歩行訓練
ルドルフが私たちを連れてきたのは、乗馬場だった。
どうやら、こちらが移動手段を増やしたいと考えてあれこれと用意をしていた姿を見て、閃いたらしい。
「エミリエは、1人では乗れないだろう? 今後のためにも、慣れておいたほうがいいんじゃないかと思ってね」
殿下のご厚意は、大変ありがたい。
私と一緒に乗馬をしながら戦う彼らの姿を何度か見たが、2人乗りをしながら敵を討伐する姿を見る度に、自分が足手まといのお荷物だと言われているような気がしてつらかった。
「ありがとう、ございます」
「どういたしまして」
私は乗馬を習う貴重な機会を殿下から得られたのが嬉しくて、彼にお礼を告げる。
だが、フェドクスはこの状況をよく思っていないようだ。
「今さら、こんなことをする必要があるなど、到底思えない……」
幼馴染は露骨に嫌そうな顔をして、殿下を睨みつけた。
彼は私が、無能であり続けることを望んでいるような節がある。
そうすれば、思う存分甲斐甲斐しく面倒を見られるから。
好きなだけ、私に引っついていられるから。
「世界は、平和になった。俺達は、ずっとエミリエのそばにいる。それでいいだろ」
でも――。
その環境に甘んじてはいけない。
私は誰にも頼らず、生きていけるようになるべきなのだ。
たとえ大好きな幼馴染の機嫌を損ね、修復不可能な関係になったとしても――。
「君がエミリエを、大事にしているのはわかるよ。でも、自由に羽ばたける鳥の翼をもぎ取り、鎖に繋いでそばに置いておこうとするのは、違うんじゃないかな」
「それの、何が悪い」
「彼女を欲する人間は、たくさんいるよ。攫われたら、どうするつもり?」
「そうならないために、俺がいる」
フェドクスはこれまで、命の危機に瀕した私を何度も助けてくれた。
これからも一生、私に尽くすと豪語してくれるのはありがたい。
だけど――。
「エミリエが自分の意思で僕たちのところへ戻ってこられるよう、訓練はしておくに越したことはないよね?」
「殿下の、仰る通りです」
「エミリエ……!」
ここは、心を鬼にするべきだ。
いつまでも彼の好意に甘えていては、独り立ちなどできないのだから……。
「この国には、魔王よりも恐ろしい存在がいっぱいいるの。もしも自分の身に危機が訪れた時、逃げる術がないって後悔するのは嫌だよ。だから……。訓練、させてほしい」
私は必死に、フェドクスへ言い聞かせる。
だけど、彼はどうしても乗馬を習得するのが嫌みたいだ。
紫色の瞳を切なげに潤ませ、抱きしめる力を強める。
幼馴染がこうした反応を見せるのは、自分と離れがたいと思っている場合だけだ。
私は彼の誤解を解くため、恐る恐る問いかけた。
「もう二度と、相乗りしないって思ってる?」
「違うのか」
「フェドクスがしたいなら、好きにしていいんだよ。今までと、何も変わらない」
私が1人で乗馬ができるようになりたいのは、有事の際の備えだ。
みんなと一緒にいる時、どうしても2人乗りがしたいと望まれたら、断るつもりなどなかった。
「……わかった」
「ありがとう!」
フェドクスは長い熟考の末、渋々許可を出してくれた。
私はようやくこの不毛な争いを終えられると喜び、殿下のほうへと視線を移す。
「それじゃあ、乗ってみようか」
「はい。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
まさか、殿下から直々に馬の乗り方を教わるなんて思いもしなかった。
私は挨拶をしてから、彼の手を借りて馬に跨った。
その間、こちらをじっと睨みつけてくるフェドクスの視線が痛い。
――身体に、穴が開きそう……。
「集中して。転がり落ちたら、大変だよ」
フェドクスに「心配いらないからね」と釘を刺すべきか迷っていると、殿下から厳しい指示が飛ぶ。
私はしっかりと手綱を握り、前を見据えた。
「そうそう。上手だね。このまま、歩いてみようか」
「はい……!」
左半分が使えない状態で乗馬なんて、どうなることかと思ったが……。
案外、なんとかなるものだ。
バランスは、上半身で取ればいいし。
もしかすると車椅子よりは楽かもしれない。
ただし――馬が大人しく、言うことを聞き続けてくれたらの話だが……。
「今日は、ここまでにしよう」
「もう、終わりですか?」
「うん。ゆっくり、時間をかけて習得すればいいよ」
最初の数分は大人しくしていたのだが、段々と片手で手綱を握る私がバランスを崩して転がり落ちそうになる場面が増えきた。
これ以上は危険だと悟り、乗馬の中止を言い渡す。
それに従いながら、私は名残惜しい気持ちでいっぱいになった。
「気に入った?」
「はい。早くこの子達に慣れて、暴れ馬にも乗ってみたいです。つねに、大人しい子だけに跨がれるとは限らないので……」
「初心者には、ちょっと無理かな」
「許可できない」
ルドルフがどこか困ったように、これまで私に何かあったらどうしようとハラハラしながらこちらの様子を見守っていたフェドクスが、同時に言葉を発した。
なんだかんだいいながらも、2人も仲良くなってきたようで何よりだ。




