幼馴染のメンタルケア(1)
道中、私たちの間に会話はなかった。
フェドクスは私を膝の上に乗せたまま抱きしめ、ガタゴトと馬車に揺られ続ける。
――き、気まずい……。
あまりにも重い沈黙に耐え切れずに、うとうとと船を漕いでいたら、あっと言う間に深い眠りに誘われてしまった。
寝ている間に何かあってはいけないと、気を張っていた影響だろう。
次に目覚めた時には、ふかふかのベッドに横たわっていた。
――戻ってきたんだ……。
久しぶりに1人で囚われていたせいか、自分が思っていた以上に疲労の色を隠せない。
牢屋にいた間、まったくと言っていいほどに歩行訓練ができなかった。
できるだけ早く再開して、遅れを取り戻したいのに――。
しばらくはいいかなと思うほど、身体が重たい。
それがなぜなのか、寝起き当初は検討もつかなかった。
しかし――。
数分かけて、その理由を悟る。
フェドクスが私を押し潰さんばかりに、抱き締めて添い寝をしていたのだ。
――この感覚、久しぶりだなぁ……。
魔王討伐の旅を続けている間、彼は私と離れ離れになってしまうんじゃないかと不安になり、こうして隣に寝そべっていた。
それは、昔からの習慣と言ってもいい。
――お互いに恋人が出来たら、どうするつもりなんだろう……。
彼らは三英雄と呼ばれる、誉れ高い人々だ。
ヒロインと結ばれなくとも、そう遠くない未来にご令嬢との結婚は避けられない。
ルドルフとガザンは、高貴な血を絶やさぬために。
フェドクスは元々平民ではあるけれど、1代限りの英雄伯を賜ったのだ。
ほかの2人と同じように、貴族としての立ち振舞いを求められるだろう。
――お姉様は、誰を選ぶのかな……。
私は選ばれなかった攻略対象の恋人に、なるつもりはない。
彼らが素敵な伴侶を見つけるのを、願うしかなかった。
――未婚の男女がこんなふうに、一つのベッドを分け合うなんてまずいよね……。
わかっている。
そろそろ、幼馴染離れをするべきだって。
だけど――。
彼にその気がない以上、どうしようもなかった。
不安定な状態で強引に姿を消したら、みんなに迷惑をかけてしまうとわかっているから……。
「エミリエ……っ!」
こちらがなんとも言えない気持ちを抱いて、フェドクスが目を閉じている姿をじっと観察していると、気配を悟った彼が飛び起きた。
こういう時、どういう反応をするのが正解なのだろう?
私はひとまず、挨拶から始めることにした。
「おはよう」
「あれから、3日だ! ずっと、目が覚めなかった……! 俺がどれだけ、心配したか……!」
「ごめんね」
どうやら、私は飲まず食わずで長い時間眠っていたらしい。
――最近、目元に涙を浮かべる彼の姿を見る機会が、随分と多くなってきた。
幼馴染が落ち込む姿を見るのも、これが最後になるかもしれない。
そんな予感を抱きながら軽い口調で謝罪を述べたところ、露骨に不貞腐れた彼の言葉が聞こえてきた。
「謝罪だけでは、足りない」
「どうしたら、許してくれる?」
「一生、俺のそばにいると約束しろ」
「それは無理だって、言ったよね?」
私たちは、無言で睨み合う。
――先程の発言は、フェドクスらしくなかった。
それだけ自分に、ただならぬ思いを抱いているということなんだろうけど……。
「俺がエミリエに向ける感情は、ただの好意ではない」
「じゃあ、何?」
「見返りを求めぬ、無償の愛」
幼馴染は恥ずかしげもなく、私に対する想いの正体を豪語した。
この言葉がヒロインに向けられていれば感動したが、自分相手ではテンションが上がらない。
「好きになってほしい。そう願うのが罪だと言うのなら、今のままで構わない」
嬉しいと感じるよりは、迷惑だとさえ思う。
そんな素直な気持ちを彼にぶつけたら、きっとこんなふうに添い寝などできなくなる。
「だから、どうか――。何も言わずに、いなくならないでくれ」
彼は己の身勝手な想いを私にぶつけてしまったことを、後悔しているのだろう。
切なげに紫色の瞳を細め、懇願しているのが印象深かった。
「これって、不可抗力でも適用されるの?」
こちらの質問を受けて、彼はコクリと頷いた。
――それは、あまりにも理不尽だ。
私の命を狙う司祭と聖女の身柄確保に成功したおかげで、国内は安全だ。
でも――。
ヒロインは、妹である自分との再会を心の底から望んでいる。
最悪の場合は、三英雄の目が届かないタイミングで拉致される危険性があった。
もしもその予感が現実のものになったら、約束を破る羽目にもなりかねない。
だから、ここで頷くわけにはいかなかった。
「困ったなぁ……」
私がじこファンに転生したと知っているのは、マリラさんだけだ。
いくら相手が一番信頼している幼馴染だとしても、未来が見えるなんて打ち明けるわけにはいかない。
だから、心の中で頭を悩ませたはずだった言葉が声に出てしまったと気づいた時、戦慄した。
「攫われる予定でも、あるのか」
「状況に、よっては……?」
ここではっきりと「その予定はない」と断言などできるはずもなく、言葉を濁したのだが……。
彼はそれが、お気に召さなかったようだ。
「次から、次へと……」
「フェドクスは、気苦労が耐えないね」
「誰のせいだと思っている」
「私が、魅力的なせい?」
「自覚があるなら、媚を振りまくのは止めてくれ」
「えー? そんなこと、してないよ」
フェドクスはこちらの主張が信じられないようで、ジト目で見つめてくる。
いくら出会った当初に比べて険悪な空気を脱しても、幼馴染にとって2人は、まだまだ信頼のおけない敵なのかもしれない。
「仲良しになったんじゃ、なかったの?」
「先に信頼を裏切ったのは、あちらの方だ」
「私が神殿に連れ去られたのは、ガザンのせいだと思ってる?」
「事実だろ」
「違うよ。あそこにいたのが誰であろうとも、私は神殿に戻ったはずだから……」
私は不満げな彼に、「子どもたちを守るために着いて行ったのだ」と説明した。
だが、自分と私以外の命は無価値だと言わんばかりの思考を持つフェドクスにとって、こちらの行動はどうしても受け入れ難いのだろう。
幼馴染は納得がいかない様子で、唇を窄めた。




