囚われ聖女
神殿の行動には、一貫性がない。
私を大事だと言ったり、始末しようとしたり。
その理由を確かめるべく質問をしたところ、意外な答えが返ってきた。
「あなたがたの目的は、なんなのですか」
「あなたは、ティルタラーテ王国を牽制するための駒なのです。第一王女が血眼になって探している限り、この国に攻め入られることはない……」
魔王の活躍が活発化するまで、この国はティルタラーテ王国と頻繁に争っていた。
じこファンによると、リジェンタス王国に妹を連れ去られたと知ったヒロインが、国王に進軍しないように願い出た結果、戦争が一時休戦状態になったと記載があったはずだ。
国同士の争いが小さな小競り合い程度で済んでいるからこそ、戦地の最前線を治めるガザンが、弟に任せて好き勝手遊び呆けていられるのだろう。
私が三英雄のそばにいれば、この祝賀会のように社交場へ出る機会が訪れる。
そこで姉に再会され、強引に身柄を奪われるのは困ると言うことなのだろう。
私がいなくなれば、ティルタラーテ王国には休戦理由がない。
姉は彼らを、絶対に許さないはずだ。
「己の幸せを犠牲すれば、民を助けられるのです。それは聖女として、名誉なことだとは思いませんか?」
己の幸せと、たくさんの人の命――。
その2つを比べ、神殿は後者を選び取った。
――私も、基本的には彼らと同じ考えだ。
自分の幸せを犠牲にすれば、誰かを助けられる。
そう言われたら、私は喜んでその選択をする。
どんな痛みや苦しみだって耐える覚悟がなければ、三英雄の欠損を肩代わりしようなんて思わなかった。
「あなたにとっての最悪な結末は、なんでしょう」
「先ほど、お話したはずですよ」
「私が姉の元へ戻り、この国が滅びる。その場合、リジェンタスの王族はどうなると思いますか?」
「処刑されてしまうでしょうね。王家の血筋を根絶しなければ、後々面倒なことになりかねませんので……」
いずれ訪れるべき未来を想定しているのに、なぜ司祭はルドルフを引き合いに出さなかったのだろう?
――私のすべてを知っている。
そんな素振りを見せながら、殿下から好意を向けられていることを認識していないのは明らかにおかしい。
どちらにせよ、王太子の策略に嵌れば、ルドルフは戦争が起きる前に命を落とす。
だから、気にかける必要がないとでも思っているの?
どちらにせよ、殿下をいないもののように扱ったのは我慢ならなかった。
あとできっちりと、お灸を据えてやらなくちゃ。
「私がここで大人しく囚われていれば、身の安全は保証されるのですね」
「ええ。もちろんですとも」
「では、なぜ――癒やしの聖女様は、私を殺してやると躍起になっているのでしょうか?」
自分でも気がつかないうちに、三英雄を大切に思い始めている。
そんな己の感情を見ないふりしながら、私は戦いの火蓋を切って落とした。
「私の命が潰えれば、お姉様は大層お怒りになるでしょう。ティルタラーテ王国との全面戦争は、避けられません」
「それは……」
「民を守るためという、大義名分もありますから。こうして手足の自由を奪われて監禁されることに、異論はありません。しかし、彼女に危害を加えられるのは我慢ならないのです」
「癒やしの聖女は、ご存知ないのです。あなたが、第二王女だと……。ですから、無礼を働くのは無理もありません」
マリラさんは、前世の記憶を持つ転生者の疑いがある。
彼女はお姉様がヒロインだと、知っていた。
私の出自だって、織り込み済みだ。
彼の主張には、明らかに無理がある。
「この神殿の最高権力者が、聞いて呆れますね。その暴走を止めるのは、あなたの役目でしょう」
「殿下は、変わられましたね。いやはや、これも年頃の目麗しい男性に囲まれた成果でしょうか。それとも――」
遠回しに「嘘で誤魔化そうとしても無駄だ」と指摘をしたところ、司祭はおかしくて仕方がないと言わんばかりに大笑いをする。
その後、口元だけを綻ばせてこちらへ探るような視線を向けた。
「何かほかに、理由がおありですかな? たとえば――誰かに、入れ知恵をされたとか」
この男はもしかすると、フェドクスと険悪な雰囲気になったのはガザンが出生の秘密を暴こうと目論んだ話まで調査済みなのかもしれない。
――ここで「そうですね」なんて言ったら、辺境伯まで危機が及ぶ。
私は感情を押し殺し、静かに告げた。
「司祭が想像をしているような出来事は、何も起きていませんよ」
「それはよかった! もしもあなたがそうだと肯定したのであれば、護衛騎士に直接話を聞く必要があったでしょう」
この男は、私を脅して優位に立つためにしか行動する気がないのだろうか?
ルドルフから始まり、ついにフェドクスのことまで引き合いに出されてしまった。
この状態で、冷静でい続けろと言うほうが難しい。
私は思わず、彼を睨みつけてしまった。
「私のフェドクスに手を出したら、どうなるか……。わからないとは、言わせませんよ」
「殿下と彼は、幼い頃からともに過ごした盟友と伺っております。魔王討伐の旅を経て、お2人の絆がより深まったようで何よりです」
わかっている。
これでは、相手の思う壷だと。
それでも、怒りを抑えきれなかったのは――私にとってフェドクスが、かけがえのない存在だからなのだろう。
「フェドクスに手を出さず、癒やしの聖女様が私を加害させないように監視をする。それが、ここで大人しくしている条件です」
――命さえ奪われなければ、私はどうなっても構わない。
彼だけは、絶対に守らなくちゃ。
私が望むのは、三英雄とヒロインが恋を育み合い、幸せに暮らすハッピーエンドなのだから――。
「ご安心ください。あなたがここで大人しくしている限りは、危害を加えるつもりはありませんので……」
強い口調で宣言した提案に、恐れを成したのだろうか?
彼は不敵な笑みを浮かべると、話はこれで終わりだと言わんばかりに去って行った。
――はぁ。
これでようやく、落ち着ける……。
手足の自由は奪われてしまったが、左半分を自由に使えない以上、今さら残りも動かせなくなったところで、まったく問題はない。
そのおかげで癒やしの力を手に入れられたのだから、よしとするべきだ。
――シスターは、無事に報告を済ませたみたいだし……。
子どもたちの安全も確保されたのであれば、悪い気はしないかな……。
暫くは、様子を見よう。
私はそう決めると、思う存分睡眠を貪った。




