2人の聖女(1)
――ヒュ~、ドンッ!
まるで打ち上げ花火のような爆音が響いた。
だが、空に美しい光の花が咲くことはない。
モクモクと、風に乗って煙があたりいっぱいに充満する。
「げほっ。げほ……っ」
「な、何よ、これ……!? 煙幕……!?」
射撃訓練場で試し打ちをした時と全然違う感覚に戸惑いながら、全員が一斉に咳き込んだ。
――ここにいるよって伝えるつもりだったのに、子どもたちまで煙を吸い込ませてしまい、苦しませてしまった。
私は狼の背に跨ったまま、涙目で助けを求める少年の声を聞く。
「お、お姉ちゃん……!」
「もう! いつまで泣いているの!? ベグラーのせいで、脱出計画が台無しになっちゃったじゃん!」
「ぼくは、悪くない! 聖女様が、怖い顔で迫ってくるのが悪いんだ!」
彼は涙でグチャグチャになった表情のまま、マリラさんを指差す。
彼女はまさか、こんな形で見知らぬ子どもから責任転嫁されるなど思いもしなかったのだろう。
苛立ちを隠しきれない様子で、吐き捨てた。
「あたしはいつだって、かわいい顔をしてるに決まってるでしょ!? みんなから愛される聖女になるため、どれほど苦労してきたと思ってるの!?」
「おばさん、怖い……!」
「あたしはまだ、20代よ!」
こんな状況でなければ笑い飛ばしたいくらいだが、私だって命が惜しい。
ここは心を鬼にして、会話に割って入った。
「あなたがどれほど聖女だと声高らかに宣言しても、無意味です」
「なんですって?」
「聖女とは、聖なる力を使役する女性だけが名乗れる称号です。先ほどの光景を目にする限り、癒やしの力を使えなくなったあなたは……そう呼ばれる資格などありません」
大嫌いな存在からこんなふうに冷たく見下されたら、誰だって苛立つものだ。
沸点の低いマリラさんは、大声でこちらの主張を否定した。
「まだ、そうと決まったわけじゃないでしょ!? 今日は、たまたま使えなかっただけ!」
「いいえ。あなたは、今後一切癒やしの力を使えないでしょう」
「なんで、あんたにそんなことがわかるのよ!?」
ここで自ら「私があなたの異能を奪った」と暴露するのは、いい作戦よは言えない。
しかし、フェドクスと合流するまでの時間稼ぎだと思えば、悪くはないだろう。
私は芝居がかった口調で、淡々と声を発した。
「あなたは長年、神の意に反する恐ろしい行為へ、手を染めてきましたね」
「な、何を言ってるの……?」
「聖女の座を独占するために私たちを暴行し、時には話術で陥れ、心ない噂を流しましたよね」
マリラさんが狼狽えた隙を、逃すはずがない。
――今こそ、彼女の罪を白日の下へ晒す絶好の機会だ。
慌てた様子で力いっぱい否定する彼女へ追い打ちをかけるべく、畳みかけた。
「そんなの、嘘よ! デタラメ、言わないで!」
「私が無能聖女と神殿内に知らしめることで利を得るのは、あなたしかいません」
「ほ、他にもいるでしょ!?」
「いいえ」
「だったら、なんで司祭はあたしの行動を黙認してたのよ!? あいつだって、まったく同じ気持ちだったからでしょ!?」
マリラさんは自分が不利だと悟ったのか、司祭を巻き込むべく声を荒らげる。
「彼は自らの手を汚さずに、私が絶対服従する方法を探していました。あなたは、利用されただけなのです」
「はぁ……?」
「司祭は、どちらか1人しか選べない場合――私の味方になってくださるはずです」
――最悪な思いを抱きながらも彼と2人きりで話をしたのは、今にして思えば悪いことではなかったのかもしれない。
あの会話があったおかげで、ティルタラーテ王国の第二王女である限り、彼が私を始末するつもりはないと知れたのだから……。
「癒やしの力すら使えないあんたに、なんで司祭が肩入れするのよ!?」
「使えますよ」
「何、言って……」
私が無能聖女だというのは、この神殿内では有名な話だ。
ここを離れてから3年経ったせいで知らないものもいるかも知れないが、古参の人間なら誰もが知っている。
だから、こんなふうに私が断言するなんて思いもしなかったのだろう。
『一体、どこで? どうやって、手に入れたのよ!?』
そんな声が、聞こえてきそうだ。
私はマリラさんから視線を反らし、言い争いを見つめる民たちを視界に捉えた。
「あそこにいる皆さんは、あなたの治療を受けにやってきた方々ですよね」
「だったら、なんなのよ」
「約束してください。彼らの治療が無事に済んだら、私たちを攻撃しないと」
その後、神官に交渉を続ける。
彼らは顔を見合わせ、声を顰めて相談を始めた。
「まさか……。聖なる力に目覚めたのか?」
「聖女たちが治癒魔法を使えなくなったのなら、そう呼ばれるのは彼女になるはずだ」
「私たちが従うべきは、どちらになる……?」
力を発現できない癒やしの聖女か、癒やしの力を手に入れたと豪語する救済の聖女か。
彼らはどちらの言う事を聞けばいいのか、迷っているようだ。
本来であれば、かつて無能聖女と呼ばれていた自分の主張に耳を貸すなどあり得ない。
マリラさんは再び憤慨し、神官たちを叱咤した。
「なんで、こんな女の言う事を聞くの!? あんたたちは、あたしの手足でしょ!? この神殿で司祭の次に偉いのは、あたしのはずなのに……!」
彼女がどんなに悔しげな表情を浮かべたところで、失った力は元に戻らない。
――さぁ、神の裁きを下す時間だ。
「それでは、お見せいたしましょう。どちらが本物の聖女であるか、証明するために」
私は狼の背に乗ったまま、その場で祝詞を紡いだ。
「哀れな子羊に、神の祝福を」
「な……!」
彼女が癒やしの力を使う時とまったく同じ言葉を口にしたかと思えば、この場にいた人々を一斉に治療したからだろう。
マリラさんは驚きを隠せぬ様子で、絶句する。
「な……っ!」
それは長年病に冒されて苦しんできた患者も同じようだ。
だが――。
あの子が我に返って声を発するよりも、国民たちが感極まった様子を見せるほうが早かった。
「おお……!」
「癒やしの聖女様から受けた時よりも、ものすごく強い祝福だ……!」
「どうしてあんたが、癒やしの魔法を使えるの……!?」
涙を流して感銘を受ける民と、信じられないと目を見張るマリラさん。
私は彼らに向かって慈愛に満ちた笑みを浮かべると、胸を張って声高らかに宣言する。
「これにして、証明されました。私は癒やしの力を使う、聖女です。無能と呼ばれるべきは、彼女であると……」
――これで少しは、お姉様に近づけるといいんだけど……。
明るく元気で、みんなから寵愛を受けるヒロインの姿を思い浮かべながら、目を伏せる。
感傷に浸るこちらの気持ちなどお構い無しに、マリラさんは凄んできた。




