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嫌われ転生聖女は、攻略対象の想い人 死亡フラグを回避するために欠損を肩代わりしただけなのに、どうして曇った三英雄が執着してくるのですか?  作者: 桜城恋詠
【第二章・神殿崩壊編】

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私の秘密を暴かれかけて(3)

 私たちの間には、ピリピリとした空気が流れる。

 ルドルフが何も言わないあたり、彼も真実が気になっていると言うことか。


 ――フェドクスのいないところで、問い質してくれたらよかったのに。


 そうすれば、こんなふうにお互い気まずい思いをしなくて済んだ。

 誰も傷つけず、疑う必要だって、なかったのに……。


 己の不甲斐なさを実感し、言いようのない怒りと悲しみが全身を支配する。

 右手で握り拳を作ってその感情が表へ出てこないように制御していると、私では埒が明かないと言わんばかりにガザンが幼馴染へ視線を向けた。


「その様子じゃ、あんたは覚えていないようだな。誰かさんは、心当たりがあるみてぇだが」


 これまで黙り続けていたフェドクスも、険しい表情で問い質されたら無視はできなかったのだろう。

 彼はようやく、重たい唇を開く。


「俺たちを、脅すのか」

「別に? なんもしねぇよ。秘密を知っても、知らなくても。オレたちは仲間だ。そうだろ?」


 ガザンは先程までの剣呑な表情を捨て去り、鼻で笑った。

 その仕草は普段の彼らしいものでであったが、幼馴染はそう思えなかったようだ。


「俺は貴様らを、仲間だと思ったことは一度もない……!」


 フェドクスは怒声を響かせると、戸惑う私を抱き上げて席を立つ。


「行こう」

「待って。ガザンとの約束、守らなきゃ」

「こいつは、信頼できない」

「なんでそんなに、焦ってるの?」


 フェドクスは私の問いかけにすら、答えてくれなかった。


 ――彼の反応は、明らかにおかしい。

 フェドクスはいつも冷静沈着で、寡黙なほうだ。

 事実を知らなければ、こんなふうに慌てる必要がない。

 幼馴染がここから私を連れ出そうとしているのは、やはり秘密を彼らと共有したくないからなのだろう。


「ちゃんと質問に、答えてよ……!」


 こちらが再度促せば、彼は質問に答える代わりに、私を抱きしめるのを止めた。

 その後、優しく椅子に座らせて、距離を取る。


「ま、待って……!」


 こちらの懇願に聞こえていないふりをして、ふらりと姿を消した。


「待……っ」


 私は彼を追いかけるべく、慌てて片足で椅子から立ち上がる。

 しかし、左足が使えていた時のように一歩前へと進もうとしても、左足は動かない。

 私はそれに気づかぬまま、再び右足を前に動かし――バランスを崩して、ぐらりと身体が傾いた。


「エミリエ!」


 床に叩きつけられる直前で、ルドルフが抱き留めてくれる。

 私は彼の支えを受けて再び椅子へ座る気にもなれず、唇を噛み締めた。


 ――わけわかんない。

 どうして、こんな展開になるの?


 何もかもが原作通りにうまく行くと、信じるべきではなかった。

 もっと早くにフェドクスと話をしていれば、こうしてすれ違うことなどなかったのに――。


「大丈夫かい?」

「殿下……」

「フェドクスがあんなふうに、エミリエから距離を取るなんて思わなかったよね」

「みっともない姿をお見せしてしまい、申し訳ありません……」

「うんん。気にしないで」


 どんなことがあっても、ずっと一緒にいた。

 転生してから一番心を許せて、信頼できる人。

 そんな彼とこんなふうに喧嘩別れするなんて、思いもしなかった。

 私は自分が考えている以上にショックを受けていることに気づきながら、泣きたい気持ちをぐっと堪える。


「こんなところで、エミリエの秘密を暴露する必要はなかったんじゃないかな」

「白黒はっきりつけるなら、早いに越したことはねぇだろ。エミリエは、狙われてんだぞ?」

「そうかも、しれないけど……」


 フェドクスがいなくなってから露骨に表情が曇った自分の姿を心配し、仲違いの原因を作り出したガザンにルドルフから叱咤が飛ぶ。

 しかし、辺境伯はまったく悪びれる様子がない。


「王都に戻ってこないほうが、よかったかもしれないね」

「違いねぇ」


 彼はケラケラと笑い飛ばしたあと、話の主導権を殿下へ明け渡す。

 ルドルフは自ら動く気になれない自分を抱き上げて椅子に座らせたあと、隣へ腰を下ろす。

 全員が落ち着いたのを見計らい、再び話を始めた。


「状況を、整理しようか。フェドクスが暮らしていたハルル村の人間は、全員魔王の生贄になって命を落としているんだよね?」

「はい。そうです。生き残ったのは、私たちだけでした」

「神殿は君を魔王の生贄にしようと目論んだ。しかし、それに失敗。エミリエを引き取り、無能の濡れ衣を着せて始末しようとしたけど……。フェドクスに守られ手が出せず、魔王討伐の旅へ向かわせた。道中で死ぬように願って」


 こうして自分の歩んできた道のりを、他者から説明されるのは変な感じだ。

 私はなんとも言えない気持ちでいっぱいになりながら、こくんと頷いた。


「だが、あんたは戻ってきちまった。このままエミリエがここでどんな扱いを受けていたのかを王女様に報告なんてされちまったら、神殿は終わりだ。なんとしてでも、口封じをする必要があった」

「そこで、女狐と司祭が手を組んだ……」

「ま、そんなところだろうな。あんたは、あるべきところに帰るべきだ」


 ――私の帰るべき場所。

 それは、三英雄のいるところだ。

 でも、彼らはそう思っていない。

 母国こそが、私の居場所であり、安全に暮らせるところだと信じている。


「心配すんな。オレたちが必ず、帰してやるから」


 ガザンに優しく微笑まれた瞬間、「違う」と叫び出したくなった。


 じこファンの作中では、原作開始前に命を落としたエミリエの視点で語られる物語など存在しない。

 これは私が実際に目で見て、体感した光景だ。


『お前が生きている限り、ヒロインが女王になれないのだ!』

『死んでしまえ!』

『それが無理なら、我が国の勝利に献上せよ!』


 私に酷い言葉ばかりを投げかけてきた両親の姿を思い出した瞬間、身体がガタガタと小刻みに震え始めた。


「エミリエ? どうしたの……?」


 己の過去を知らない殿下が、心配して声をかけてくれる。

 だが、残念ながらそれに応える余裕がなかった。


 ティルタラーテ王国には、帰りたくない。

 母国に自分の居場所など、存在しないと言う強い思いに支配されていたせいだ。


「い、や……っ」


 ――幼い頃の嫌な記憶は、大人になっても忘れられないほどに深く刻み込まれている。


 肉親から向けられた、魔物を見るような冷たい視線。

 それを一度思い出したら、駄目だった。


『大丈夫。エミリエは、お姉ちゃんが守ってあげる』


 どれほど悲しいと泣き叫んでも、慰めてくれる人なんていないと思っていた。

 だけど――。

 母国で声を押し殺して涙を流す自分に手を差し伸べてくれたのは、ヒロインだけだ。


「う、ぅ……っ」


 ずっと、苦しかった。

 彼女に縋りたい。


 自分を愛してくれるお姉様に、同じくらいの愛を返したかったのに、前世の記憶を持っているせいでそれをできない自分が。


 私が生きたいと願えば、攻略対象たちと思いを通じ合わせて暮らすヒロインの幸せを奪ってしまうかもしれない。


 だから、怖くて。

 差し伸べられた手を突っぱねて、じこファンの原作通りに物事が進むように身を任せてきた。


 ――運命に抗い、お姉様と繋いだ手を離さなければよかったの?


 そうすれば、こんなふうに三英雄へ迷惑をかけずに済んだ。

 フェドクスと幼馴染にならず、ヒロインと姉妹仲良く母国で暮らし、彼らと敵対する未来もあったかもしれない。


「ぁ……」


 ああしていれば、こうしていれば。

 そんなタラレバで頭の中がいっぱいになって、ようやくフェドクスが何も言わずに出て行った理由を悟る。


 彼はこんなふうに、これまで私が生きてきた人生を後悔させたくなくて、姿を消したのだろう。

 傷つけたく、ないから。

 つらい思いを、してほしくないから。


 ――フェドクスの、馬鹿。

 ちゃんと声に出して伝えてくれなきゃ、わかんないよ……。


「おい!」


 ガザンの怒声を聞いた直後、私は右目から大粒の涙を流して意識を失った。

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