カフェで二度目の窃盗
護衛騎士が不在の状態で、1人で出歩ける時間は限られている。
殿下と話をしてこいと、命令したのだ。
30分くらいであれば、部屋を抜け出したところで誰にも知られずにここへ戻ってこられるはずだ。
――私は攻略対象に守られていなければ、何もできないお荷物だった。
そんな扱いから抜け出すためにも、早急に攻撃魔法を手に入れる必要がある。
聖女は聖なる力を用いて、癒やしの力や浄化魔法を使うのが一般的だ。だが、自分にはなぜかそうした才能はまったくと言っていいほどに持ち合わせていない。
そのせいで、これまでは無能と蔑まれて生きてきた。
だけど――。
これからはもう、そんなふうに心ない視線をぶつけられたくはない。
その一心で、原作で語られた情報を元に、ある異能を他者から奪い取る予定だった。
全身をすっぽりと覆い隠すローブを羽織り、女性ならば簡単に通れそうな通気孔を塞ぐ網を退かす。
その穴に飛び込んで、するりと宿屋から抜け出した。
――私が何も言わずにいなくなったと知れば、当然フェドクスは怒るだろう。
次からは脱走できないように、2階の部屋を指定してくるはずだ。
そうなっても、一度くらいは外へ出られる機会はあるかもしれないが――。
旅が順調に続いた場合、私は手足を片方失うのだ。
今までのように、身軽な状態での脱走は間違いなく難しかった。
ここで失敗したら、攻撃魔法を得る可能性はかなり低くなる――。
私はなんとしてでも成功させなければいけないと己を鼓舞しながら、目的地に向かって走り出した。
*
このカフェには、幻惑魔法を使える聖職者が出没する。
彼は白昼堂々、ティータイムを楽しむ令嬢たちを引っかけ、彼女たちを拐かし無体を働いた。
つまり、あの男は――。
神に操を立てるものでありながら、ご令嬢たちを地獄に叩き落とした極悪人なのだ。
これ以上被害者が現れないように、その力を有効活用してあげる。
「悪く思わないでね」
私は酔っ払い、机の上で突っ伏している男に触れ――。
こうしてなんのトラブルもなくあっさりと、彼が持つ幻惑の力を奪い取った。
――帰る前に、異能の効果を確かめなくちゃ。
私はさっそく、この男を実験台として利用すると決めた。
「幻惑蝶」
ひらりひらりと、どこからともなく眩い光を放つ黄金蝶が現れた。
鱗粉を振り撒きながら、それは男の周りを飛び回る。
「いひひ……っ。こりゃ、上玉じゃねぇの……!」
男は目の前にいた私に狙いを定め、己の異能を発動させようとして――失敗した。
「な……!? 力が、使えない……!?」
その直後、錯乱した聖職者は不思議なことを口ずさんだ。
「俺の幻惑が、奪われた! あの野郎……! 見つけたら、ぶっ殺す!」
彼は屈強な男に自分の力が奪われたと、大騒ぎし始めた。
明らかに様子のおかしい男性を目にした人々は、慌てた様子でカフェから飛び出していく。
どうやら、誰かを呼びに行ったらしい。
あの男がどうなるか、最後まで見届けたい。
――だけど……。
私には、悠長に観察している時間などないのだ。
――早く、宿に帰らなきゃ。
騒ぎに紛れて、姿を消そうとした時だった。
「あなた! 幻惑魔法を失ったって、本当なの!?」
豪華なドレスに身を包んだ女性が、姿を見せた。
彼女のものすごい剣幕を受け、売り言葉に買い言葉とばかりに男性は声を荒らげる。
「ああ。そうだ! 俺は今すぐ、あのクソ野郎から幻惑魔法を奪い返さなきゃならねぇ! そこを退け!」
「私の顔、忘れたとは言わせないわよ」
「なんだと?」
「あなたが幻惑魔法を持っているせいで、新たな被害者が現れるのを未然に防ぐのが精いっぱいだった。でも……。今は私たちと同じ。ただの人間ならば――思いっきり、腕力で黙らせられるわね?」
女性は口元に歪な笑みを浮かべると、聖職者に殴る蹴るの暴行を加え始めた。
どうやら彼女は、彼の被害を受けた人であったらしい。
「うわぁあああ!」
「あんたに怨みを持っているのは、私だけじゃないのよ!」
「やめ……っ。ひ、ひぃ!」
「暴れん坊な下半身を、二度と使えなくしてやるわ……!」
――この様子なら、放置しておいても問題なさそう……。
誰もが激しい乱闘を続ける男女に釘づけとなっているのをいいことに、私はこっそりとカフェから抜け出した。
*
どうにか幼馴染に黙って宿屋を抜け出したことを知られず、翌朝を迎えることができた。
外出の準備を済ませた私の元にやってきたフェドクスは、「納得できない」と言わんばかりに重苦しい口を開く。
「本当に、旅を続けるつもりか」
私はその言葉を受け、力強く頷いた。
こんなところで「旅を終える」選択をして置いてけぼりになったら、神殿へ強制送還されてしまうからだ。
そこで待ち受ける未来は、凄惨の一言に尽きる。
――旅を始める前のように暴力を振るわれ、精神的苦痛を強いられる生活をなんて、もううんざり。
寄って集って肉体的に傷つけられるくらいなら、攻略対象たちから心ない言葉ぶつけられて精神的なダメージを追うほうがよほどマシだ。
「決意は、固いんだな」
「うん」
今度はしっかりと、声に出して返事をする。
幼馴染は「これ以上何を言っても無駄だ」と考えたようで、私に無言で手を差し伸べてきた。
「ありがとう」
こうして私は、何事もなかったかのようにルドルフとガザンの前に姿を見せた。
「おはようございます」
「な……!」
殿下はまさか、昨日の今日で私が前線に復帰するなど思いもしなかったのだろう。
青ざめた表情で、絶句しているのが印象的だった。
「あんたは自分がどんな立場か、理解してんのか?」
「はい。私の重要性につきましては、殿下との一件で充分証明できたかと」
二の句を紡げずにいるルドルフの代わりに
ガザンが厳しい視線を投げかけてくる。
私はそんな彼にも怯えることなく、胸を張った。
どうやらそれが、ルドルフは納得できなかったようだ。
声を荒らげるが、再びガザンに静止されてしまった。
「何を……!」
「次、俺たちにルドルフと似たようなことが起きたら、あんたはあの時と同じように大怪我を肩代わりするとでも言うのかよ?」
「その予定です」
フェドクスが鬼の形相で、「もう二度とするなと言ったはずだ」と言わんばかりにこちらを睨みつけてくる。
彼と付き合いの長い私はそれが心配から来る視線だとすぐにわかったが、他の人達からしてみれば「正気か」と問いかけているようにしか見えなかったのだろう。
一触触発の雰囲気を感じ取った殿下が、怒りを鎮めたのが印象深かった。
「もしも危機的状況に陥った際は、できる限り左目以外の場所を傷つけてくださると助かります。一度私が失った部位は、他者の傷を肩代わりできませんから……」
「馬鹿は使いようってことかよ。こりゃ、いいことを聞いたぜ」
己の有能さを知らしめるために窃盗能力を使う条件を少しだけ開示したところ、これまで私を敵視していた辺境伯の態度が軟化する。
満面の笑みを浮かべた彼の姿を目にしたルドルフは慌てて親友を叱咤するが、ガザンは発言を止めなかった。




