三英雄は誰のもの?
身の安全を確保するのが最優先だと行動したのは、早まったかもしれな
い。
――1人でマリラさんと対決して、神殿で大暴れしようとするのは、考え直したほうがいいかもしれない……。
私は作戦を「ガンガン行こうぜ」から、「慎重に行動しよう」に変更した。
だが……。
それから2日後の夜――待ち人が訪ねてきたことによって、私はさらに計画の方向転換を余儀なくされる羽目になった。
「いい気味……」
クスクスと小馬鹿にするような笑みを浮かべながら姿を見せたのは、マリラさんだ。
彼女は体力を少しでも温存するためにこてんと床に寝そべる己を見下し、大声を響かせる。
「救済の聖女なんて呼ばれるあんたが、まるで芋虫のように地べたを這いずり回ってる姿が見られるなんて思わなかった!」
満足な食事も与えられず、手足の自由を奪われて不衛生な場所に閉じ込められているのだ。
マリラさんの甲高い声が、耳障りで仕方なかった。
「いいものを見せてくれて、本当にありがとう。胸が、スッとしたわ」
「癒やしの、聖女様……」
「この調子で、さっさと死んでくれる? あんたが生きていると、三英雄がいつまで経ってもあたしのものにならないじゃない!」
彼女は私から癒やしの聖女と呼ばれるのが、嫌で仕方ないようだ。
苛立ちを隠しきれない様子で、暴言を吐いた。
――普段の私だったら、刺激したって自分が苦しい思いをするだけだと考え、ぐっと我慢していただろう。
だけど……。
やられっぱなしでいたせいで、彼女の悪意を増長させている可能性も否めない。
私はマリラさんを心底軽蔑しながら、か細い声で吐き捨てた。
「あなたは彼らを、自分を輝かせるために必要な、都合のいい道具としか思っていないようですね」
「当たり前じゃない。ここは、乙女ゲームの中。あいつらは、あたしたちが娯楽を楽しむために作られた紛い物よ!」
彼女はここが、現実の世界だと受け入れる気はないのだろう。
バッドエンドを迎えても何度だってやり直せると思い込んでいる可能性が高い。
そんな彼女に嫌われている自分が正論をぶつけたところで、果たしてマリラさんは言うことを聞いてくれるだろうか?
「ここがゲームの中だと本気で仰っているのなら、あなたもよくご存知のはずです」
「なんの話?」
「何もかもがうまく行くのは、物語の主人公だけだと……」
私は一縷の望みをかけて、懇切丁寧に自分たちが置かれている状況を説明する。
――これで理解してもらえなければ、お手上げだ。
吉と出るか、凶と出るかは、すぐに明らかとなるだろう。
「あなたは原作に登場せず、私は詳細を語られぬモブでした。三英雄のお相手が務まるのは、ヒロインだけです」
「それがわかってるなら、なんであんたが原作よりも先回りして、あの人たちと交流を深めてるのよ!?」
激昂した彼女は私の胸ぐらを掴むと、怒声を浴びせた。
――やっぱり、駄目だったか……。
私はマリラさんの悲痛な叫び声を、黙って受け入れる。
「あんただって、あたしと同じ! ヒロインを差し置いて、あいつらを攻略しようと目論んでるんでしょ!?」
「そのつもりは、ありません」
「嘘つき! だからあんたは、あんたが嫌いなのよ!」
こちらが言い返さないのをいいことに、頬へ往復ビンタをお見舞いされる。
手足を拘束されている状態で他者から異能を奪い取るには、あちらから触れてもらうしかない。
これはある意味、自らの身体を犠牲に目的を達成するための、絶好の機会だった。
「消えて! 今すぐ! いなくなれ!」
マリラさんのよく手入れがなされた長い爪で引っかかれる度に、血が飛び散る。
すっかりこうした苦痛を慣れきってる身体は、なんの反応を示さない。
涼しい顔で攻撃を受け続け、彼女に悟られぬようにじわじわと、少しずつ異能を奪い取った。
「なんで……っ!? こんなに力いっぱい、引っ叩いているのに! 悲鳴すら上げないなんて、どうかしてるわ!」
「幼い頃より行われた、癒やしの聖女様によるご指導のおかげです」
すっかり頭に血が登っている彼女は、こちらの頬が腫れ上がったところでようやく我に返った。
『こいつさえいなければ』
そんな憎悪の感情が、みるみるうちに恐怖へと変化していく。
「この……っ。化物!」
その姿を感情の籠もらない瞳でじっと観察しているだけでも、マリラさんに恐怖を与えるのは充分だったようだ。
わなわなと全身を震わせた彼女は、私の胸ぐらから勢いよく手を離す。
私はバランスを崩してしまい、ジャラジャラと鎖の音を響かせて再び地べたに転がった。
「今日はあんたに、とっておきのプレゼントを用意してきたの!」
そんな無様な姿を目の当たりにして、彼女はあっという間に機嫌を直した。
後方に控える護衛騎士に合図を送ったあと、固く閉ざされた牢屋の鍵が解錠される。
そして、大柄の男性たちに抱きかかえられた、あるものが室内へと運び込まれてくる。
それは――。
「がるぅ……! がうぅ……!」
拘束具を外そうと必死になっている、至る所から血を流して満身創痍な状態の狼だった。




