フェドクスの妥協
「息、ぴったりですね」
「僕たち、仲良しだから」
「誰が……」
「言い合っている暇なんて、君にあるのかい? さっきみたいに、僕が下ろしてあげてもいいんだよ?」
私は口元を綻ばせたあと、フェドクスの手を借り、馬から降りた。
その後は自分の足で立って、彼らへついていくつもりだったのに――。
幼馴染は当然のように抱き上げ、乗馬場をあとにしてしまう。
「フェドクス! 殿下を置いて行くのは、駄目だよ。何かあったら、どうするの?」
「あんな奴、消えてしまえばいい」
「誰かに聞かれたら、大変なことになるよ」
「構わない」
ここは王城の敷地内だ。
姿こそ見えないが、王立騎士団に所属する護衛が身を潜めているはずだが――。
王太子の王位争いが懸念されている以上、1人にするのは危険だ。
できる限り一緒に行動するべきなのに、幼馴染はどんどんとルドルフから遠ざかってしまった。
どうやらついに、我慢の限界に達してしまったようだ。
フェドクスは仲間たちに対する嫉妬心を露わにすると、苦しげに声を発した。
「ルドルフも、ガザンも、みんな戻ってこなればいいのに……」
「そんなこと、言わないの」
――本当は、彼に謝るべきなんだろう。
だけど、それじゃフェドクスのためにならない。
別れの時が近づいている以上、適切な距離感を保つべきだ。
「私たちがここで暮らせているのは、殿下が守ってくれているからだよ」
「ありがた迷惑だ」
「うんん。そんなことない。私は、すごく助かってる」
私はあえて、ルドルフの肩を持った。
――その結果、フェドクスは今にも泣き出してしまいそうな声で、ぽつりと呟いた。
「あいつらを、エミリエの特別にするのか」
己を抱き上げる幼馴染は、とてもつらそうだ。
ここで突き放したら、私たちの関係が修復不可能になりそうな危うさがある。
――さすがに、突き放すのはかわいそうかな……。
大事なのは、飴と鞭の配分だ。
私は一流の調教師になった気分を味わいながら、彼を慰めた。
「そんな顔、しないで。ルドルフとガザンは、仲間だよ。みんなが仲良しでいてほしいって願うのは、いけないこと?」
「あいつらは、ずる賢い奴らだ。エミリエを、独り占めしようと企んでいる……」
「心配しないで? 大丈夫、だから。フェドクスが私を嫌いにならない限り、どこにも行かない」
幼馴染は何かに耐えるように唇をぐっと噛み締めたあと、ようやく落ち着きを取り戻した。
彼は恐る恐る、数時間前に交わした約束を持ち出す。
「ガザンとの約束、本当に守るのか」
「うん。1日だけなら、耐えられるでしょ?」
「嫌だ」
これまでだって、四六時中そばにいたわけじゃない。
物理的に彼と引き離されて、数日間顔を合わせなかったことなど、神殿で暮らしていた頃は日常茶飯事だった。
な
のに、フェドクスは昔のようには戻れないと言う。
「久しぶりの自由を、満喫してきなよ」
「そんなの、いらない」
「フェドクス……」
「俺は、エミリエの姿が見える場所にいる」
やっぱり、2人が私に好意的な反応を見せているのが大きいのかな……。
幼馴染の嫉妬を増幅させないために、彼らへ「私を嫌いになってください」と懇願するのもどうかと思うし、それくらいは妥協するしかないだろう。
「どうしても、譲れない?」
「ああ。それが、ガザンにエミリエを預ける条件だ」
「わかった。じゃあ、フェドクスの好きにして」
過保護な幼馴染には、困ったものだ。
元々かなり危うい状態ではあったけど、ますます私に対する執着心が強まっている気がしてならない。
大きなトラブルが起きたら、手足の自由を奪われて監禁されそうな勢いだ。
こんな状況のフェドクスを、ヒロインはよく手懐けたなぁ……。
じこファンの凄い主人公が自分の姉だなんて、なんとも信じがたい事実に恐れ慄いている場合ではない。
今はまだ、彼女とフェドクスが出会う前だ。
幼馴染が理性を失った獣にならないように、手綱を握れるのは自分だけしかいない。
――色んな意味で、気をつけよう。
私はより一層身を引きしめると、フェドクスに抱きかかえられたまま客間へ移動した。




