曇る幼馴染・リターンズ(1)
「俺を、愛していない……?」
彼はこちらの口にした言葉が信じられないようで、震える手で剣を鞘に収める。
それは、私を傷つけるつもりはないと言う意思表示だと信じたかった。
――ここで誤魔化したら、あとが怖い。
私を背に乗せてくれた狼を巻き込まぬよう、魔物の背中から降りる。
その後、足を引き摺って後方へ距離を取る。
そんなこちらの姿を光が灯らぬ表情で見つめたフェドクスは、困惑の色を隠せぬ様子で呟いた。
「なら、エミリエは誰が好きなんだ。ルドルフか? それとも、ガザン? 俺たちではなく、他の男がいるとでも……?」
「違うよ。誰も、好きにならないの」
「許さない……!」
幼馴染はすっかり我を忘れ、苛立ちを隠しきれない様子でこちらへ足早に向かって歩いてくる。
「お姉ちゃん……」
子どもたちは慌てた様子で割って入ろうとしてきたが、首を左右に振って制した。
彼らを巻き込むわけにはいかなかったからだ。
「エミリエは、俺だけのものだ。誰にも、渡さない。君が愛するのも、そばに置く異性も、すべて俺だけのはずなのに……!」
「私がフェドクス以外の人を好きになったら、耐えられないでしょ?」
「当たり前だ……! 君は俺にとって、世界のすべてなのだから……!」
フェドクスはこれまで己の内に秘めていた感情を爆発させると、私を抱きしめた。
支えがない状態でずっと立っているのは、かなりつらい。
これ幸いとばかりに安心して身を委ねて、休息を図る。
そのついでとばかりに、精神的な疲労を見せる彼の背中を擦り、説得を試みた。
「これは、あなたの心を守るために必要なの」
「嫌だ……!」
「今すぐに、受け入れてほしいとは言わないよ。でも……。ルドルフとガザンを敵視するのが、私と恋仲になるのを警戒しているせいなら――安心は、してほしいかな」
彼は恐る恐る私の胸元から顔を上げ、瞳を潤ませる。
その姿は、まるで捨てられた子犬のようだ。
――おかしいな。
ヒロインの前では、どれほど精神的に参っていたとしてもここまで情けない姿は見せなかったのに……。
やはり作中では、乙女心をくすぐるために美化して描写がなされていたのだろうか?
「大人しく、神殿の捕らわれたのは……。俺たちを捨てるためだったのか……?」
「違うよ。そんなつもり、ない」
「なら、なぜ……! こんなに、頬も……赤みを帯びて……! 俺たちがずっと一緒にいたら、エミリエには指一本も触れさせなかったのに……!」
――じこファンでは語られなかった姿を垣間見るたびに、安心する。
泣いたり、笑ったり、怒ったり。
人間らしい姿を見ると、攻略対象たちがこの世界でちゃんと生きていると、実感できるからなのだろう。
「みんながそばにいてほしいと願い続ける限りは、ずっと一緒にいるよ」
「俺たちが君と一緒に居たくないなんて、言うはずがないだろう!?」
「そうだと、いいんだけど……」
しかし――。
その姿を見るためだけに精神的な負荷をかけられ、苦しむほうは溜まったものではない。
フェドクスは私の右手を強引に己の背中から引き剥がすと、指先を絡めた。
「もう二度と、離さない。何があっても、絶対に……」
瞳を潤ませて「無事でよかった」と安堵している彼の姿を目にしたら、「助けに来なくてもよかったのに」とは言えない。
私は口元を綻ばせ、お礼を告げた。
「助けに来てくれて、ありがとう」
嬉しそうに目元を緩めたあたり、ようやく落ち着いたようだ。
――子どもたちにも、「もう大丈夫だよ」って伝えなくちゃ。
私はフェドクスと繋ぎ合わせた指先に力を込め、不安そうにこちらの様子を見守る少年少女へ視線を移したのだが――。
「なんだか、誘拐されたとは思えないほどにいい雰囲気だね」
「こりゃ、急いで俺達が駆けつける必要はなかったんじゃねぇの?」
彼らに声をかけるよりも早く、ここにいるはずのない人物たちが姿を見せた。
「あ! 情けない、おじさん!」
「キラキラの、王子様もいるー!」
「やぁ。また、会ったね」
「だから、お兄さんだって言ってんだろが……」
どうやらルドルフの転移魔法を使って、ガザンと一緒に移動してきたらしい。
子どもたちは、2人との再会を喜んだ。
「どうして……」
「あんたの救難信号を見て、駆けつけてやったんだよ」
「ガザンも、たまには気が利くよね。居場所さえわかれば、足で稼ぐ必要がなくなる。僕の転移魔法で、ひとっ飛びさ」
さすがは、幼い頃から交流を深め合った親友同士だ。息をするように、ピッタリと連携プレーが炸裂している。
まるで、双子の兄弟みたいだ。
「来てくださって、ありがとうございます」
「どうしたしまして」
「ちょうど、相談したい事案があります。聞いて、くださいますか?」
「もちろん」
私はこれ幸いとばかりに、フェドクスが暴れ回ったせいで壊滅状態に追い込まれた神殿の今後を、殿下に相談した。
「ご覧の通り、神殿は酷い有様です。
癒やしの聖女と司祭が使い物にならなくなった以上、新たな責任者を立てなければ存続は難しいでしょう」
「適任者は、君とフェドクスくらいしかいないと思うけど……」
私たちは同時に、首を左右に振った。
神殿を統べる聖女になんて、なりたくないからだ。
それは彼も、同じ気持ちなのだろう。
フェドクスは私と一緒にいることを、何よりも重要視している。
こちらが嫌だと言えば、幼馴染も受け入れるはずがなかった。
一度腐敗した組織は、殲滅したところで雑草のように根を張り、再び芽吹くはず。
それを防ぐためには、二度と復活できないように対策を練るべきだ。
そのためには――。
「神官たちを罪人として扱うのは、どうでしょうか」
「罪状は? 救済の聖女を傷つけた件でいいの?」
「司祭と癒やしの聖女は、そうなるかと思います。しかし、一部の神官たを黙らせるためには、罪を詳らかにする必要があります」
「たとえば?」
殿下にも促され、私とフェドクスは顔を見合わせて頷く。
その後、彼らの罪を白日の元に晒した。
「あいつらは長年魔王復活のために、さまざまな実験を人間の身体に施してきた。エミリエが痛みに鈍いのも、その一環だ」
「なんだって?」
「それから……。魔獣を捕らえ、違法な研究をしていたようです」
その話を聞いた2人は、「許せない」と態度に表す。
「そりゃ、重罪だな?」
「うん。けして、許されることではないよ」
――なんだかんだいいながらも、正義感だけは強いよね……。
さすがは、天下の攻略対象様たちだ。
私はそう感心しながら、恐る恐る話を切り出した。




