幼馴染のメンタルケア(2)
「だからって、エミリエが犠牲になる必要はなかった」
「そうかも知れない。でも、私は信じていたから。フェドクスが、助けに来てくれるって」
恋愛的な意味では好きにならないけど、危機的状況に追い込まれた際、絶対に助けてくれる相手という意味では、信頼はしている。
そう伝えたのは、彼の機嫌をよくするのにかなりいい影響を与えたようだ。
フェドクスは切なげに瞳を細めたあと、私の頬を撫でつけた。
「痛かっただろう」
「平気だよ。痛覚が鈍ってるの。フェドクスも、知ってるでしょ?」
「女性の頬をぶつなど、あり得ない」
「仕方ないよ。それだけ、恨みが強かったってことだから」
幼馴染は何もせずに黙ってされるがままになっていた自分を、許せないようだ。
苛立ちを隠しきれない様子で、こちらをじっと見つめてくる。
――これは、仕方のないことなんだよ。
だって私には、抗う力がない。
彼がこちらに向ける視線には、そう口にできない何かがある。
それがずっと、不思議だった。
「俺には、エミリエのすべてを知る権利がある」
「そうだね。フェドクスにだけは、わかってほしいと思ってるよ」
フェドクスは頬から手を離し、己の指先を絡め取る。
逃げられては困る話を、これからするつもりなのだろう。
彼は有無を言わさぬ低い声で、こちらへ問いかけてきた。
「ならば、教えてくれ。君は、何を隠している」
――ついに、幼馴染へ告げる日が来てしまった。
本来ならば、ルドルフに秘密が露呈した時に、自ら打ち明けるべきだったこと。
ここまで口を閉ざし続けていたのは、彼にとって自分がどれほど大切な存在になっているか、自覚をしていなかったせいだ。
――もう、誤魔化せない。
逃げるのは、止めよう。
フェドクスが悲しむ姿は、見たくないから……。
私は観念し、重い口を開いた。
「――私の異能って、他人の傷を肩代わりする能力だけではないの」
「別の用途が、あるのか」
「うん。頬の傷も、その力を使って直した。本当は……。いくらでも、やりようはあるんだ」
みんなの力を借りなくたって、1人で生きていける。
私はフェドクスに、こうやって守られる資格がない――。
そう口にするよりも先に、こちらが発するであろう言葉を先読みしたフェドクスから、拒まれてしまった。
「駄目だ。俺の元から離れるなど、許さない」
わざわざ「俺から離れたらどうなるかわかっているな」と凄まれなくとも、彼の行動は織り込み済みだ。
――言葉にしないと、伝わらないこともある。
私は幼馴染を安心させるため、コクリと頷いて繋いだ指先に力を込めた。
「フェドクスは、私と離れたくないって行動や態度で表してくれる。でも……。私はあんまり、あなたが大切だって、面と向かって伝えたことはないでしょ?」
「ああ」
「たまにはこうやって、腹を割って話し合う時間が必要だと、気づいたの」
彼は先程まで、己に対する執着心を滲ませていたのが嘘のように毒気が抜けた表情をしたあと、恐る恐る問いかけてきた。
「俺のせいか」
私は左右に首を振り、否定する。
これはどちらかと言ったら、今まで彼の好意に甘んじてきたことへの罪滅ぼしだ。
「フェドクスは、自分を除け者にしてほかの2人と仲良くする私を見るのが、つらかったんだよね」
どうせこうした話をするのなら、もっと早くに、こうしておけばよかった。
そうすれば、幼馴染を不安にさせる必要はなかったのに――。
私は心底反省し、口元を綻ばせた。
「大丈夫だよ。どんなに2人と言葉を交わしても、フェドクスが私にしてくれた行いが、なくなるわけじゃない」
「エミリエ……」
「あなたが私を心の底から大嫌いだと思わない限り――これからも、一番にフェドクスを頼ってもいい?」
「もちろんだ」
「ありがとう」
――やっぱりフェドクスは、私に対する執着心を滲ませていたり、つらく悲しそうな表情をしたりするよりも、微笑んでいるほうが好ましい。
私はこれ幸いとばかりに、機嫌がよくなった彼へ甘えるように問いかけた。
「ねぇ、聞いてもいい?」
「俺に答えられることなら」
「この間、有耶無耶になった話があったでしょ? その続き、ちゃんと知りたい」
フェドクスがちゃんと答えてくれるかどうかは、五分五分と言ったところだ。
それでも、これは知っておかなければいけないことだから……。
私が問いかけたところ、フェドクスは左右に首を振った。
「この秘密は、墓まで持っていく」
やっぱり、駄目かぁ……。
わざと露骨に落胆すれば、幼馴染は私の髪を優しく撫でながら、ポツリと呟く。
「最初から」
「ご両親?」
「違う。育ての親が、話しているのを聞いた」
「義両親が?」
彼がコクリと頷く姿を目にして、これはある意味作戦勝ちかもしれないと思った。
「エミリエは、闇に魅入られた呪いの子だ。魔王の器に、相応しいと……」
この話が事実であれば、彼は13年も私の秘密を知りながら口を噤んでいることになる。
きっと、苦しかったはずだ。
私が第二王女だと露呈した途端、平民の彼とは身分差が生まれてしまう。
いくら彼が聖騎士団長と同じかそれ以上の力を持っていたとしても、その誘いを断った時点でなんの意味もない。
ただ……。
英雄伯を賜った以上、第二王女の伴侶として名乗りを上げるのは不可能ではない。
険しい道にはなるが、周りの同意さえ得られれば、そこまで悲観するような状況ではないはずなのだが……。
「大変、だったね」
とりあえず、ここは彼の痛みに寄り添うふりをしておこう。
そう考えて慰めたところ、フェドクスは心の中に秘めていた想いを吐露した。




