人形使役で戯れて(1)
――翌朝。
私は意識を浮上させたあと、普段は強く腰元に回っているはずの腕が見当たらないのに気づく。
どうやらフェドクスは、どこかへ出かけたようだ。
この時間なら、自主訓練だろうか?
――歩行訓練以外で、1人になるなんて久しぶりかもしれない。
神殿に狙われている以上、単独行動は危険だと言われていたからだ。
でも……。
1人じゃないとできないことが、山程ある。
いつ何が起きても対処できるように、異能も手足のように自然と繰り出せる手筈を整えておくべきだろう。
――せっかくだから、お散歩しよう!
私はどうにか自力で起き上がると、メモ用紙に伝言を書き認める。
『お散歩してきます。すぐに戻ってきますので、心配しないでください。エミリエ』
こうしてサインまでを書き記して車椅子に乗り込み、客間を出た。
普段は使用人やら王立騎士団員が行き交っている廊下は、私以外の人が見当たらない。
まるで、世界に1人だけ取り残されたみたいだ。
――たまにはこう言うのも、悪くないかも。
私はワクワクとした気持ちでいっぱいになりながら、右腕の力を使って車輪を回し続ける。
――車椅子に乗るようになったのは、王都へ戻ってきてからだけど……。
3か月で、大分様になってきた。
この調子で、縦横無尽に操れるようになれるといいと思っていた。
だが――杖をついて歩くよりはマシなものの、ちょっと移動しただけでも右腕が痛い。
私は外へ出られたのをいいことに、人気のない裏庭で休憩がてらのんびりすると決めた。
「さて、と……」
ガサゴソと膝の上に乗せていた荷物を漁り、中からくまのぬいぐるみを取り出す。
私は勢いよく空中へ投げ出し、異能を使った。
――人形使役。
対象者や無機物の手足を、自由自在に操る異能だ。
本当は、人間相手に試すのが一番いいのだが――。
手っ取り早く練習するなら、ぬいぐるみが一番適している。
「右、左……上、下……」
くまのぬいぐるみは、私が指示した通りに手足を動かす。
まるで空中を縦横無尽に舞い踊っているかのような姿を見たら、なんだか私まで楽しくなってくる。
「クルッと回って、ターン!」
私の声に合わせて、くまのぬいぐるみが軽やかに宙を待った。
表情を変化させることはできないはずなのに、どことなくドヤ顔のように見えるのは、ポーズの関係上だろうか?
「わぁ~! すげぇ!」
「シスター! 今の、見た!? くまさんが、踊っている!」
どうでもいいことを考えていたところ、どこか遠くで、興奮を隠せぬ様子の声が聞こえてくる。
一体何事かと視線を巡らせると、こちらに向かって駆けてくる人物の正体に気づく。
それは――。
ひと目で所属がわかるように、配慮がなされているのだろう。
白と青を基調とした、神官見習いの制服に身を包んだ子どもたちの姿だった。
「何を、やっているの!? 隊列を崩さないで!」
シスターは子どもたちを遠くから叱咤するが、彼らはどこ吹く風だ。
「なぁ。これって、どうなっているんだ?」
「くまさん! 一緒に、遊びましょう!」
少年は不思議そうにこちらへ問いかけてくるし、少女はくまのぬいぐるみと遊びたくて仕方がないらしい。
その場でぴょんぴょんと飛び跳ね、人形を捕まえようと必死になっている。
――この場に姿を見せたのがシスター1人だったら、私を殺しに来たのかと恐ろしくて堪らなかっただろう。
しかし、彼女には面倒を見なければいけない子ども達が山程いる。
ざっと確認しただけでも、30人くらいだろうか?
まるで、保育園の保母さんみたいだ。
「きゅ、救済の……聖女様……?」
彼女はなぜか、こちらの姿を確認した直後、青褪めている。
私の存在はしっかりと認識しているようだが、あんな反応をされるのは初めてだ。
――まるで、化物に食い殺される直前のように、怯えているけど……。
一体神殿では、どんなふうに言われているのだろう?
マリラさんには、困ったものだ。
これまでは、彼女と距離を取っていたが……。
早々に直接対決へ持ち込まないと、面倒なことになるのは間違いなかった。
――ちょうどいい機会だ。
神官見習いたちとの偶然の出会いを、無駄にするわけにはいかない。
これを期に、くまのぬいぐるみを使って子どもたちと交流を深めよう!
私は懐から取り出した扇を右手で開いて、口元を隠す。
その後、普段よりも高い声で言葉を発した。
「初めまして! ボク、クマヌー! よろしくね!」
「わぁ! くまのぬいぐるみが、喋ったぁああ!」
少年はまさか、私が腹話術をしているなど夢にも思わないのだろう。
大興奮を隠しきれない様子で、大声を張り上げる。
私は子どもたちの期待へ応えるため、人形の左腕をひらひらと何度か動かした。
「すごーい! あれって、お姉ちゃんのくま?」
「はい」
「魔獣なの?」
「いえ。ぬいぐるみです」
「いいなぁ。わたしも欲しい!」
少女はキラキラと瞳を輝かせ、くまのぬいぐるみを羨ましがる。
そんな彼らを微笑ましく見つめながら、私はくまの人形を動かして、彼らとの会話を試みた。
「ボクは、御主人たちと一緒にここへ散歩に来たんだ! 君たちも、そう?」
「うん! 神殿の中はピリピリしていて、気が休まらないから。シスターが、ぼくたちを連れてきてくれたんだ!」
「そうだったんだね」
「癒やしの力を使えない子どもたちは役立たずだって、司祭様が怒るの。わたしたちだって、異能を目覚めさせるために一生懸命頑張っているのに……!」
少女は瞳に涙をいっぱい貯めて、「司祭は酷い人だ」と嘆き悲しむ。
この反応を見る限り、この子たちはまだ司祭から直接危害を加えられていないようだ。
あの人は、見込みのない人間には無関心を貫いている。
それがいいことなのか、悪いことなのかは、人に寄るとしか言いようがないけれど……。
怒鳴りつける程度で彼らと司祭の縁が切れるのを、願うしかなかった。
「泣かないで。異能が目覚めないのは、悪いことじゃないよ」
「そうなの?」
「うん。ボクの御主人様も、長い間異能が目覚めなくて、たくさん苦労したんだ」
「お姉ちゃんも……?」
異能を無理に覚醒させようと努力を重ねるほど、つらく苦しい幼少期を送る羽目になる。
この子たちにも私と同じ苦痛を味わわせるなんて、冗談じゃない。
「でも、今も立派に生きている! だから、きっと大丈夫さ!」
私はくまのぬいぐるみを使って、2人を勇気づける。
しかし――。
この程度の子ども騙しで彼らを説得できると思っていた己の甘さを、思い知らされる羽目になった。
「クマヌーは、もう1人の聖女様がどうなったか知らないから、そんなことが言えるんだ!」
「それって、どんなこと?」
「癒やしの聖女様が、言っていた! 神殿にはもう1人、聖女様がいたって! でも、その人は無能だったから、魔王討伐に駆り出されたんだ!」
「魔王って、すごく強いんでしょ? 討伐隊に選出された時点で、死んだも同然って言っていた……」
「ぼく、死にたくないよ……!」
2人は代わる代わる瞳に涙を浮かべ、癒やしの聖女から恐ろしい顔で脅されたのだと怯えた。
彼らはきっと、知らないのだろう。
魔王が無事に討伐されたこと。
私が救済の聖女と呼ばれる、かつての無能聖女だと言うことも――。




