人形使役で戯れて(2)
――神殿は、3年経っても変わっていないんだ……。
司祭がマリラさんを言い包めて好き勝手に操っている限り、腐敗した組織を変えるのは難しい。
このまま神殿の好き勝手にさせていたら、この子たちの未来も閉ざされてしまう。
それだけは、なんとしてでも回避するべきだ。
そのためには――やはり、諸悪の根源を叩き潰すのが一番だ。
――どんなに酷い目に遭わされても、なんとも思わないようにしていた。
悪と戦うのは、物語の主人公だと相場が決まっている。
いつか三英雄や、ヒロインが彼らを叩きのめしてくれることを願って、私は黙って耐えていようと思っていた。
だけど――。
――いつまでも、先延ばしになんてしてられない。
他力本願は、よくないよね。
大人しく、彼らのサウンドバックに甘んじている理由などない……!
「大丈夫! ボクと御主人様に、任せて!」
「クマヌーとお姉ちゃんって、強いの……?」
「うん! ボクのとっておき、見せてあげる!」
私はクマヌーの操作を解除し、すぐさまここにいる人々へ幻覚を見せる。
それはもの凄い勢いで、周りの木々がバタバタと倒れる映像だ。
それを目にした子ども達は、ぬいぐるみの凄さに興奮を隠しきれない様子で笑みを浮かべた。
「クマヌー、すごーい!」
「これなら、どんなに司祭様と聖女様から酷いことをされても、へっちゃらだね!」
私は大喜びする少年少女に向かって、問いかける。
「キミたちにとって、癒やしの聖女さまと司祭って、どんな人?」
かわいらしくこてんと小首を傾げるくまのぬいぐるみに促された彼らは、諸悪の根源たちを思い浮かべて怯えた。
「司祭様は、怖いよ。笑うと、すごく不気味なんだ。それに……」
「あのね。司祭様の命令によって連れて行かれた子は、帰ってこないの」
「悪いことをしたら、神殿にいられなくなってしまうんだ。だから、いい子でいなきゃいけないんだって……」
昨日まで一緒に暮らしていた子どもが、次々に消えていく。
そんな経験をしたら、誰だって恐ろしいと感じるものだ。
「癒やしの聖女様も司祭様と同じくらい、わたしは会いたくない!」
「大人たちは優しい人だって言うけど、絶対に嘘だ。お姉ちゃんのほうが、ずっと穏やかで、一緒にいると落ち着くような気がする」
「お姉ちゃんが、聖女様だったらよかったのに……」
悲しみを乗り越えた彼らは、身体の奥底から湧き上がる感情を怒りに変えたあと、悲しげに願望を口にした。
――実は聖女だと名乗ったら、2人は喜んでくれるかもしれない。
だけど……。
ここでマリラさんに悪意を持っている彼らに事実を伝えて、彼女の悪口を面と向かって声に出してしまったら、命の保証はない。
「御主人様を褒めてくれたお礼に、クマヌーが1回だけ使える加護を与えるよ!」
私は彼らに正体を明かせぬ代わり、ご褒美をあげることにした。
「ほんと? やったー!」
「どうやって、使うの?」
「これは、自動的に発動する加護の力さ。ピンチの時、2人を守ってくれるはず!」
ネックレスに一度だけ防御障壁を展開できる魔法をかけ、2人に渡す。
子どもたちは満面の笑みを浮かべて、お礼を告げた。
「ありがとう、クマヌー!」
「ボクに出会ったことは、司祭と癒やしの聖女には、ナイショだよ!」
「どうして……?」
「2人をやっつけるなら、油断している時のほうがいいからさ!」
くまのぬいぐるみが、シュッシュッと手足を動かす姿を目にした彼らは、満面の笑みを浮かべて頷く。
「うん! わかった!」
「わたしたち、クマヌーとお姉ちゃんが悪い人をやっつけるまで、待っている!」
少年少女は手を繋いで、私に別れを告げた。
「また、会おうね」
「うん!」
「ばいばい、クマヌー!」
彼らは焦る様子もなく、のんびりと寛ぐ子どもたちの輪へと戻っていく。
私は右手で口元を隠していた扇を懐へ収納し、人形使役を解除した。
くまのぬいぐるみが力なく、上空から落下する。
それをしっかりと右腕で抱き止め、その光景を目撃して棒立ちするシスターへと視線を移した。
「ああ、神よ……! どうか、お許しください……!」
「懺悔は、不要です」
「ひ……っ」
神殿で暮らす人々は、誰もが司祭と聖女の影響力に怯えている。
彼らの機嫌を損ねれば、待ち受けるのは死のみだ。
私の正体を知っているシスターは、必死に助けを求めた。
――今ここにいるのがマリラさんなら、その反応は正解だ。
だけど……。
私はあの人たちのように、性根は腐っていない。
彼女を安心させるため、優しい言葉をかけた。
「ご安心ください。あなたには、あの子たちを守る義務があります。少なくとも、シスターを攻撃するつもりはありません」
――誰もが己の命を投げ捨てられるほど、勇敢な性格をしているわけではない。
このシスターも、必死に考えを巡らせているはずだ。
どうすれば最高権力者に目をつけられず、生き残れるか――。
「復讐のためでなければ、なぜ……」
「理由がなければ、言葉を交わし合うべきではないとでも?」
「いえ……。そういうわけでは……」
彼女は視線をさまよわせ、沈黙した。
本来ならば言葉を交わせるような相手ではない人物と、なんの前触れもなく会話をする羽目になったのだ。自分がシスターの立場ならば、同じように動揺するだろう。
だから、私はその隙をつく。
「聖なる力に目覚めていないあの子たちが、王城にやってきた理由。それは本当に、散歩ですか」
「え、ええ……」
「魔王は三英雄によって、無事に討伐されました。しかし、神殿はその事実を彼らには伝えていないようです」
「それは……」
「都合がいいから、ですよね」
シスターに怨みなどないが、今は神殿の企みを暴くのが最優先だ。
言い訳などさせる気にもならず凄んだところ、彼女は露骨に表情を青ざめさせた。
――陥落までは、あと少しと言ったところだ。
「恐怖をいだかせれば、子どもたちは死にたくない一心で簡単に言うことを聞きます。今日は、下見と言ったところでしょうか」
「聖女様……! どうか、お許しください……! 我々も、好きでやっているわけではないのです……!」
「では、認めるのですね」
シスターは力なくその場に崩れ落ちると、ついにここへ来た理由を認めた。
「子どもたちならば、王城へ簡単に忍び込める……! 司祭がそうお考えになっていたのは、確かです……! しかし、私はあの子たちを使って、聖女様と第二王子を傷つけるつもりなど、ありませんでした……!」
「そうですか」
私はここで、彼らの罪を罰するするつもりはなかった。
蜥蜴の尻尾切りなどしたところで、新たな刺客が訪れるだけだ。
だったら、子どもたちと出会ったすらも、三英雄に黙っているほうがずっといい。
――必要な情報は引き出せた。
あとは、彼女の口を封じるだけだ。
「あなたは子どもたちを守ることだけを、考えてください」
「海より広い心をお持ちの聖女様に、最上級の感謝を……!」
シスターは瞳から大粒の涙を流したあと、何事もなかったかのように子どもたちを連れて去って行った。
――よかった。
今日が、暗殺計画の実行日ではなくて……。
もしもその当日だったら、この裏庭に惨劇が起きていたところだ。
――子どもたちと出会えたのは、幸運だった。
神殿に戻る羽目になったとしても、くまのぬいぐるみを抱きかかえていれば、きっと彼らも「クマヌーと一緒のお姉ちゃん」だと思い出してくれるはずだ。
――いつまでも、王城でのんびりと暮らせるなんて、思っていない。
いずれ訪れるべき避けられない未来のためにも……。
1人でも多くの味方を作っておけば、酷い目に遭わなくて済む確率が上がるから……。
「帰ろう」
久しぶりに三英雄以外の人と会話をして、どっと疲れが出た。
私はこのままここにいるのは危険だと判断し、裏庭をあとにした。




