辺境伯騎士団のフェドクス(2)
「俺の剣は、エミリエのためにあります」
「それは、よい心がけだ。神殿において聖女と司祭は、命に変えても守らなければならぬ相手なのだから」
陛下はフェドクスの主張を、「聖騎士としては合格」だと語る。
だが、それが望んだ答えではないのは明らかだ。
国王は王立騎士団の一員になるよう命じた理由を、語り出す。
「しかし、その神殿はすでにない。お主はただの平民に、成り果てた。魔王討伐の際に三英雄の1人として呼ばれるまでに輝かしい成績を残したそなたの功績を称え、王立騎士団に誘ったのだ」
「陛下のお誘いは、ありがたい限りです」
「ならば、なぜそなたは辺境伯騎士団の制服を身に纏って現れたのだ?」
フェドクスは、大したものだ。
陛下から探るような視線を向けられた瞬間、怯えてもおかしくはないはずなのに――。
彼は普段と変わらぬ様子で、淡々と声を発している。
「いついかなる時も、エミリエを優先できなくなってしまうからです」
「ふむ……。我よりも、聖女のほうが大事だと?」
「彼女は、俺にとって世界のすべてです。あなたを、守る価値は見出だせませません」
幼馴染にはきっと、「国王の機嫌を損ねたらどうしよう」と言う不安な感情が存在しないのだ。
私に嫌われるよりは、ずっとマシ。
そう思っているから、これほど不躾な態度を取れる。
「なるほど。聖女のためなら、命までも差し出す覚悟か」
「そうですね」
――私のためになら、死んでもいい。
その発言を冗談と受け取るような人物ならば、ルドルフとここまで関係性が拗れてなどいなかっただろう。
陛下は幼馴染に向かって、冷たく言い放つ。
「なら、彼女を庇って死ぬがよい」
「父上!」
謁見の様子を後方から窺っていたルドルフが怒鳴り声を上げる。
強い魔力放出の気配がするあたり、私の周りに守護防壁を展開するつもりなのだろう。
陛下の命令を受けた王立騎士団たちが一斉に剣を引き抜き、四方八方からこちらへ攻撃を仕掛けようと目論
む。
――その気になれば、いつだって防げる。
だけど……。
今は、国王の前だ。
いくら信頼している幼馴染には己の異能を打ち明けたあとだとは言え、手の内は晒さないほうがいい。
――ここは、みんなを信じよう。
私を抱きかかえたまま剣を抜くには、今の状況では厳しいものがある。
彼の激しい剣裁きによって振り落とされないように、右腕をフェドクスの首元へ回した。
「ぐああぁ!」
――パァンッ。
迫りくる王立騎士団員たちが一斉に仰け反り、倒れ伏す。
それは殿下の魔法が私たちを守り、幼馴染が目にも止まらぬ早業で迫りくる敵を叩き潰し、ガザンの放った弾丸が命中した証拠だった。
「ほぅ。私はフェドクスの覚悟を見るため、小手調べに聖女を攻撃したのだが……。これでは、意味がない」
国王の前で許可なく武器を振るうなど、本来であれば褒められたことではない。
しかし、陛下が激怒している様子はなく、安堵する。
彼は物珍しそうな視線をこちらへ向けたあと、満足そうに口元を綻ばせた。
「どうやら、三英雄が聖女を寵愛していると言うのは、事実のようだな」
「彼女は、僕の恩人ですから」
「彼女がいなきゃ、魔王討伐なんざできなかったんでね」
これまで会話を黙って聞いていた2人が、当然だと言わんばかりに豪語する。
だが――。
国王は彼らには目もくれず、こちらに視線を移した。
「己に危機が迫っても、身動ぎすらせずに涼しい顔をするとは……。さすがは、長年魔王討伐の度に同行し続けただけのことがあるのう?」
「お褒め頂き、光栄です」
私は心にも思っていない言葉を、淡々と口にした。
ここで騒ぎ立てたところで、なんの意味もなさないからだ。
「お主らの絆、しかと見届けた。好きにせい」
「ありがたき幸せに存じます」
どうやら陛下は、無理にフェドクスを王立騎士団へ入団しようと言う気がなくなったらしい。
了承を得たのならば、首揃えて謁見に間に長いする理由はない。
ペコリと小さく頭を下げた幼馴染が私を伴ってさっさと退室するために踵を返した時だった。
「父さん! なぜ、こいつらを好き勝手させるのですか!? 陛下の意思に逆らった、極悪人だぞ!?」
「多少の無礼など、気にはせん。それほど、魔王討伐の功績は大きいのだ」
「ぐ……っ!」
ルドルフの兄である王太子が納得できないと声を荒らげたあと、言葉を詰まらせた。
作中で陛下は、彼を溺愛していると聞いていたけれど……。
どうやらそれは、人前では適用されないらしい。
「我の決定に文句があるならば、お主も魔王を討伐してくるがよい」
「で、できるわけがないでしょう! 魔王はすでに、彼らの手によって討伐されているんですよ!?」
「はて……。本当に、そうかのう?」
「な、なんだと……!?」
身内同士の言い争いに、私たち外野が付き合う必要などない。
フェドクスが王太子の騒ぎ立てる声を気にした様子もなく歩みを進めたところ、陛下が気になる発言をした。
「神殿を管理する司祭は、魔王復活のために尽力した罪人として捕らえられておる。どこまで信じられるかは、未知数ではあるが――」
神殿にかかわる話なら、しっかりと聞いておくべきだ。
私は彼の首に回した手を胸元へ移動し、握りしめる。
陛下が口を閉ざすまでここに留まるように無言で伝えた。
「彼が我へ最後に会いに来た時、気になることを言っておったのだ」
さすがは、長い間ずっと一緒に暮らしてきた幼馴染と言うべきか。
こちらの言いたいことを察したフェドクスがピタリと歩みを止めた瞬間、国王が口にしたのは、受け入れ難い内容だった。
「魔王はまだ、生きている。復活の際に生贄となるべく呪いをかけられた、清らかな肉体の中で……」
国王の瞳が、まるですべてを見透かしているかのように細められた。
「我の想定が正しければ、心当たりがあるのではないか?」
その視線は、明らかに私を射抜いている。
――魔王から異能を強奪した過程で、魂まで入り込んだ?
だから、絶滅するはずだった魔物が生息しているの?
頭の中にはさまざまな疑問が、浮かんでは消えていく。
しかし、ここで感情的になっては相手の思う壺だ。
あちらはただ、カマをかけているだけ。
ただの推測であって、根拠はないのだから……。
「ふ……」
こちらがすっとぼけるよりも早く、フェドクスが我慢できずに「ふざけるな」と怒りを露わにする。
それを止めたのは、こうしたやり取りが日常茶飯事のルドルフだ。
「父上。罪人の言葉を鵜呑みにするのは、どうかと思います」
「そうですよ。いちいち耳を傾けて、真意を確かめるのは得策とは言えないですね」
ガザンも阿吽の呼吸で、サポートに入る。
どうやら、私が口を挟む暇はなさそうだった。
「聖女は清らかな心を持つものしか選ばれません。わざわざ本人に問い質さなくとも、自ずと答えは出るかと」
「うむ」
「ご理解頂けたのであれば、兄上に魔王を討伐するように命じたことを撤回してください」
原作通りに物事が進んでいれば、殿下がこんなふうに陛下へ楯突くのは、ヒロインと出会ったあとだった。
彼にはもう、物理的な傷は存在しない。
心に負ったものすらも自力で克服してしまったら、お姉様と出会ったところで恋仲に進展するような出来事が起きなくなるのでは……?
「ルドルフは、誰に対しても無関心だとばかり思っていたのだが……。将来の嫁候補として、今のうちから囲い込むのは悪くないかもしれんのう?」
「な……っ」
これはかなり、まずい展開だ。
どさくさに紛れて、陛下も私とルドルフの結婚を進めるような発言をしてくるし……。
フェドクスも我を忘れて、怒鳴りつけそうになっている。
「誰と結婚するかは、エミリエが決めることです。強要するのは、お止めください」
「ホッホッホ。疑って、悪かった。今回の件は、不問とする」
ルドルフが止めに入ってくれたおかげで、なんとか幼馴染の怒りが爆発せずに済んだけれど……。
長居は危険だ。
早くここから、退出しなければ……。
「フェドクスよ。辺境伯騎士団での活躍、期待しておるぞ」
そんなこちらの思いに応えるかのように、フェドクスは再び歩みを進めた。




