【2-3】神殿に戻って
「申し訳、ございません……! 救済の聖女様へ、このような場所で暮らすように命じるなど……! いつか、神の天罰が下るでしょう……!」
シスターは瞳から大粒の涙を流し、神へ懺悔する。
その後、私をカビ臭く埃っぽい牢屋へと閉じ込めた。
「癒やしの聖女様と司祭に、報告して参ります。どうか……。生き延びてください。そして……。子どもたちを、お願いいたします……」
彼女は己の死期を悟ったような発言をしたあと、姿を消してしまった。
――無抵抗で大人しく着いてきた特典として、数日分の食事くらいは恵んでくれるのではないかと期待したが――。
どうやら、そこまで気は回らなかったようだ。
――これってもしかしなくとも、黙って着いてきただけ損なのでは?
やらかしたと気づいても、あとの祭りだ。
フェドクスが助けに来るまで、どうにかして生き延びなければならないのだから。
――諸悪の根源が姿を見せるまで、何日かかるだろうか。
せっかく、神殿へ戻ってきたのだ。誰かから、癒やしの力は奪っておきたい。
フェドクスと合流する直前にマリラさんから異能を奪い取り、決着をつける。
その後、三英雄と合流するのが理想のシナリオではある。
だが、こちらの想定通りになれば苦労はしないだろう。
その気になれば、自力でここから抜け出せないこともないんだけど……。
私は一応、他者から傷を肩代わりすることしか脳のない女という事になっていた。
司祭や聖女へ私を捕らえたと報告をしに向かったシスターの言葉が、嘘だと疑われてしまえば、彼女の命にかかわる。
やはり、囚われのお姫様のようにここで大人しく王子様を待つのが一番なのではないだろうか?
「暇だなぁ……」
――これから、どうしよう?
開いた時間を使って1人作戦会議をするべきか迷っていたところ、悩みのタネがあちらからやってきた。
「おや、まぁ……。まさか、本当にいらっしゃるとは思いませんで……」
シスターから報告を受けた司祭は牢屋の中でなんの抵抗もせずに大人しく座る私の姿を見下し、物珍しそうな視線を向けた。
どうやら、こちらが大人しく捕まるなどとは思っていなかったようだ。
「不用心ですなぁ。いくら左半分が使い物にならなくなったとはいえ、そのまま牢屋へ放り込むなど……。これでは、我々が目を離した隙に、どこかへいなくなってしまうではありませんか」
司祭は口元だけを綻ばせ、一緒に姿を見せた神官たちに手足を拘束するように命じてきた。
――強奪に、回数制限はない。
なんの能力なのかわからない状態で、異能を奪うのは得策とはいえなかったが――。
救済の聖女という二つ名を陛下から得た以上、このままずっと癒やしの力が使えない状態はかなりつらい。
――司祭と行動をともにしているのであれば、神官たちはそれなりの地位にいる人間だと。
きっと、治癒魔法も使えるはず。
――まるで、当たりとハズレが混在している、ガチャを回すような感覚だなぁ……。
私は彼らが牢屋に押し入り、手足の拘束を行う際に、異能を発現させた。
「う……っ」
彼らはほとんど同時に呻き声を上げたが、何事もなかったかのように牢屋の外へと出た。
――能力を奪い取ったあとに感じた違和感は、まともに清掃されていないせいで室内に充満する匂いに反応しただけだと勘違いしてくれたようだ。
あとはこのまま、彼らが異能を使えなくなった理由を自覚する前に、ここから脱出すればいい。
「昔に戻った気分はいかがですかな? 救済の聖女――いや、ティルタラーテ王国の第二王女とお呼びするべでしょうか……」
ここからどうやって外に出ればいいのか悩んでいたところ、彼は当然のように出生の秘密を暴露してきた。
――ここで反応を示したら、相手の思う壷だ。
私は顔色1つ変えず、黙り込む。
「驚かれないのですね。すでに、ご存知でしたか?」
こちらの反応は、司祭も織り込み済みだったようだ。
下衆な笑みを浮かべて、嫌味を言ってくる。
「いけませんなぁ。あなたの秘密は、我々神殿が厳重にお守りしていたと言うのに……」
彼はこうして自分を牢屋に閉じ込めて痛めつけ、過剰な精神攻撃を行うことすら、すべて神の神託の元に行われる正当な権利だと本気で思っている。
だから、私の出自を知っていてもこんなふうに威張れるのだ。
「三英雄とは、随分と仲を深められたようですね」
「彼らに、何をするおつもりですか」
「決まっているでしょう。口を塞ぐのですよ。あなたがティルタラーテ王国の第二王女だと言い触らされては、面倒ですので」
神の言葉を代弁していると豪語すれば、何もかもが己の思い通りになると考えている。
そんな人間の身勝手な主張を長々と聞かされるこちらの身にもなってほしい。
「我々は長年、この牢にあなたを閉じ込めていました。それは、これ以上被害者を増やさないようにするためだったのですよ」
彼はこれまでの行いすべてが私のために行ってきたことだから感謝しろと諭してくる。
しかし、その言葉の裏に込められた意味を見逃すほど、私はもう子どもではなかった。
「私のせいで、すでに何人か命を落としているかのような発言ですね」
「御名答! 王族をこんなところに閉じ込めるなんて、神に背く行為だと異を唱えられましてね。全員黙らせるまで、苦労しましたよ」
どうやら私の秘密を知っている人々は、己の預かり知らぬところで助けようとしてくれたが、いつの間にか始末されてしまったらしい。
その結果、フェドクス以外に味方がいない状況が作り出されてしまったようだ。
――もっと早くに、気づきたかった。
そうしたら、神殿で暮らす人々は全員敵で、血も涙もない人間だと、誤解しなくて済んだのに……。
「日の当たらぬ場所で、これまで通り大人しくして頂かなくては困ります」
司祭はここから逃げ出そうと目論む私の企みを、想定済みなのだろう。
彼は遠回しに、脅しているのだ。
大切な人が酷い目に遭うのを防ぎたいのであれば、静かに囚われていろと……。




