのが印象的だった。
――殿下はどうして私を、恋人のように扱うのだろう?
それが不思議で、溜まらない。
彼は本心を隠すのが、得意な人だ。
きっと、こちらが心を許したが最後――。
『全部嘘に、決まっているじゃないか。君って、本当に馬鹿だね』
こんなふうに、鼻で笑ってくるだろう。
フェドクスとは、幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた。
だからこそ、心の底から信頼し合える関係を築き上げられた。
でも――。
ルドルフとガザンは、違う。
この2人と過ごした時間はあまりにも少なすぎるし、嫌われていた時間が長すぎる。
そんな状態で人となりを分析してド接するか決めなきゃいけないなんて……。
いくらじこファンの知識があったとしても、ヒロインと真逆の性格をしている自分には、あまりにもハードルが高すぎた。
――乙女ゲームの中で綴られていたルドルフと、実際に接して言葉を交わした殿下。
私はどちらの彼を、信用すればいいのだろう……?
「ごめんね、エミリエ。左目を失った君を、こんなに早く戦場へ出したくなかったんだけど……」
申し訳なさそうに語る彼の言葉を話半分に聞き流す。
心の底から殿下を信じきれないため、繋いだ指先に力を込めることはしなかった。
彼は「仕方ない」と言わんばかりに瞳を切なげに細め、魔物の討伐を終えたガザンへ視線を移す。
辺境伯はやはり、例の一件でルドルフが態度を軟化させたのが受け入れられないようだ。
こちらを鋭い眼光で睨みつけているのが、印象的だった。
――仕方ない、よね。
殿下と辺境伯は、幼い頃から交友を深め合う親友同士だ。
そんな彼がある日突然、自分と一緒に目の敵にしていた少女に対し、態度を180度変化させてしまったのだから。
「なんだかなぁ……。あいつら、急に仲良くなりすぎだろ。そのうち、ルドルフがあの女と同室になるかもな」
大事にしているおもちゃを奪われたようで、あまりいい気分にはなれないのだろう。
フェドクスは私のお願いを聞いて、不仲なフリをしてくれている。
そのおかげで、露骨に嫌そうな顔をし始めたのは私の話題を出されたからだと感知違いして、ガザンは疎外感を抱かずに済んでいた。
でも――。
幼馴染は、殿下が私と指先を触れ合わせたことに強い怒りを感じているのだ。
今はまだ、うまく隠せているけど……。
もしも、自分だけが私を敵対視していたのだと知ってしまったら――。
彼は一体、どうなってしまうのだろう?
いつか訪れるかもしれない未来の可能性に思いを馳せたら、とてもじゃないがこちらを思い遣るルドルフの気持ちに応える気にはなれなかった。
「さぁ、行こう」
殿下は満足げな笑みを浮かべたあと、魔物の死体には目もくれず、私と手を繋いだまま先を急いだ。




