2人の聖女(2)
「質問に、答えなさいよ!」
彼女は危機的状況に追い込まれていると知りながらも、まだ傲慢な態度を続けるつもりのようだ。
――フェドクスと合流するまでには、大人しくなってくれるといいんだけど……。
私はそう願いながら、マリラさんに諭す。
「あなたはこれまで、私がどれほど止めて欲しいと懇願しても、己の欲望を優先しましたね」
「それの、何が悪いの……!?」
「あなたは、私に優しく接してはくださいませんでした。ですから、こちらも同じ態度で接しようと思っています」
彼女が慈悲深い人間であれば、こんな結末は訪れなかっただろう。
マリラさんと笑い合い、前世の記憶を語り合いながら、楽しく過ごす未来だってあったはずだ。
でも――。
彼女は己の私利私欲を満たすためだけに、私を加害した。
ヒロインから三英雄を奪い取り、恋仲になろうとしている。
それはけして、許されることではない。
私は彼女のすべてを奪うために、神官へ告げた。
「癒やしの聖女の称号は、この場を持ってマリラさんから私に移りました」
「何、勝手なことを言ってんのよ……!?」
「どちらの命令を優先するべきか、聡明な皆様ならばおわかりですね?」
神殿の人々は顔を見合わせ、暫く熟考していた。
司祭がこの場にいない以上、どうするか自分たちで考えなくてはいけなかったからだろう。
――私だって、すぐに答えが出せるとは思っていない。
誰もが固唾を呑み、彼らの答えを見守る。
「そいつは、無能聖女よ!? さっきのは、まぐれ! 全部、あたしのおかげなの! だから……!」
「いいえ。我々はもう、あなたには従いません」
「は……!?」
すると――。
やがて頷き合った彼らは、その端に膝をつく。
彼らが従うべき主人として、私を認めた瞬間だった。
「無能聖女を、拘束してください」
「やめ……っ。止めなさいよ! 離して!」
神官たちは嫌がるマリラさんを拘束する。
彼女がどれほど騒いでも、手を離すつもりはないようだ。
――今まで私を嫌っていた人が、こんな簡単に自分の指示に従うのかと思ったら、なんとも言えない気持ちでいっぱいになるけど……。
子どもたちも喜んでいるし、悪いことばかりではないのかもしれない。
「お姉ちゃん! すごーい! ベグラーよりも、よっぽど役立つね!」
「ぼ、ぼくが泣いたおかげで、おばさんと戦うことになったんだ! これも、作戦のうちに決まってるだろ?」
「誰がおばさんよ! このクソガキ……!」
「うわーん。やっぱり、怖いぃい~!」
少年はマリラさんに凄まれ、再び大声で泣き叫び始めた。
この場を収めるには、神殿の最高権力者である司祭の下へ行く必要がありそうだ。
私は神官たちに向かって、命じる。
「皆さん。これより、彼女を連れて司祭の元へ向かいましょう」
「し、しかし……! 司祭様は、フェドクスと交戦中でして……!」
「ひっ!」
今は面会できないと、神官の1人が口にした直後、悲鳴が上がる。
私たちは一斉に、そちらへ視線を移す。
すると、そこには――。
片手でぐったりと目を閉じ、力なく床に倒れ伏す司祭を引き摺る、フェドクスの姿があった。
「あたしを、助けに来てくれたのね!」
癒しの聖女は自分を助けに来たのだと本気で思っているようだ。
神官に四肢を拘束されたまま、幼馴染に向かって絶叫した。
「この女を、早く罰して!」
しかし――フェドクスは、彼女のことなどまったく気にする素振りがない。
私の顔をじっと見つめ、固まった。
「俺のエミリエを、叩いたな……!」
彼は司祭を土の上に放り投げると、鬼の形相を浮かべてマリラさんを拘束する神官へ斬りかかった。
「うわぁ!」
「きゃあ!?」
至るところで悲鳴が上がる。
しかし、私にはどうすることもできなかった。
フェドクスは、一度ああなったら敵を殲滅するまで止まらないと知っていたからだ。
――今、最優先で気にするべきは幼馴染でなく――。
大泣きしている少年だ。
「ベグラー。こちらへ。彼は、怖くないですよ。味方、ですから……」
「わぁあ! 聖騎士のお兄ちゃん、すげー! めちゃくちゃ、かっこいい!」
ベグラーは瞳をキラキラと輝かせ、すっかり殲滅モードに移行したフェドクスの大立ち回りを楽しそうに観察している。
その光景は、子どもが嬉しそうに見守るようなものではないはずなのに……。
生育上、悪影響を与えないかが心配で堪らない。
こちらが思わず眉を顰めていたところ、「その心配はない」と言わんばかりにルネリィが説明してくれた。
「ベグラーは、大きくなったら聖女様を守る聖騎士になりたいの。かっこいいお兄さんに、憧れているんだよ」
「なるほど……」
迷いなく剣を振るい、この場に偶然居合わせた神官たちを片っ端から神官たちを片づけていくフェドクスの姿が本当にかっこいいかはさておき――。
この神殿で未来ある若者が騎士を志すのは、人生を溝に捨てるようなものだ。
本来であれば、私が彼らの夢を奪う資格はない。
しかし、不幸になるとわかっているのに見て見ぬふりをするのは、耐えられなかった。
「ここでは、止めたほうがよろしいかと」
「どうして?」
「彼の活躍により、神殿が機能を停止するからです」
これまで何が起きても弱音を吐かった少女も、神殿が壊滅に追い込まれると知ったら気が気でないのだろう。
彼女は瞳を潤ませ、こちらに問いかけた。
「わたしたち、住む場所がなくなっちゃうの……?」
「ここから無事に脱出したあと、殿下に頼んでみましょう」
「うん!」
フェドクスが圧倒的な力で神官斬りつけている間、私たちは手持ち無沙汰なのをいいことに、和やかなムードで会話を弾ませる。
そんなこちらの姿を目にしたマリラさんは、声を震わせて叫んだ。
「く、狂ってるわ……! どうしてあんたたちは、こんな状況で笑っていられるのよ!?」
「フェドクスが私のために剣を握るのは、今に始まったことではありません」
「原作で語られた内容を知っているのが、自分だけだとでも思わないでよね!? こいつはいずれ、ヒロインと結ばれるの!」
「知っています」
「あんたがどんなにこいつを愛していたとしても、その想いは届かないわ!」
彼女はこの期に及んでも、まだ悪あがきを続けるつもりのようだ。
――三英雄と一緒にいるから、自分と同じように恋仲になろうとしているに違いない。
そうやって決めつけられるのが、不愉快で仕方なかった。
「それの何が、問題なのですか」
「はぁ……!?」
彼女は驚愕でいっぱいの表情を浮かべ、絶句する。
恐らく、自分の中にはない発想だったから、受け止めきれなかったのだろう。
マリラさんは己の理想を、押しつけてきた。
「そいつが好きだから、ずっと一緒にいるんでしょ!? 攻略対象と恋仲になりたいから、原作のシナリオを捻じ曲げてまでも生き残った! あんたは自分本位で、欲深い人間なのよ!」
「いいえ。それは私ではなく、あなたです」
「違う!」
「黙れ」
罪人がこれ以上口を開くなと言わんばかりに、フェドクスがマリラさんに向かって剣を振るうのと、私が声を発するのはほぼ同時だった。
「フェドクスに恋愛感情をいだくなど、ありえませんから」
「いやぁああ!」
彼女が「殺される」と覚悟し悲鳴を上げた直後、床に倒れ伏す。
――司祭と交渉をするまでもなく、片づいた。
これに懲りたら、マリラさんは悪さをしなくなるだろう。
そう、ほっとしたのもつかの間。
こちらを振り返った幼馴染の表情は――絶望に染まっていた。




