ガザンとデート(2)
「こんなの、真っ昼間に面と向かって言わせんなよ。恥ずかしいったら、ありゃしねぇ……」
だからこそ、耳を赤く染めて恥ずかしがる彼の告白は「ありがた迷惑だ」と感じると同時に、この様子を遠くから観察しているであろうフェドクスの心中が気がかりだった。
「ありがとう、ございます……?」
「違うだろ」
ひとまずここは、適当にお礼を言って切り抜けよう。
そんなこちらの思惑とは裏腹に、ガザンはこれ幸いと言わんばかりに不自然に私の顎を掴んだ。
「こういう時は――」
ガザンは、顔を近づけてくる。
――もしかしてこのまま、唇を塞ぐつもりなのだろうか?
いくら私たちが仲違いをしているとしても、そんな状況を前にしたら、フェドクスは怒り狂うだろう。
こんなところで大暴れされたら、どこへも助けなど求められない。
「ま……っ」
さすがにまずいと、右手で彼の胸を押しのけようと試みた時だった。
フェドクスがこちらをじっと見つめていた方向とは真逆の場所から、ガタガタガタッと何かへ盛大にぶつかる音が響く。
「あ……っ」
どうやら幼馴染以外にも、私たちの姿を観察していた人物がいたらしい。
――パァン!
彼はすぐさま私から身体を離し、流れるような動作で背中のスナイパーライフルを構えて引き金を引く。
しかし、惜しくも外したようだ。
「ちっ。女狐が……」
彼は苛立ちを隠しきれない様子を見せ、桃色の髪が付着した状態で木箱にめり込んだ弾丸を忌々しげに睨みつけた。
――いくら懐柔作戦が成功し、彼女の目的を引き出せたあとだとしても……。
私に惚れていたはずのガザンを奪い取って満足しているはずのマリラさんにとって、2人きりで射撃訓練を行う姿はあまりにも刺激が強すぎるのではないだろうか?
「彼女の怒りに、火をつけてしまったかもしれません……」
「多分、な」
「どうしましょう……」
彼女には初めて出会った時から、一方的に嫌われている。
今さら気に食わないことをしたところで、焚き火の上にガソリンを撒き散らすようなものだ。
荒れ地を大炎上させるよりはマシとも言えるが、これまで以上に事が大きくなるのは逃れられそうになかった。
「潰すしか、ねぇだろ」
「そんな……!」
「心配すんな。こう言う状況は、慣れてるからさ」
ガザンは手にしたライフルを背中に戻すと、私を抱きかかえる。
どうやら、射撃訓練場でのデートは、もう終わりにするようだ。
「私も、頑張ります!」
「あんたに一体、何ができるんだよ」
「い、いろいろ……? 傷を、肩代わりするとか……」
「駄目に、決まってんだろ」
――彼ばかりには、任せていられない。
これは、私とフェドクスの問題だ。
だから……。
自分にもできることはあるはずだと断言したところ、「それだけは止めろ」とガザンから静止を受けてしまった。
「これ以上、あんたの身体を不自由にはさせねぇよ」
命以外に私が投げ捨てられるものは、もうほとんど残っていない。
生活に支障のない範囲で失ってもいいものは、片耳の聴力くらいだろうか?
キリリと有無を言わせぬ表情でこちらに凄むガザンは、じこファンで乙女プレイヤーたちを唸らせる美麗スチルに描かれた姿とそっくりで、思わず見惚れてしまった。
「作戦会議だ。いくぞー」
私がぽかんと口を開けて間抜け面を晒したのをいいことに、彼は目的地に向かって歩き出す。
「ま、待ってください……!」
こちらが静止しても、ガザンは考えを改めるつもりはないようだ。
こうして私たちは、客間へと戻った。
*
「爪が甘いというか、なんというか……」
ガザンと2人で部屋を出たあとの一連の流れを聞いた殿下は、頭を抱えた。
ハニートラップを仕掛けて情報を引き出したまではいいが、思う存分私と2人きりの時間を堪能するのに夢中で、結局自分を危険に晒した。
それを叱咤したいが、私が一緒にいるせいで怒鳴りつけられない――そんなところだろうか。
「怒りの矛先が、こっちに向いたんだ。逆に、あんたらは動きやすいだろ?」
「どうかな……。馬鹿じゃなければ、こっちに対する警戒心も高めると思うけど」
「まぁ、いいじゃねぇか。こっちには戦いたくてうずうずしてる、フェドクスがいるもんな?」
フェドクスは壁に背をつけ、胸元で両腕を組んで目を瞑っていた。
椅子に座ったり、私を抱きしめたりしないあたり、静かに激怒しているのは明らかだ。
――火に油を注ぐような真似、しなきゃいいのに……。
ガザンはこの状況を、明らかに面白がっている。
正直、勘弁してほしかった。
「ガザンは楽観的に考えているようだけど……。状況はあまり、芳しくないよ」
「なんか、あったのか?」
「司祭から、エミリエを返せと連絡が来ている。これで、四度目だ」
「そんなの、断っちまえばいいだろ」
「問題は、このあとだよ。僕に言っても無意味だと悟った奴らは、父上に泣きついた。さっき、勝手なことをするなと怒られたところだ」
神殿とリジェンタス王国の王家は、密接な繋がりを持っている。
司祭から報告を受けた陛下がルドルフを叱咤したのであれば、かなりまずい状況だ。
最悪の場合は私たちに「神殿に戻れ」と、殿下にも「救済の聖女にはかかわるな」と王命が下る可能性が高かった。
「大丈夫、なのですか……?」
「陛下の僕に対する好感度は、生まれた時から低い。今さら、機嫌を損ねたところで何か変わるわけじゃないよ。ただ……」
ルドルフは窓の外に視線を移した。
私たちも釣られてそちらのほうを見つめれば、黒ずくめの男が数人ガラスにへばりついているのが見える。
――えぇ……?
まるで虫のような情けない姿に絶句していると、殿下の雷が炸裂した。
――バリバリバリ!
彼らは避ける術もなく、魔法の直撃を受け、落下していった。
「こんなふうに、暗殺者をけしかけてくる機会は増えるかな」
「めんどくせぇ……」
「今までの旅が、平和すぎたんだよ。想像していたよりは、長い休暇だったな……」
殿下が王太子や陛下の命を受けた暗殺者に命を狙われるのは、初めてのことではない。
彼は魔王討伐の旅に出る前から、つねに命の危機に晒されていた。
背中を預け合える仲間はガザンだけという環境に幼い頃から置かれた彼の性格が歪んだという話は、殿下の口から直接聞かずとも、知っている。
――前世の知識って、本当に便利だな……。
そう思うと同時に、恐ろしくもある。
みんなが知られたくない秘密を、いつだって暴けるのだから。




