いざ、神殿へ(フェドクス)
『偉いよ、フェドクス。よく、頑張ったね。受け入れてくれて、本当にありがとう』
彼女はそんなふうに、俺を褒めてくれるだろう。
そんな光景が現実のものになったとしても、悪くないと思えたのは――やはり、エミリエが大切だからなのだ。
幼馴染には、いつだって笑っていてほしい。
彼女が微笑みかける相手は、つねに俺だけでありたかったが――。
彼らも自分と同じように、エミリエの異能によって、傷を肩代わりしてもらった同胞だ。
今まで通り、己だけが彼女のすべてを独占するのは無理がある。
彼らのことは、いつか彼女以外の女性を好きになるその日まで、俺たちの周りを飛び回るしか脳のない、目障りな蠅とでも思えばいい。
――あいつらがエミリエの1番を譲ってくれると言うのなら、その好意に甘えるべきだ。
「その言葉が守れるのなら、信じてやってもいい」
「そう、こなくちゃな!」
ガザンが「その言葉を待ってました」と言わんばかりにガッツポーズをした瞬間を見計らい、慌てて釘を刺す。
「これ以上、調子に乗って欲張るな。約束を破った瞬間、俺は貴様らに牙を剥く。エミリエの視界に入ることすら許さない」
「んじゃ、それ以上を望む状況になったら、要相談ってことで!」
だが、どれほど効果があるかはなんとも言えない状態だった。
ガザンは悩み事が解決した記念とばかりに明るい声を発する。
「オレたちの最愛が望むように、これからは仲良くやろうぜ!」
その後、馴れ馴れしく肩に腕を回してきた。
以前の俺であれば、不特定多数の女性を抱いてきた穢らわしい手で触れられた瞬間、そう吐き捨てられた。
だが、同盟を組んだあとではどうしようもない。
俺は渋々怒りを沈め、されるがままになった。
エミリエが早く、戻ってきてくれますようにと願いながら――。
*
「よかったね」
ガザンと和解し、表面上はルドルフに対しても鋭い眼光で睨みつけなくなった。
エミリエはこの光景がお気に召したようで、満足げに微笑んだ。
「フェドクスって、私以外の親しい人がいないでしょ? ずっと、心配だったんだ」
――俺はエミリエさえいれば、ほかには何もいらない。
なのに――。
彼女はいつだって、いつか訪れるであろう最悪の結末を想定して立ち回っている。
「2人がいれば、私がいなくなっても寂しくないね」
俺は彼女と離れる気など一切ないのに――エミリエは時折、その時を心待ちにしているような素振りを見せた。
それが、不思議で仕方がない。
彼女を敵視し、始末しようと目論む神殿や女狐に命を奪われる可能性を警戒しているのか。
ティルタラーテ王国の第二王女として暮らす未来を想像しているのかは、定かではないが――。
目を離したら、彼女がどこかに消えてしまう。
そんな気がして、俺は気が気ではなかった。
「これからも、2人と仲良くしなきゃ駄目だよ」
この時の俺は我慢などせずに、この場でしっかりと苦言を呈するべきだったのだ。
『なんであんな奴らと、交流を深めなければならない。俺は、嫌だ』
ちゃんと自分の気持ちを伝えていれば、ガザンと彼女が裏庭へ散歩をしにいくことなんかなかった。
俺が、あんな奴らに連れ去られる前に、エミリエを守ってやれたのに――。
「どうして死に物狂いで、エミリエを守らなかった!?」
――彼女から少し目を離したら、エミリエが行方不明になった。
その一報をガザンの口から直接聞いた直後、怒りを抑えきれずに彼の胸ぐらを掴んで問い質す。
「落ち着いて。今は、身内で争っている場合じゃないよ」
「黙れ……!」
見かねたルドルフが慰めにかかるが、素直に怒りを鎮める気にはなれなかった。
俺が落ち着きを取り戻したところで、最愛のエミリエが笑いかけてくれるわけではないからだ。
「すまねぇ……。エミリエが連れ去られたのは、オレの判断ミスだ…………」
ガザンもまさか、自分が近くにいる状態で、白昼堂々とエミリエが姿を消すなど思いもしなかったのだろう。
普段の軽薄な姿からは想像もつかないほどに、意気消沈としている。
「あとできっちり、精算する。だから、今は……」
「貴様に、次などない……!」
――わかっている。
彼女のそばにいなかった自分よりも、よほどこいつのほうが悔しい思いをしていると。
だが――。
三英雄の中でエミリエを愛する気持ちが強いのは、この俺だ。
――このまま二度と、彼女と会えない。
言葉を交わせないかもしれない。
そんな恐ろしい光景を思い浮かべるだけでも、全身が恐怖に支配されてしまい、居ても立っても居られなかった。
「待って。1人より、3人のほうが広範囲を探せるよ。どうか、先走らないで」
――嫌だ。
彼女がいない人生など、絶対に認めない……!
俺はこの場でガザンを責めても無駄だと理解し、彼の胸ぐらを離して距離を取る。
肩を掴んで止めようとしてきたルドルフの手は、振り払った。
「貴様らを、一瞬でも信じた俺が馬鹿だった」
「フェドクス……」
「もう、頼らない。俺は1人で、エミリエを取り戻してみせる……!」
「うんん。それは、彼女が望まないよ。あの子は、僕たちがみんなで力を合わせて助けに来るのを、待っているはずだ」
2人はエミリエの名前を引き合いに出し、俺を都合のいいように動かそうとしている。
だが、彼女が神殿の連れ去られた今、こいつらの言う事を聞く理由など1ミリもない。
「わかったような口を、聞くな……!」
彼らと手を組み、秘密裏に彼女を連れ出すなんて、まどろっこしいことをするつもりはなかった。
俺は真正面から、エミリエを取り戻してみせる……!
――待ってろ。
今、行くから。
彼女を傷つけようとする輩は、全員斬り伏せてやる。
「俺が従う相手はエミリエだけだ」
こいつらの命令には、従わない。
俺は彼らと決別し、単身神殿へ向かった。




