フェドクスとザガン・1(フェドクス)
――エミリエの秘密が、仲間たちに露呈しかけている。
これは、由々しき事態だ。
今のところは決定的な証拠はないものの、彼女の姉がエミリエを探していると言う情報が気がかりだ。
姉妹が偶然、顔を会わせたら?
最悪なのは、ティルタラーテ王国の第一王女に「あなたがわたしのお姉ちゃんよ」と面と向かって語られることだ。
――俺たちは魔王を討伐し、この世界を救った英雄という最上級の称号を手に入れた。
なのに――。
どうして危険な目に遭う彼女を、守れないんだ?
癒やしの聖女はエミリエの命を狙い、敵国の王女は妹を取り戻すために策を練っている。
それだけでも頭が痛い状況なのに、毎日エミリエのハートを射止めようとあれこれ策を練るルドルフとガザンから彼女を守らなければならない。
身体がいくつあっても、足りない状況だった。
「エミリエがルドルフと一緒に部屋を出てった意味、わかるか?」
何から手をつけていいのかすらもわからない状態でガザンから声をかけられ、会話をする気にもならない。
俺はあえて、問いかけを無視した。
「あいつと考え方の似てるオレになら、あんたも心を開けるんじゃないかと考えたんだろうよ」
だが――。
あいつはこちらの都合などお構いなく、話を続けてくる。
「貴様とエミリエは、別の人間だ」
「そうだな」
「他人の癖に、彼女の気持ちを代弁するな」
考え方が似ていると、エミリエからお墨つきをもらった?
だから、どうした。
彼女を勝手に理解した気になって、俺に寄り添えるのは自分だけだと豪語されたところで、苛立ちしか募らない。
「ほんと、あんたは初めて会った時から変わんねぇな。拗らせてるっつーか……。子どもを守るため、必要以上に周りを威嚇する獣かよ」
なんでもいいから、とにかく黙ってほしい。
そんな想いを込めて睨みつけたところ、「いつまでこんなことをしているつもりだ」と諭された。
「仲違いをしている場合じゃないって、わかるだろ?」
こうなったのは、俺のせいじゃない。
エミリエの秘密を暴こうとした、こいつのせいだ。
それを棚に上げ、悪びれもなくこちらを手のかかる子ども扱いしてくるガザンを、どう信じればいいと言うのか。
俺はさっぱり、理解できなかった。
「あいつの秘密、どこで知ったんだ? 本人は、気づいてねぇみたいだが……」
「俺が素直に、打ち明けると思うか」
「ま、どうしても隠したいって言うんなら、仕方ねぇけどさ。あんたはいつまで、俺たちを他人扱いするつもりだ?」
どさくさに紛れて、俺が彼女の出自を知った要因を探ろうとしてくるあたりが、最悪だ。
「そろそろ、心を開いてくれたっていいんじゃねぇの」
こいつらはエミリエの願いを叶えるべく、貼りつけた笑みを浮かべて擦り寄ってくる。
それが、愉快で仕方なかった。
「エミリエは、俺たちを信頼してくれてるぜ」
「黙れ」
どうして彼女は、こんな奴らのために身体の不自由を強いられなくてはならなかったのだろう?
こいつらはエミリエを嫌い、傷つけた。
幼い頃からあの子を守り続けていた俺とは、立場が違う。
本来であればこんなふうに、彼女のそばに居続けるなど許されないと言うのに――。
「あんたは、怖いんだろ。エミリエが恋愛的な意味で俺たちに惚れて、今まで必死にあいつを守ってきた時間が無意味になるのが」
当然のようにエミリエへ好意を抱き、彼女の唯一になろうと目論んでくる。
俺はエミリエにとって、ただの幼馴染だ。
13年も一緒に暮らしていたが、恋愛的な意味では好意を抱いてもらえなかった。
「でもさ、考えてみろよ。別に、異性が一緒にいたからって、絶対恋に落ちるわけじゃねぇだろ」
俺にできなかったことを、ある日突然現れたこいつらがやり遂げる。
そんなもしもの可能性を思い浮かべるだけで、吐き気がした。
この想像が、現実のものになってしまったら――。
俺はきっと、耐えられないだろう。
「今は、あいつを奪い合ってる暇なんざねぇくらい、危機的状況なわけだしさ。とりあえず、オレたちのことは兄貴だと思ってくれていいぜ」
ガザンの魂胆は、考えなくともわかる。
こちらが彼らを家族として認め、信頼した直後にエミリエを横から奪い取るつもりなのだ。
「貴様の魂胆には、乗らない」
「ほんとに、強情だな。手のかかる弟は、これだから困るぜ」
「貴様と、血縁関係を持った覚えはない」
「そんなに、警戒すんなよ。こっちだって、無理やり手籠めにする気はないんだぜ? オレたちは、エミリエがあんたの隣にいるのが幸せだって言うなら、黙って受け入れるつもりだ」
こいつはかつて、毎晩のように複数の女性と代わる代わる関係を持っていたクズだ。
そんな遊び人の言葉を、信じられるはずがない。
ただ、こいつの代わりにルドルフがまったく同じ言葉を吐き出してきたとしても、受け入れる気にはならなかっただろう。
そういう意味では、大事なのは「誰が伝えたか」ではなく、「内容」なのだとわかる。
「エミリエに言えなかった気持ち、全部ぶち撒けちまえよ。あいつも、それを望んでいるはずだ」
たとえ彼女が、どれほどこいつを好きになってほしいと望んだとしても、それを叶えるつもりはない。
だが、彼女には面と向かって口にできない屈折した想いを抱き続けるのにも、限界がある。
このまま1人で抱え込み続けていれば、いつかは最悪の状況で爆発してしまうだろう。
彼女に嫌われたら、一巻の終わりだ。
それだけは絶対に、防がなくてはならない。
――そういう意味では、ガザンの申し出はありがたかった。
こいつの言う通りに行動するのは、癪だが……。
彼女を裏切るような真似をして、これまで培ってきた関係性を粉々に破壊するよりはマシだろう。
俺は渋々、心の奥底に留めていた気持ちを吐露した。
「俺は、エミリエの望む人間にはなれない」
あの子はいつも、俺に向かってどこか疲れたように笑う。
『フェドクスにだけは、ありのままの自分でいてほしい』
その願いを叶えるべく、どんな時も彼女の隣にいる聖騎士として相応しい人間を演じてきた。
『私を、嫌いなふりをしてほしいの』
目に入れても痛くないほどかわいがっているのに、嫌悪しているふりをした。
――ルドルフとガザンが、あいつを嫌っていたから。
彼女のためになると信じて、出生の秘密を知っているのに、誰にも打ち明けず口を噤んだ。
――自分だけが、あの子の特別でいたかった。
俺にとってエミリエは、世界のすべてだ。
彼女が望むのなら、鬼や悪魔にも喜んでなってやる。
己のちっぽけな命であの子を救えるのなら、死んでも構わなかった。
なのに――。
エミリエと2人が心を通わせていく姿を見ているうちに、自分の心がどんどんと醜い感情に支配されていくのを止められなくなった。
「俺は、ルドルフのように王族に生まれたわけでもなければ、貴様のように器用なわけでもない。ただ剣を振るうしか脳のない、獣だ」
彼女が一番信頼している男は、俺だけのはずなのに――。
ルドルフとガザンのせいで、必死に隠し続けていた自分の醜い独占力が、白日の元へと晒されていく。
「だからこそ、エミリエに嫌われ――見放されてしまうんじゃないかと、考えるだけで恐ろしくて堪らない」
このままでは、彼女に失望される。
そうした恐怖心が日を増すごとに強り、エミリエを片時も離れずそばにいなければいけないという強迫観念に駆られてしまった。




