神殿に戻って
彼が私を連れてきたのは、裏庭だった。
狙われている立場だというのに、このような人気のない場所で歩行訓練なんかして、本当に大丈夫なのだろうか?
そんな不安が、脳裏を掠める。
だが、それも一瞬だけだ。
なぜならば――。
数日前にここへ1人で足を運んだ時と同じように、見覚えのある御一行様がこちらに気づいて、手を振ってきたからだ。
「お姉ちゃんー!」
「久しぶり!」
私の姿を見つけた少年少女は、満面の笑みを浮かべてこちらへやってくる。
私は軽く会釈をして、キョロキョロとあたりを見渡し不思議そうにする子どもたちの質問に答える。
「クマヌーは? 一緒じゃないの?」
「今日は、お留守番です」
「なんで?」
「1人では、ないので……」
三英雄の前で、人形使役の力を使うわけにはいかない。
私が意味深な視線を真横へ向けたところ、ガザンを視界に捉えた少年少女が彼に話しかけ始める。
「ほんとだ!」
「お兄ちゃん、誰?」
辺境伯は見知らぬ子どもたちから名前を聞かれ、なんとも言えない表情で黙った。
信頼できる人物か、判断しかねたのだろう。
彼は私に探るような視線を向け、彼らの関係性について問いかけてきた。
「こいつらは?」
「神殿で暮らす、神官見習いです」
「敵じゃねぇか!」
「心配いりませんよ。少なくとも、この子たちは安全です」
ガザンはぎょっと目を見張り、警戒心を露わにする。
そんな彼を優しく諭していると、会話に入れてもらえない子どもたちが文句を言い始めた。
「ねーえー。なんで、無視すんの?」
「お兄ちゃん、酷い!」
2人から代わる代わる文句を言われたガザンは、渋々彼らに名前を名乗る。
「オレは、ガザン。辺境伯だ。あんたらがそんな態度を取っていいような、人間じゃねぇんだぞ?」
「ぼく、知ってる! みんなが、噂してた!」
「ガザンの話、ですか?」
「うん! あのね、癒やしの聖女と恋仲だったのに、もう1人の聖女様がお兄ちゃんを奪ったんだって!」
少年が口にした話、どうやら情報通のガザンすらも初耳の内容だったようだ。
心底不思議そうな表情をする辺境伯が珍しくて、思わず彼の様子を観察してしまう。
「なんだ、それ?」
「違うの?」
「大人たちが、みんなそうやって言ってたよ……?」
私以外の3人が一斉に首を傾げる姿を見て、慌てて辺境伯の裾を掴んで引き寄せる。
子どもたちは、私が救済の聖女だと知らない。
ここでバラすわけにはいかなかったからだ。
「そういう事に、しておきましょう」
「なんでだよ。間違いは、正すべきだろ?」
私は無言で、左右に首を振る。
ここでガザンの言う通りに行動した場合、彼らがマリラさんに悪感情を抱きかけない。
そうなれば、この子たちが危険な目に遭う可能性が高まる。
それだけは絶対に、避けるべきだ。
私は何も知らない振りを装い、目を伏せた。
「教えてくださり、ありがとうございます。ガザンは神殿の人たちにとって、癒やしの聖女様を悲しませた、酷い人なのですね……」
「そうだよ!」
「みんな、すごく怒ってた! お兄ちゃん、気をつけてね!」
「お気遣い、どーも」
子どもたちはガザンのことを、クマヌーに所有者である私の友人だと思い込んでいる。
そのため、彼が神殿に姿を見せたら大変なことになるから、用心するようにと教えてくれたのだが――。
心配には及ばない。
辺境伯があそこへ姿を見せることは、恐らくないだろう。
――あんなところに彼が顔を出したら、いろんな意味で大変なことになりそう……。
「クマヌーが一緒じゃないなら、お姉ちゃんはぼくたちと、遊んでくれない……?」
「そうですね」
「そんなぁ……!」
聖女見習いたちがガザンの話術によって骨抜きになる姿を想像して、なんとも言えない気持ちになっていると、子どもたちが悲しげな声を上げた。
私は「クマヌーを連れてくればよかったな」と後悔しつつ、隣で佇む彼を指差した。
「私の代わりに、このお兄さんが遊んでくださいますよ」
「お兄ちゃんって、わたしたちを楽しませられるの?」
「みんなから、嫌われてる人でしょ? ぼくたちの相手が務まるとは、到底思えないよ」
子どもたちは純粋無垢な視線をガザンに向け、彼では力不足だとでも言わんばかりに不満を露わにする。
「あんたら……。容赦ねぇな……」
そんな彼らの姿を目にしても、苦言呈するだけで済んでいるのは、彼らがまだ幼い子どもだったからだ。
相手が同列の立場ならば、きっとこうはいかない。
私は辺境伯が必死に心の奥底に止めている感情を露わにさせるため、背中を押してやった。
「大人の凄さを、お2人に思い知らせて差し上げてはどうでしょう?」
「よっしゃ。いっちょ、やるか!」
「わーい! じゃあ、鬼ごっこしよー!」
「お兄ちゃんが、鬼ね!」
「はぁ!? オレはそういうの、専門じゃねぇってのに……!」
私を地面に下ろした彼は、文句をいいながらも笑顔を浮かべる少年少女の期待に応えなければと全力疾走する。
普段は頼れるお兄さんと言う風貌と態度なのに、すぐに気持ちを切り替えて子どもたちの中に入って遊ぶ姿は、年相応に見える。
――ルドルフとガザンは私とは3つ離れているけれど、フェドクスとは2つ違いなだけなんだよね……。
幼い子どもたちに対しても先輩風を吹かし、当たり障りなく接するのは、面倒見のよさが無せる技だ。
――彼には、年の離れた弟さんがいるらしい。
年下と遊ぶのには、慣れているのだろう。
私は無邪気に走り回る彼らをいつまでも観察し続けたい気持ちでいっぱいになりながら、杖を強く握りしめる。
ガザンに無理を言ってでも少年少女の面倒を見てもらい、1人にならなければいけない理由があったからだ。
「聖女様……」
子どもたちは、目的がなければ王城になどやってこない。
彼らの引率役としてやってきたシスターは、今にも泣き出しそうな表情をしている。
きっと、「命令に背けば彼らを殺す」と脅されているのだろう。
私は彼女に、救いの手を差し伸べる。
「わかっています」
あの子たちを守るためには、犠牲が必要だ。
シスターはこちらが口にした一言だけで状況を理解し、深々とこちらへ会釈をした。
「左半分が、不自由なものでして……手を、貸していただけますか?」
彼女は私の提案を受けて、勢いよく顔を上げた。
その表情は、驚きに染まっている。
――子どもたちと遊んでいたら、いつの間にか私の姿が忽然と消えていた。
ガザンがしっかりと護衛をしていれば、私がシスターの手を取って神殿へ戻る必要などなかった。
ありのままの事実をフェドクスに報告されたら、幼馴染が誰も手のつけられない状態になるのは明らかだ。
心配する必要はない。
助けはすぐに、来るはずだ。
私は黙って、どんなに恐ろしい目に遭っても耐え続けていればいい。
なんの罪のない子どもたちの安全が己の犠牲によって守られるのであれば、これくらい安いものだ。
――ごめんね。
私は心の中で心配をかけるであろう三英雄に謝罪をすると、シスターの手を取る。
こうして、自らの意思で神殿に戻った。




