癒しの聖女攻略大作戦(3)
「嫌われていないのであれば、僕たちにもまだ――チャンスはあると思っていいよね?」
ただでさえ、ガザンとフェドクスが険悪な雰囲気になって気が気じゃなかったのだ。
今度はルドルフとフェドクスが不仲になるなんて、冗談じゃない。
そう、思っていたのに――。
「君とフェドクスは、固い絆で結ばれている。ひと目見ただけで、他者が入り込む余地はないと絶望するほどに――」
殿下は私の長い髪を一房手に取り、唇を寄せた。
その姿はまるで、己を抱きかかえる幼馴染だけには、独占させるわけにはいかないと、主張しているかのようだ。
「でも……。僕たちだって、黙って手をこまねいているつもりはない。少しでも、君の役に立ちたい。そう思っているから、ガザンは率先して敵の懐へ入り込み、思惑を調査しに行ったんだ」
普段であれば、すぐに殿下の手を叩き落とすはずだ。
なのに、フェドクスは動かない。
それは彼が、王族だからなのかと思っていたけれど――違うような気がする。
幼馴染は、知っているのだ。
殿下が私の意思を無視して、強引に関係を進展させるような人ではないと。
「どうか、軽蔑しないであげて。すぐに、有益な情報を手に入れてくるはずだから……」
これも、ある意味では信頼の現れだろう。
ここで彼の懇願を拒絶しようものなら、殿下まで敵認定されかねない。
それだけは絶対に、防がなくてはならなかった。
「遠慮しないで。最後まで、言葉に出していいんだよ。僕たちは、誰も君の気持ちを否定しない。どんなに恐ろしい感情でも、受け止める」
ここにいるのが殿下だけなら、素直な気持ちを吐露できた。
でも、今はフェドクスも一緒なのだ。
ガザンに対する思いを打ち明けて、本当にいいの?
幼馴染が仲間を敵と認定し、襲いかかるのでは?
「フェドクスも、そうだよね?」
「当然だ」
いつまでも黙りこくっているこちらの姿を見かねて、ルドルフが幼馴染に促してくれる。
その声を受けて、少しだけ心が軽くなった。
ガザンとマリラさんの声を聞いて感じた、正直な気持ち。
それを素直に伝えても、いいんだ……。
私はフェドクスの胸元を握りしめ、恐る恐る声に出して伝える。
あの映像を目にした時に感じた、まとまりのない感情を……。
「お2人は旅が始まった当初、私を嫌悪していました。あの子も、そうです。ですから……。怖いのです。彼女に唆されて、また冷たい視線を向けられるのではないかと……」
不安な気持ちをすべて吐き出して、ようやく気づいたことがある。
私は本当の意味で、ガザンを信用しきれていないのだろう。
だから、いずれ訪れる可能性を思い浮かべ、怯えている。
『無能のくせに』
身体の傷は、いつか癒える。
でも、心の傷を治すのは簡単なことではない。
私はどうやら、平気なふりをしていただけのようだ。
険悪だった時の光景が再生され、胸が痛む。
この苦しみとは、一生付き合っていく羽目になるのだろう。
――癒やしの聖女としての地位と有能さをひけらかし、攻略対象を虜にする。
それを最終目標としているマリラさんにとって、ガザンのハニートラップは、飛んで火に入る夏の虫のようなものだ。
ようやく運が自分に向いてきたと、嬉々として彼にベタベタと甘える姿が見て取れた。
彼はすぐに彼女を籠絡して戻って来ると言ってくれたけど……。
無事に戻ってきてくれたとしても、これまでのように信頼はできそうになかった。
自覚症状がないまま、マリラさんに心を奪われ、私に酷い言葉をぶつけないとも限らない。
もしも、何事もなかったかのようにガザンの計画が成功したとしても、マリラさんは彼が本気で心変わりをしたと信じているのだ。
一緒にいる姿を彼女に見られようものなら、酷い目に遭うのは自分なのだから……。
「エミリエ!」
頭の上から怒声が響き渡り、ビクンと全身が跳ねる。
私は慌てて上空を見つめ、珍しく切羽詰まった表情を浮かべる幼馴染と視線を交わらせた。
「何? どうしたの?」
「それは、こちらの台詞だ」
「なんで……?」
どうにも話が噛み合わずに小首を傾げると、フェドクスは深い溜息を溢す。
その後、殿下と一緒に焦っていた理由を口にした。
「突然、黙るな。心臓に悪い」
「そうだよ。フェドクスが、5回も君の名前を呼んでいたんだ。それに気づかないほど、深く考え事をしていたのかい? 凄い、集中力だね」
「申し訳、ありません……」
どうやら、自分でも気づかないうちに考え事に耽っていたようだ。
幼馴染の声かけを何度も無視するなんて、あり得ない。
ただでさえ彼の執着心は異常なのだから、これ以上フェドクスの機嫌を損ねないようにしなければ……。
「今、触れ合える場所にいるのは俺たちだ」
「フェドクスの言う通りだよ。ここにはいない人より、今は僕たちを優先してほしいな」
殿下の前でみっともない姿を晒してしまった。
そう反省していると、2人から交互に「自分を見てほしい」と懇願された。
まるで乙女ゲームのヒロインになったかのような猛攻撃に面食らっていると、ルドルフからある提案を受けた。
「まだ見ぬ恐ろしい未来に怯える時間は、もう終わりだ。これからは、楽しいことをしよう」
「それは、一体……?」
「さぁ、行こう!」
殿下はまるで無邪気な子どものような笑みを浮かべると、私たちを誘い外へ出た。




