フェドクスと過去の自分、ガザンと2人
『エミリエ』
私の名前を呼ぶのは、実の姉であるルティアだ。
彼女は野に咲くシロツメクサを一生懸命、小さな手を使ってブチブチと引き抜くのに夢中な妹を横目に、慣れた手つきで花冠を編んでいた。
『もう。雑草を駆除するために、引っこ抜いてるわけじゃないんだよ?』
『お姉様! 見て! いっぱい、取れた!』
5歳の私が、10歳の姉と外遊びに興じる穏やかな時間。
それは作中、「三英雄達に私がどんな人物だったのか」を教えるために、妹と過ごした日々を懐かしむヒロインの視点で語られた。
『山盛りだね……。こんなにいっぱいは、消化しきれないよ?』
『お父様と、お母様にもあげるの!』
『お2人に……』
『うん!』
姉から見た妹は、天真爛漫。
まるで天使のような、明るく元気な女の子。
その裏に隠された顔があると、彼女は気づけなかった。
『そうだね。きっと、喜んでくれるよ』
『家族みんなで、お揃い!』
だって、ヒロインは――。
両親と妹が良好な関係を築き上げていると、信じて疑っていなかったから。
『2人目も女児なんて、聞いていない!』
『男児だと言うから、産んだのよ!? こんなはずじゃ、なかった……!』
両親は後継ぎの息子を望んでいたのに、生まれたのは娘である私。
年齢的に、これ以上の出産は望めない。
貴族たちは姉と私、どちらを女王にするべきかと議論を続け、真っ二つに意見が割れた。
国民たちは魔法を使って人々を導く姉を支持し、傀儡の王を欲しがる貴族たちは、妹をなんとしてでも女王にすべきだと躍起になる。
『このままでは、いかん』
『戦争なんか、している場合じゃないわ!』
姉を女王にすると決めた両親は、なんとかして私の存在を抹殺しようと目論んだ。
ヒロインにバレないように表面上は仲良し親子を演じ、裏ではさまざまな手段を講じて私を衰弱させる。
だが――。
両親には想像もつかない、誤算があった。
それは、ヒロインの存在だ。
『顔色が悪いよ』
『なんでも、ない……』
『嘘をつかないで。お姉ちゃんに、なんでも話して?』
シスコンの姉は、妹の異変に気づいていた。
だが、私は彼女に助けを求めなかった。
ヒロインまで両親に嫌われては大変だと、怯えていたからだ。
『なんだか最近、エミリエの様子がおかしいの……』
姉は両親に、大好きな妹をもっと注意深く観察するべきだと進言してしまった。
それを聞いた父親は、自分たちの悪行が娘にバレたのではないかと危惧し――。
母親とともに、ある計画を立てた。
『王女が1人になれば、国内のゴタゴタもなくなるはずだわ!』
『リジェンタス王国に、捕虜として差し出そう』
こうして私は、ティルタラーテ王国から忽然と姿を消した。
『助けて……!』
『静かにしろ!』
『お姉様……!』
『黙れ!』
どれほど泣き叫んでも、助けはやってこない。
毎日のように頬をぶたれ、満足な食事を与えられず、大好きな姉がいつまで経っても迎えに来てくれない現実に絶望し、幼い心は壊れていく。
『かわいそうに……』
『私たちが、今日からあなたの両親よ』
そんな時、姿を見せたのが育ての両親だった。
彼らは初めて顔を合わせた時こそ人当たりのいい笑みを浮かべていたが、すぐさま本性を表した。
『どうして私たちの言うことを、聞かないの!』
『早く、異能に目覚めろ!』
いつまで経っても異能を発現できぬ私に両親は激怒し、暴力を振るった。
だが、どれほど痛めつけたところで、彼らの思い通りになるわけではない。
このままでは衰弱していく一方だと焦った彼らは、私に飴を与えることにした。
『初めまして。私、エミリエ……』
『フェドクス』
それが、隣の家に住むフェドクスだ。
こうして私は彼との初対面を終え、ハルル村での生活をスタートさせたのだった。
*
私とフェドクスは、生まれた時からずっと一緒に、苦楽をともにしてきたわけではない。
――13年。
それが長いと考えるか短いと考えるかは、人によるだろう。
ある日突然ハルル村にやってきた私が、四六時中監視していなければどこかへ消えていなくなってしまうんじゃないか。
加害されるんじゃないかと恐れ、不安でいっぱいになる。
そんなフェドクスの気持ちも、他人が簡単に理解して受け入れられるような感情や関係ではなかった。
――原作と同じ流れであれば、ヒロインは私をずっと探している。
きっと、母国へ戻って来る日を心待ちにしているはずだ。
だけど――。
私は、帰れない。
表面上は喜んだとしても、両親は必ず私を、亡き者にしようと目論むはずだから。
この秘密は、露呈してはいけない。隠しておかなきゃ、いけなかったのに――。
「これから、どうしよう……」
「別に、悩む必要なんざねぇだろ」
私は寝台に寝そべってぼんやりと天井を見つめ、誰もいないのをいいことにぽつりと呟いたつもりだった。
だから、ガザンから返答が返ってくるとは思わず、酷く驚く。
――心臓が、止まるかと思った……。
右手で胸元を抑え、恐る恐る声がした方向を確認する。
すると、いつの間にかベッドサイドに置かれていた丸椅子に座っているガザンは、うんざりとした様子で吐き捨てた。
「エミリエは、今まで通り。なんてことのない顔をして、オレと一緒にいればいいんだよ」
「どう、して……」
「約束、したろ? 今日1日、あんたはオレのもんだって」
――あんなことが、あったあとだ。
彼に悪気はなかったと理解していても、2人きりはとても気まずい。
ガザンと過ごしている時間があれば、すぐにでもフェドクスと仲直りをしたかった。
「申し訳、ありません……。貴重な、2人きりの時間を……」
「いや。オレも、土足でズカズカとあんたの心に入り込んじまったからな。お愛顧だ。まぁ、まさか倒れるほど嫌がるなんて思いもしなかったが……」
だけど……。
幼馴染にも、頭を冷やす時間が必要だ。
辺境伯に悪気はなかったようだし、謝罪も受けた。
いつまでも引き摺るのは、よくないだろう。
どうせ、1人で居たって憂鬱な気分になるだけなら――約束は、守るべきだ。
「動けそうか?」
「問題ありません」
「そいつはよかった。実は、行きたいところがあるんだ。ついてきてくれるか?」
「私でよければ、喜んで」
私は彼の提案を受け入れ、ガザンと一緒に過ごすと決めた。




