生きてる人間が死人に勝つ方法(マリラ)
あたしが「自己犠牲の精霊ファンタジア」に転生したと気づいたのは、神殿である人物の姿を目にした時だっ
た。
その少女の名は、エミリエ。
13年後に三英雄と呼ばれる男たちと一緒に魔王討伐の旅へ同行し、命を落とした。
ヒロインの、妹だ。
――ずっと、彼女が羨ましくて仕方がなかった。
作中では美しい銀の髪を靡かせる後ろ姿だけしか登場していなかったが、ヒロインに攻略される最中で三英雄たちが何度もエミリエに対する恋慕と後悔を打ち明け続けていたからだ。
『僕にとって、あの子は生きる希望だったんだ』
ルドルフは旅の道中で未来視を失った結果、天才魔術師と言われるほどの力を発揮できなくなり、エミリエに慰められ――。
『オレを叱咤激励できんのは、あいつだけだったな……』
ガザンは利き腕が使い物にならなくなったおかげで自暴自棄になっていたところを立ち直らせてくれたエミリエに感謝を述べ――。
『彼女のいない世界で、生きている意味はない』
フェドクスはあの女がいなくなったあと、呆然失意になった。
いくらこのゲームが「初恋の傷を癒せるのは、あなただけ」と言うキャッチコピーで販売されていたとしても、ヒロインそっちのけで初恋相手のことばかりを思い浮かべる攻略対象たちに、心底嫌気が差した。
『生きてる人間は、死人に勝てない』
そんなふうに言われているような気がして、怒りが湧いたのをよく覚えている。
レビューも最後までプレイした人と中盤までの人によって、高評価と低評価が2極化していた。
――あの時のようなストレスの溜まる展開を現実世界で行うなんて、絶対に嫌だ。
三英雄には、あたしだけを愛して欲しい。
そのためには――。
邪魔な女を、始末する必要があった。
彼女がフェドクスと一緒に神殿へやってきた時、ピンときた。
あの子はどうせ、そう遠くない未来で死に至るのだ。
モブのあたしがどれほど痛めつけたところで、なんの問題にもならない……!
エミリエの評判を下げ、三英雄と仲良くなれないようにすればいい。
そうすれば、魔王討伐の旅へみんなで出かけたとしても、彼らの思い出に残るような女性にはならないだろう。
そう考えたあたしはさっそく、行動に移した。
「エミリエって、聖女候補のくせに聖なる力を使えないんですって!」
すれ違った人に片っ端から話しかけ、「あの子は無能だ」という印象を植えつけた。
「フェドクスは聖騎士団長と同じかそれ以上に、頭角を表していると言うのに……。あんな子に付き従っているなんて、宝の持ち腐れだわ!」
彼女は作中で、三英雄たちから「心の優しい少女だった」と称されていたくらいだ。
こうやって才能溢れる幼馴染のお荷物になっていると指摘して罪悪感を煽れば、絶対に彼女は傷つく。
あの子のほうから、フェドクスと距離を置くはず。
そこが、狙い目だ。
あたしはその隙を見計らい、あの子と直接顔を合わせた。
「いい気味ね」
「あ、あなたは……?」
「無能はいつまでも、そうやって地べたに這いつくばっていればいいのよ!」
「きゃ……っ!」
エミリエは、なぜこんな目に遭わなくてはならないのかと静かに涙を流す。
その姿が、余計癪に障った。
もっと、大騒ぎすればいいじゃない。
ヒロインを、気取っているつもりなの?
こいつはあたしを激怒させるのが、得意なようね……。
「その腐った性根、あたしが叩き直してあげる!」
こうしてあたしは、彼女に暴行を加えるようになった。
最初はフェドクスに見つかったら殺されるんじゃないかと恐ろしくて、服で隠れる場所にしか傷をつけられなかった。
でも――。
まるで芋虫のように地べたへ這いつくばって苦しむ姿を見た時、愉悦を感じた。
――人を傷つけるのがこんなに楽しいなんて、思わなかった!
もっとこいつを痛めつけてやれば、いつかこの生活に耐え切れずに自ら命を経つはずだ。
原作が始まる前に彼女がいなくなれば、ぽっかりと穴の空いた場所にあたしが入り込める。
そこで癒やしの力を使えば、彼らの四肢欠損も防げるはずだわ!
こうしてあたしたちは、気の遠くなるような長い幼少期を過ごし――。
「エミリエ。フェドクス。そなたたちに、神託が下りました。魔王討伐隊の一員として、旅に出るようにと……」
なぜか、原作通りの展開になった。
エミリエには、意外にも根性があったようだ。
――こうなる前に、自ら命を断つよう仕向けたかったのに……!
そこまでは思い通りにいかなかったが、神殿に2人を迎えに来たルドルフとガザンは、エミリエが無能聖女と呼ばれるほどになんの役にも立たない人間だと知って嫌悪を抱いているようだ。
彼女を見つめる瞳は、不愉快そうに歪められていた。
「第二王子と辺境伯に、無能聖女と護衛騎士……」
「厄介者の集まりだね。まるで、魔王討伐なんて最初から期待されていないみたいだ」
彼らに媚を売って取り入りたいのは山々だが、ここであの子を押しのけて魔王討伐隊に参加するのはあまりよくないだろう。
あたしはこの神殿で2番目に権力を持つ、聖女なのだから……。
その地位を手放してまで長い間野宿をする生活なんて、耐えられないわ!
「司祭様。行って参ります」
司祭に別れを告げたエミリエの瞳には、確かな意志が宿っている。
――あんなに傷めつけてやったのに、まだ生き続けたいと願うの?
どんだけ、生存意欲が高いのよ。
三英雄がいなければ、そうやって罵倒してやりたいところだった。
でも――。
その気持ちをぐっと堪え、あたしは彼らを見送った。
魔王討伐の知らせとともに、あの女が死んだあとからが、己のヒロイン伝説が始まる合図だと信じていたから……。




