曇るルドルフ
「ガザン!」
「どんなに大怪我したって、1回だけならこいつに傷を肩代わりしてもらえるんだろ? 無能呼ばわりされていたくせに、聖女様もやりゃあできるじゃねぇか」
「彼女に向かって、なんてことを言うんだ……!」
「こいつを犠牲にして、さっさと魔王を倒そうぜ」
こういう時、普段のルドルフならばガザンの意見に同意して、心ない言葉をぶつけてくるのが通例だったのに……。
表立って私を庇えぬフェドクスの代わりに、こちらの味方になるなど思いもしない。
「おいおい。傷を肩代わりされて、絆されちまったのか? あんたらしくねぇぞ?」
「僕、は……」
ガザンも自分1人だけがこちらに敵意を向けている状態は、居心地が悪いのだろう。
いつも通りの反応をしろと言わんばかりに殿下の肩を組んで促すが、ルドルフは青白い顔で俯くだけ。
その光景は、リーダー格の人物が仲間にいじめを強要する姿と酷似している。
――2人の力関係って、ガザンのほうが上なんだ……?
こちらが意外に感じていると、ルドルフは強引に親友の手から抜け出して私たちに提案する。
「そろそろ、出発しよう!」
「んだよ。釣れねぇな……」
ガザンがふてくされた様子で仕方なく同意してくれたおかげで、魔王討伐の旅が再会したのだけど――。
「っ!」
――左側の視界が真っ黒に覆われているのは、自分でも想像していた以上にきついものがある。
きちんと全体を見渡せたら絶対に避けられたであろう魔物からの攻撃を、感じ取れない。
これは明らかに、視力の消失が原因だった。
「エミリエ!」
フェドクスが剣を振り回して退けてくれなかったら、今頃私は大怪我を負っていただろう。
「ありがとう」
幼馴染はお礼を口にした私に返事をしすことなく、無言で左側に立った。
どうやら、カバーに入ってくれるらしい。
それにありがたみを感じていたところ、ガザンから嫌味が飛んできた。
「ほら。やっぱり言わんこっちゃねぇ。ただの、お荷物じゃねぇか。こいつを守って戦う余裕がない敵が現れたら、どうするつもりだよ」
「彼女を、責めるな!」
「はぁ? 何言ってんだよ。こいつが……」
「こうなったのは全部、僕が左目を怪我したせいだ……!」
普段であれば、私を庇うのはフェドクスの役目だった。
なのに――。
声を荒らげたのはルドルフで、驚きを隠せない。
「ごめん。エミリエ。本当に……!」
こちらが戸惑っている間にその場に泣き崩れられてしまえば、どんな反応をするのが正解かすらもわかったもんじゃなかった。
――何これ。
どういう展開?
じこファンでは殿下も、エミリエに対して並々ならぬ想いを抱いていたうちの1人だ。
作中ではこうして、彼女のことを思って涙で枕を濡らしていた。
そんな彼の姿を偶然目にしたことで、ヒロインとの関係が花開くのだ。
「謝って許してもらえるなんて、思っていない。だから……!」
なんの前触れもなく絶叫し始めた殿の主張には、聞き覚えがある。
これはエミリエが生きているうちに伝えたかった言葉の1つだ。
「僕もフェドクスのように、君を守りたいんだ……!」
誠心誠意謝罪をして、フェドクスのように信頼されたい。
それはじこファンでは、生涯叶えられぬ夢として消えたが――。
私はまだ、生きている。
左目を肩代わりしたことによって、取り返しがつかなくなる前に気持ちを伝えるべきだと考えたのかもしれない。
「はぁ? 何言ってんだよ。殿下だって、ついこの間まではこいつを嫌っていたじゃねぇか」
「ガザンの言う通りだ。僕は君に、数え切れないほどに酷い言葉をぶつけた……。今更態度を軟化させたって、受け入れてもらえるはずがない……」
「それがわかってんなら、いつもみてぇにこいつを小馬鹿にして、わざと魔獣の前に突き飛ばしてやりゃあいいだろ」
じこファンのメイン攻略対象である3人のストーリーを知っている私は、彼が突如豹変した理由をなんとなく想像がつけられる。
「む、無理だ……! 僕には、できない……!」
「おいおい。左目の傷を肩代わりされたくらいで絆されちまったとか、どんだけだよ。こいつ、実は聖女じゃなくて魔女なんじゃねぇの?」
だが、ガザンからしてみれば、怪我をきっかけに人が変わったような態度を取るルドルフの姿は「洗脳でもされているんじゃないか」不安に思うのは当然だった。
「エミリエを、悪く言うな!」
「はぁ……?」
私を庇うために声を荒らげるルドルフと、長い間過ごしてきたのは自分のはずなのに、これまで虐げてきた聖女の肩を持つ親友の姿に納得ができないガザン。
突如始まった険悪な関係は、辺境伯が私に気を許せるようになるまで続くだろう。
「意味わかんねぇ。どうかしてるぜ。あんたも、そいつも……」
ガザンは納得がいかない様子で、ガシガシと己の頭を掻き回す。
そんな親友の姿を目にするのも嫌とでも言わんばかりに視線を反らしたルドルフは、露骨に私への態度を変えた理由を口にした。
「僕はエミリエがいなければ、未来視の力を失い、兄上のスペアとしての役割から外されていただろう」
殿下はゆっくりと立ち上がると、私の前まで歩みを進める。
その後、身につけた衣服が汚れるのも厭わずにその場へ膝をつくと、こちらへ手を差し出してきた。
「君が守ってくれたこの力を使って、行く手を阻む敵は、全員僕が見つけてあげる」
フェドクスは「エミリエに触れたら殺す」と言わんばかりに、憎しみ籠もった視線を彼に向けている。
護衛騎士がこうして殿下に敵意を向けるのは、当然だ。
私は聖女と呼ばれる職種の人間ではあるが、心まで清らかなつもりはない。
これまでされてきた行いを無条件で許す気になったのは――相手が、じこファンに登場する攻略対象だからだ。
原作とは関係ないところで私を虐げてきた人たちを許す気は、ない。
――じこファンのことを知らないフェドクスからしてみれば、ルドルフとガザンはその他大勢と一緒だ。
報いを向けるべき人間を、誠心誠意謝罪を受けたくらいで許すなんて、納得できないはずだ。
しかし、ここで幼馴染が望む通りに手を叩き落とすのは、よくないだろう。
――私から触れる分には、問題ありませんように……。
そう願いながら、作り笑顔を浮かべて差し出された指先に触れた。
「ありがとう、ございます」
「どういたしまして。さっそく、行動に移そう。ガザン。君も、僕の指示に従ってくれるね?」
「へいへい。しゃあねえなぁ」
先程までの険悪な雰囲気は、一体どこへやら。
ガザンはルドルフに対して「納得できない」と言わんばかりの態度を表に出すのを止めると、背中に担いでいた銃を利き手で構える。
どうやら、魔獣の大群がこちらに向かって迫っているようだ。
「行くよ」
「いつでも来い!」
私から手を離して立ち上がった殿下の左目が、輝きを増す。
先程までみっともなく絶叫していた姿など、見る影もない。
天才魔法使い、ルドルフ・ヴェシェットの完全復活だ。
「ガザン。2時の方向だ」
「はいよ」
ルドルフの指示に、ガザンは文句も言わずに従う。
迷いのない動作で引き金に指をかけ、銃を乱射しヘッドショットを連発する姿は、とても生き生きとしている。
「フェドクス。後方からエミリエを狙った魔物が飛び出してくる。警戒を怠らないで」
「わかった」
討伐隊のお荷物としか言いようのない私を守るために剣を構えるフェドクスは、これまでルドルフの命令を無視し続けていた。
だが、こちらを守護するためとあらば、話は別なのだろう。
今日は未来視を使って数秒先の予知を行う殿下に従い、草むらから飛び出してきた魔物を切り伏せていた。




