【2‐2】私の秘密を暴かれかけて(1)
――随分と長い、1人旅だった。
「エミリエ? 何、やってんだ? こんなところで……」
一生懸命車椅子の車輪を右手で回して王城の廊下を走行していたところ、殿下の部屋に向かうガザンと出くわした。
どうやら、無事にマリラさんを籠絡し終えたらしい。
「お疲れ様です」
「1人か?」
「はい」
「珍しいことも、あるもんだな……。ちいとばかし、不用心すぎねぇか?」
辺境伯は当然のように、後ろに回って車椅子の解除に入ろうとしたが、私はそれを無言で断った。
彼の手を借りたら、練習にならないからだ。
ガザンは呆れたように肩を竦めると、隣を歩く。
「気分転換を、したかったんです。たまには、1人でいたい日もありますよね?」
「あのな……。あんたは神殿の連中に、狙われてんだぞ? 本人が危機感なくて、どうすんだよ」
これはシスターとの会話に夢中となり、思った以上に時間を費やした結果、三英雄と鉢合わせる前に客間へ戻れなかった私のせいだ。
彼が心配しているというのは痛いくらいに伝わってくるため、心からん謝罪をする。
「申し訳、ありません……」
「フェドクスには、なんて言って出てきたんだ?」
「机の上に、メモ書きを残しました」
「マジかよ……。それ、めちゃくちゃ駄目な奴じゃねぇか」
呆れて物が言えないとは、まさにこう言うことを称するのだろう。
ガザンはこのあとに起きるであろう修羅場を想像しながら、うんざりとした様子で声を発した。
「怒られるぞ」
「慣れていますから」
「そういう問題じゃ、ねぇだろ……」
こうして雑談を繰り広げていた私たちは、2人揃って目的地に到着する。
右手で車椅子の車輪を転がすのに必死な私を見かねて、彼は扉を開けてくれたのだが……。
ガザンは前に、進めなかった。
大柄な男が、道を塞いでいたせいだ。
「エミリエ!」
フェドクスは室内から今にも飛び出さんばかりの勢いでたたらを踏んだあと、私の姿を見つけてほっとした様子を見せる。
その後、無理な姿勢によって腰を痛めることすら厭わずに、車椅子に座る私を抱きしめた。
離れないように、強く。
このままでは、窒息してしまいそうだ。
「苦しいよ……」
「俺がどれだけ、心配したと思っている……!?」
「ごめんね。客間を出た当初は、すぐに戻るつもりだったんだ。ホントだよ?」
「許さない」
フェドクスは私から身体を離したあと、軽々と車椅子から抱き上げる。
その後、誰にも奪わせてはなるものかとガザンや室内にいたルドルフへ睨みを効かせ、開いている椅子へ座った。
――ここで彼の膝から逃れようものなら、手がつけられなくなる。
申し訳ないと思うのなら、彼の好きにさせてあげるのが一番だ。
私は渋々、フェドクスの膝上で大人しくしていると決めた。
「まさか、全員揃っているとは思わなかったぜ」
ガザンは開いている椅子にどっかりと座ると、胸元を寛げてリラックスする。
どうやら、かなり疲弊しているようだ。
「お帰り、ガザン」
「あー、疲れた。あの女狐、とんでもねぇな。もう二度と、近寄りたくねぇ……」
「情報収集は?」
「オレ様を、誰だと思ってんだ。バッチリに、決まってんだろ?」
ルドルフに問いかけられたガザンは、これ幸いとばかりに報告を始めた。
「あいつは、エミリエが魔王討伐の際に死ぬと思ってたらしいぜ」
「へぇ……」
「だから、こうして生き残って救済の聖女なんて呼ばれんのが、気に食わないんだと」
聖女と呼ばれるのは1人でいい。
三英雄を虜にするのは自分。
ぽっと出モブとヒロインには負けない――。
辺境伯に語った内容は、祝賀会で私に向かって大騒ぎしていた話と一致している。
ただ、こちらは前世の記憶を保持しているからこそマリラさんの言い分が理解できるが、じこファンのシナリオを知らない彼らが、聞き覚えのない単語に疑問を感じるのは当然とも言える。
「モブ? ヒロイン? なんの話だい?」
「さぁ。あいつは、イカれちまってるみてぇだな」
ルドルフに問いかけられたガザンは、「お手上げだ」でも言わんばかりに肩を竦めた。
――この話を広げられるのは、こちらとしても困ってしまう。
私が前世の記憶を持つ転生者だという話は、幼馴染すらも知らないのだ。
できればこのまま、誰にも知られずに墓まで持っていくつもりだった。
だけど……。
スッとグレーの瞳を細めたガザンによって、状況が一変する。
「ただ……。オレも疑問に思って、あいつに詳しく聞いたんだよ。そしたら……。エミリエと、ティルタラーテ王国王女の名前が出てきやがった」
フェドクスはガタガタと音を立てて席を立ち、椅子に座る私を抱き上げた。
まるで、彼らに奪われるのが恐ろしくて堪らないと言わんばかりに、己の身体を抱きしめる腕は小刻みに震えている。
あまりにも過剰すぎる反応に、思わず面食らってしまう。
ティルタラーテ王国の王女と言えば、真っ先に思い浮かぶのばヒロインだ。
なのに、己を抱きしめる力を強めたということは……。
――まるで、私の出自を知っているみたい……。
幼馴染に疑いの眼差しを向けるべく、目線を上空に移して顔色を窺おうと必死になる。
しかし、うまくいかなかった。




