辺境伯騎士団のフェドクス(1)
「なんか、見慣れねぇなぁ……」
辺境伯騎士団への所属が決まったフェドクスはガザンの協力を経て、新たな制服に身を包んでいた。
これまでずっと真っ青な服装だったため、黒い服に着られている感が拭えない。
「やっぱ、赤いほうがよくねぇか?」
「嫌だ」
「即答かよ……」
ガザンから「王立騎士団の制服を着るべきでは」と苦言を呈されていたが、フェドクス「これがいい」と頑なに譲らなかった。
幼馴染はその理由を語る気がなさそうだったので、あえて口を挟む。
「血が付着しても目立ちにくいので、汚れても着替えなくて済みそうですね」
「そこ、気にするところじゃねぇだろ……」
「そうですか?」
フェドクスは目の前の敵を殲滅するためには、身なりに気を使っている場合ではないと考えるタイプだ。
私のそばにいる時は、血の匂いがこびりついた服を着たくないと思っていたようで、聖騎士団にいる時は着替えがいくつあっても足りなかった。
「サイズは、どう?」
「悪くない」
「何着か、用意してもらってね。フェドクスはすぐ、駄目にするんだから……」
――魔王がいなくなった以上、魔物に襲われる心配はない。
だけど……。
これからは聖女や司祭のように、人間と戦っていくことになるだろう。
前世では、備えあれば憂い無しと言う言葉があったくらいだ。
制服は多めに用意しておいたほうが、いいかもしれない。
そう思って、伝えたのだが……。
フェドクスには訪れるかもしれない未来の可能性を考えたくもないとばかりに、苦言を呈されてしまった。
「これを血で汚すような出来事が、頻繁に起きては困る」
「そうだけど……」
ここで強引にでも説得を試みるべきか迷っていると、ガザンがため息を溢す。
どうやら互いに見つめ合う姿を目にして、異論を唱えたくなったようだ。
「あんたらって、2人の世界に入るのが得意だよな……」
「羨ましいのか」
「まぁな」
「やらないぞ」
「そりゃ、あんたの特権だ。今日のところは、譲ってやるよ」
フェドクスが私を独占するため、背中から抱きしめてくる。
そんな私たちの姿を目にしたガザンは、強引に自分を奪い取ろうとはせず、あっさりと引いた。
その光景を目にしたら、黙ってなどいられない。
今日からフェドクスは、ガザンの部下になるのだから……。
「私がいない時は、ガザンの指示に従ってね」
いつもなら、幼馴染は「嫌だ」と即答するのに――。
なぜか今日の彼は、口籠った。
私が優しく、お願いしたからだろうか?
そうだと、いいんだけど……。
ここでツッコミを入れると、話が変な方向へと進みかねない。
ここは彼の腕の力が弱まったのをいいことに、そこから抜け出るのを優先するべきだ。
私はするりと身体を離し、こちらも身支度を整えるために杖を使って席を立つ。
明らかに1人でどこか行こうとしている姿を目にしたガザンは、慌てて止めに入った。
「おいおい。急に、立つなよ。危ねぇだろうが」
「大丈夫ですよ。1人で立つのも、だいぶ慣れましたから」
「このあと、あんたも着替えるだろ? 手伝い……」
「何を言ってるの? おじさんたちには、無理に決まってるでしょ!?」
どさくさに紛れて手伝いを申し出た彼の主張を拒むのは、小さな少女だった。
声のした方向を振り返れば、胸を張った女の子がガザンに向かって高らかに宣言する。
「あんたは……」
「聖女様の専属侍女になった、ルネリィだよ! お着替えと、お食事と、湯浴みを担当するの!」
見習い聖女の服を脱ぎ、クラシカルな印象を与えるエプロンドレスを身に纏ったルネリィは、私と視線を交わらせて喜びを露わにする。
そんな彼女を不満そうに見つめたガザンは、納得できない様子で少女を嫌悪した。
「ちびっこに、何ができるんだよ」
「わたしにも、できることはあるもん!」
「どうだかな……」
「とにかく! 早く、出てって!」
ルネリィは2人を引っ張り、無理やり外へ出そうとする。
だが、彼らはけして部屋から退出しようとしなかった。
私の救出を手伝ってくれた女の子だとしても、彼女は元神官見習いだ。
何かあったら後悔してもしきれないと、不安で堪らないのだろう。
「今日は、初めて着替えを手伝って頂きます。ですから……。彼らに見守ってもらいましょう」
「え!? お姉ちゃん、男の人の前で肌を見せるの!?」
「2人は、何度か目にしたことがあります。シュミューズ越しなら、問題ありませんよ」
「ええ……?」
ルネリィは、露骨に嫌がっていた。
恐らくどこかで、「高貴なる身分の人間は異性へ肌を見せないもの」だと教わったのだろう。
しかし、彼女のか弱い力では身長の高いガザンと大柄でガタイのいいフェドクスを外へ追い出すには困難だ。
彼女は渋々こちらの命令に従うと、シンプルなワンピースを脱がすのを手伝ってくれる。
その後、純白のチュールをふんだんにあしらった、プリンセスラインの愛らしいドレスに着替えさせてくれた。
「お姉ちゃん、妖精さんみたい……!」
この頃になると、少女はすっかり男性陣たちがこちらに険しい表情を向けているのをすっかり忘れてしまったようだ。
キラキラと瞳を輝かせて、大喜びしている。
「ありがとう、ございます」
「準備、できたか?」
「はい」
「んじゃ、行こうぜ」
ガザンは笑顔で、手を差し出してきた。
私はそれに応えるため、右手を伸ばしたのだが――。
彼の手を叩き落とし、当然のようにこちらの身体を抱き止めるものが現れた。
「あんたって、ほんとにブレねぇよな……。今日くらい、譲ってくれたっていいじゃねぇか」
フェドクスは苦言を呈するガザンを完全に無視すると、スタスタと目的地に向かって歩き出してしまった。
そのスピードは私に合わせて緩やかではある。
だが、辺境伯は強引にこちらを奪い取ったりはしなかった。
そんなことをすれば幼馴染の怒りが頂点に達し、陛下との謁見どころではなくなってしまうとわかっていたからだろう。
――あとで埋め合わせは、きちんとしないと……。
まるで自分が乙女ゲームの逆ハールートを目指し、誰のエンディングにもならないように攻略対象の好感度が全員一定のままで保ち続けるために奮闘している気分だ。
――ヒロインって、大変なんだなぁ……。
少しだけじこファンの主人公に同情しながら、私は謁見の間へと向かった。
「リジェンタス王国の輝かしき太陽に、ご挨拶申し上げます」
「うむ。今日は、よい返事を期待しておったのだが――どうやら三英雄の1人は、我が怖くないらしい」
フェドクスに抱き上げられたまま、ペコリと頭を下げて挨拶をする。
こちらの様子を玉座から見下した陛下は、幼馴染が身に纏う制服に注目し、眉を顰めた。
「その制服は、辺境伯騎士団のものだな?」
「そうです」
「これは、三英雄と聖女からの宣戦布告と取るべきか……。それとも、ほかに意図があるのか……。現段階では、判断がつかぬのだ。我の納得できるような説明は、当然用意してあるのだろう?」
面と向かって国王から説明を求められて無視するほど、幼馴染も馬鹿ではない。
彼は私を抱きしめる力を強め、静かに声を発した。




