幼馴染と2人きり
「殿下のこと、気にかけてほしいんだ」
「あいつに、任せておけばいい」
フェドクスははっきりとした口調で「嫌だ」とは言わなかったが、どこかふてくされた反応を示す。
やはり、2人きりの時に他者の話をされるのは納得ができないようだ。
「ガザンさんは、私に対する嫌悪感が抜けてないでしょ? 適任なのは、フェドクスだけだよ」
「放っておけ」
「次の戦闘で、使い物にならなくなったら、どうするの? それじゃ、助けた意味がない」
この先の未来が、じこファンで描かれた通りに進まなくなるリスクを犯してまで、ルドルフを助けたのだ。
殿下には今まで通り未来視を炸裂して、この旅をサポートしてもらいたい。
そう思うのは、都合がよすぎるのだろうか……?
「きっと、私とずっと一緒にいたフェドクスにしか、打ち明けてもらえないことも、あると思うんだ」
フェドクスは、私にだけは甘い。
こうやって懇願すれば、最終的には頷いてくれるはずだ。
そんな確信を持ち、幼馴染の返答待つ。
すると――。
長い沈黙のあとにようやく聞こえてきた言葉は、意外な提案だった。
「一発、殴っていいか」
「駄目だよ。そんなことしたら、反逆罪で訴えられちゃう!」
「なら、嫌だ」
フェドクスは剣術の印象が強いものの、腕力にも自信がある方だ。
魔力特化の殿下が受け身を取ったとしても、大ダメージは避けられない。慌てて「馬鹿な真似はしないで」と止めたところ、幼馴染は私を抱きしめる力を強めた。
まるで、殻に閉じこもった貝のようだ。
どうしてこんなに、扱いづらいと感じるんだろう……?
ずっと一緒にいる私がこんな状況では、周りから「何を考えているかわからない」と言われるのも当然としか言いようがなかった。
「あのね。私を心配してくれるのは、すごく嬉しいよ。だけど……」
「輪を乱すな。長いものに巻かれろ。協調性を持て。君を守るためなら、毒杯すらも黙って飲み込め」
「わかっていれば、いいんだけど……」
感情を押し殺した声で淡々と語られる内容は、私が彼に期待する行動のまとめだ。
ちゃんと理解してくれたことに感動しつつ、不安な気持ちが拭えない。
それはおそらく、幼馴染が黙って言うことを聞くタイプじゃないと長い付き合いによって学習しているからなのだろう。
「これまで君の言う通りにしてきた、褒美が欲しい」
――ほら、やっぱり。
案の定、フェドクスは交換条件を提示してきた。
まるで相思相愛の恋人みたいに、私の身体へベタベタと引っつくのは、彼にとっては車にガソリンを補給するようなものなのだ。
これを拒んでしまったら、大事な時にガス欠を起こして使い物にならなくなってしまう。
「仕方ないなぁ。フェドクスは、小さい頃からずっと甘えん坊さんなんだから……」
――明日からはまた、旅が始まる。
ルドルフの未来視はその過程で、再び炸裂するだろう。
攻略対象たちも魔王の手下を討伐するため、思い思いに武器を手に取り、気の抜けない生活が始まるはずだ。
久しぶりの休息が、私の左目を犠牲にして得られるなんて、フェドクスも想像できなかったのだろう。
だから、こんなにも動揺している。
――暖かいなぁ……。
私は彼の温もりを堪能しつつ、微睡む意識に身を委ねたい気持ちでいっぱいになりながらぐっと堪える。
話はまだ、終わっていないからだ。
「充電し終わったら、ちゃんと殿下の様子を見に行ってね」
「……」
「返事は?」
「どうして俺には、こんなにも辛辣なんだ……」
彼はしばらく無言だったが、最終的にはこちらの提案を受け入れた。
観念した様子で吐息混じりの声を出すのが印象的だった。
「幼馴染だからに、決まってるでしょ?」
「こうして触れ合えるのも、笑いかけてもらえるのも、俺だけだと?」
「今のところはね」
ここではっきりと「あなただけだ」と口にしたあと、フェドクス以外の男性と親密になろうものなら、彼は烈火のごとく怒り出すだろう。
現段階では、未来がどうなるかなどわからない。
ここは、事実だけを口にするべきだ。
そう考えた上での発言だったのだが、幼馴染は紫色の瞳を嬉しそうに細めたあと、抱きつく力を強めてきたのが印象的だった。
「何、その顔は」
「一生、このままでいい……」
私に対する執着心が異様に強いフェドクスが、いずれヒロインを好きになる。
そう考えるだけでも、憂鬱な気持ちでいっぱいだった。
――いつかこうして身を寄せ合ったことすら、彼にとっては黒歴史になると決まっているのだから。
「いつまでも、ずっと一緒にはいられないんだよ」
「わかってる」
「ほんとに?」
だったらどうして、聖騎士団長の誘いを断ったの。
私を抱きしめる力を強めて、離れたくないとアピールするの?
そうやって問いかけたかったけれど、止めた。
ここで彼に好意のある素振りを見せたところで、後々自分が苦しくなるだけだとわかっていたからだ。
原作が始まれば、全員ヒロインに惚れる。
私は彼らと適度な距離を保って生き残り、みんなの欠損を肩代わりすることだけを考えていればいいんだ――。
「今だけは……。少しでも長く、エミリエのそばにいたい……」
幼馴染の懇願を受け、我に返る。
こうして触れ合うことによってフェドクスが頑張れるのであれば、こちらも悪い気はしない。
しかし、それにも限度と言うものがあるだろう。
私は遠回しに、幼馴染へ「離れてくれ」と命じた。
「弱っている殿下のサポートに行くのが早ければ早いほど、フェドクスも得できると思うよ?」
「俺は護衛騎士だ。最優先にするべきは司祭の命令であり、王族に媚びを売る義理はない」
「また、そんなこと言って……。司祭様が到底信用できるような相手じゃないってこと、ちゃんと把握してる癖に」
「なんであんな奴を、気にするんだ」
みんながこの旅を終えたら、三英雄と呼ばれて有名になるからです。
――なんて、言えるわけがない。
私は当たり障りのない言葉を口にして、切り抜けることにした。
「あんな状態でも、ルドルフは殿下だから」
「夜も添い寝で、手を打とう」
「フェドクスは本当に、甘えん坊さんだねぇ……」
こちらが呆れながらも新たな条件を拒否せずにいたところ、フェドクスはようやく身体を離してくれた。
ここまで来るのに、随分と時間がかかってしまった。
――まったく。
過保護すぎるのも、問題だなぁ……。
「行ってくる」
「気をつけてね」
私はなんとも言えない複雑な感情を抱きながら、笑顔で幼馴染を送り出す。
その後、ゆっくりと寝台から起き上がった。




