フェドクスの所属(2)
「僕の、専属騎士になってほしい」
「断る」
まさかの提案を受けても、フェドクスはブレない。
彼は光の速さで拒否すると、私を抱きしめる力を強めた。
――少しは考える仕草くらい、したらいいのに……。
そう呆れていたところ、殿下が追撃を行う。
「――それがエミリエの隣に居続ける、必須条件だよ」
一体なんの権利があって、私たちの仲を引き裂こうとするのだろうか?
フェドクスはきっと、そんな疑問でいっぱいになったのだろう。
紫色の瞳を鋭く細め、ルドルフに凄む。
「説明しろ」
「経緯を伝えたところで、君が納得できるとは到底思えないけどね……」
だが、殿下は理由を説明しようとはしなかった。
この状況で、フェドクスが納得するはずなどない。
――どうしよう……?
こちらがどうやって幼馴染を説得するか迷っていたところ、この様子を静かに見守っていたガザンが口を挟んできた。
「その感じじゃ、陛下に抗い切れなかった感じか」
「うん。元々父上は、司祭に絶対的な信頼を置いていた。そんな彼に、聖女を虐げた罰を与え、無断で牢屋に連行したんだ。それを黙認する代わりに、言うことを聞けと命令されてね」
「断ったら、どうなるんだ?」
「適当な罪状をでっち上げられて、牢屋行きさ」
――どうやら、こちらが想像していた以上の窮地に追い込まれているようだ。
陛下の性格をよく知る親友コンビは、呆れたように肩を竦めた。
「相変わらず、権力振りかざしてやりたい放題やってんな……」
「兄上は、父上そっくりだからね。あの2人が手を組むと、面倒なんだよ。できれば、このままのらりくらりと交わしたかったんだけど……」
国王の言うことは、絶対だ。たとえ息子であろうとも、抗いきれない物がある。
たった1人しかいない子どもならいざ知らず、ルドルフは第二王子だ。
私と同じく、立場が弱い。
燃え上がる炎によってその身を焼き焦がされぬように、降りかかる火の粉を払う程度が、精一杯だったのだろう。
「その態度から見るに、ルドルフの護衛騎士に任命するって話は、あんたが提案したんだな?」
「そうだよ。フェドクスの気持ちはよくわかる。僕の護衛騎士と言うのは、あくまで形式上の話さ。本当に、四六時中張りついてほしいとは言っていない」
司祭と懇意にしているのであれば、私がティルタラーテ王国の第二王女だと言うことも把握している可能性が高い。
フェドクスが自分に執着していると知っていれば、当然私と一緒に自国に戻る彼の姿を想像するはずだ。
誰もが認める剣の腕を持つ英雄が、敵国へ足を踏み入れたら――間違いなく、脅威になる。
陛下はそれを恐れ、首輪を繋ごうとしているのだろう。
「公の場で貴様の護衛騎士だと名乗った場合、エミリエは誰が守るんだ」
「今のままでは、ガザンになるかな」
「許可できない」
そのあたりの事情など、フェドクスに考慮できるはずがない。
彼の思考回路はいつだって、自分がどうやって私の時間を独占するか考えているのだから……。
「僕の護衛騎士がエミリエを守るには、大義名分が必要だよ。それが嫌なら……。一番手っ取り早い方法は、僕婚約者になることかな」
「ふざけるな……!」
私たちの間で、その話はついている。
誰も愛する気はないと告げた自分と、それでも構わないと受け入れたフェドクス。
見返りを求めないと宣言したことにより、どうにか私のそばに居続ける権利を得たのだ。
私たちが恋仲にならないのをいいことに、どさくさに紛れてルドルフが横から掻っ攫おうとしてくる。
そんな姿を見て、冷静でなどいられるはずがなかった。
「俺がなんのために、エミリエの意思を尊重したと思っている!」
「落ち着いて……」
「おいおい。好きな女が、困ってるじゃねぇか。余裕のない男は、嫌われるぜ?」
「うるさい!」
「おー、怖ぇ……」
私が止めに入ってもまったく気にした様子がなく怒りを露わにする。
その姿は、まるで猛獣のようだ。
――ガザンが茶化しながら口を挟んだのも、怒りのボルテージを高めるのに一役買っているような……。
私はなんとも言えない気持ちでいっぱいになりながらも、この場を収めるために幼馴染の説得にかかる。
「それが公の場でも一緒にいる方法だとしたら、仕方ないよ」
「何を、言っているんだ……?」
「ごめんね。私も、ちゃんと自分たちの未来を考えておくべきだった。無計画に彼らへ罰を与えた、バチが当たったんだよ」
「違う!」
しかし――。
私がリジェンタス王家の意思を尊重しようとするのは、フェドクスを絶望させる要因でしかない。
彼はこの国の人々に憎悪を滲ませ、己を抱きしめる手に力を込めた。
「エミリエは、何もしてない。悪いのは、あいつらだ」
「たとえ、そうだとしても……。陛下は、そう思ってはくれないんだよ」
「あんな奴、崇めるに値しない」
「また、そんなこと言って……」
「貴様とエミリエが婚約する話は、絶対に実現させるわけにはいかない」
「みんなが納得できるような、名案があればいいんだけど……」
フェドクスの気持ちは尊重してやりたい。
だが、代替案が思い浮かばなければ、それは難しい。
――ヒロインの件がなければ、こんなに思い悩む必要なんてないんだけどな……。
このままフェドクスの説得を続けるべきか悩んでいた時、彼が衝撃的な発言をした。
「俺が、エミリエの婚約者になる」
それには当然、「私の婚約者になりたい」と名乗りを上げていない唯一の人物となってしまったガザンが、待ったをかける。
「あんた、自分の状態をわかってんのか? 無職のくせに……。ルドルフに張り合って、婚約者レースに参戦するとか正気かよ」
「俺はエミリエの幼馴染であり、護衛騎士だ。それは神殿が崩壊しても変わらない」
「そうかも知れねぇけど……。あんたの所属は、一応聖騎士団だったわけだろ? そこがもうねぇんだから、どっかに入団しなきゃなんねぇんだって」
辺境伯は必死に説得を試みたが、頑固な彼にはまったく通用しない。
彼は私に対する執着心を滲ませ、堂々と宣言してみせた。
「そんな法律は、この世に存在しない。エミリエ専用の傭兵として生きればいいだけの話だ」
「いやいや、いろいろとまずいだろ……。あんたは一応、三英雄の1人なんだぜ? 傭兵になりましたなんて言ったら、領地争いに駆り出されちまうぞ」
ガザンの口から戦争の話が出てきた直後、私はあることを思い出す。
――領地争と言えば、辺境伯。
ガザンは、確か……。
こちらの想像が正しいかを確認するため、思い切って会話に割って入った。
「ガザンの治める領地にも、騎士団がいらっしゃいますよね?」
「ん? そりゃ、まぁな。うちは防衛の要だ。陛下の指示によって動く騎士だけじゃいろいろ不便なんで、戦闘に秀でた奴らが名を連ねてるぜ」
フェドクスは、王立騎士団に入りたくない。
でも、騎士として活動するならどこかに所属していたほうが何かと便利だ。
平民出身のフェドクスは英雄伯になったあとも、貴族出身の2人に比べると地位的には劣る。
この状況なら――当然、保険はかけておいたほうがいいよね……?




