癒しの聖女攻略大作戦(2)
口は災いの元って、こういう事を言うんだろうな……。
本来ならば不毛な争いが終わったと喜ぶべきなのだが……。
あんなふうに話を切り上げられたら、フェドクスは情緒不安定になる可能性が高い。
彼を慰めるこちらの身にも、なってほしかった。
「女好きで有名な三英雄の1人が、ある日突然言い寄ってきたら……。普通は、警戒するのでは……?」
「ガザンは勝算がなければ、絶対賭けには乗らないよ」
「エミリエは、俺だけのものなのに……」
「今のは、フェドクスが悪いよ。君は飢えた獣に、餌を与えたようなものさ。きっと、早ければ半日であの女を虜にして戻って来る」
幼馴染は案の定、浮かない顔で執着心を滲ませる。
どさくさに紛れて、殿下もフェドクスを背中から刺してダメージを与えているのも、かなり影響しているようだ。
「色恋で女性を絡め取るのは、あいつの十八番だからね」
「まるで、男娼だな。穢らわしい……」
「身体を使うのは、止めたみたいだから。好きにさせてあげなよ。僕たちには、絶対にできない芸当だし……」
フェドクスはガザンに対する憎悪を滲ませながら、私を抱きしめる力を強めた。
普段ならば、彼を慰めるためにこちらも行動をするが――どうしても、そういう気持ちにはなれなかった。
辺境伯は、殿下の親友だ。
彼の前でガザンを悪く言うなんて、激怒されてもおかしくなかったから。
「色仕掛けって、案外馬鹿にできないんだよ。僕たちも、エミリエにまんまとしてやられているわけだから」
「わ、私……ですか?」
「他に、誰がいるの?」
だけど……。
殿下はこちらが想像もしていなかった意趣返しをすると、にこりとこちらに微笑みかけた。
「ガザンが戻って来るまで、思う存分君に愛を注ぎ込もうと思うんだ。付き合って、くれるよね?」
「何を、すれば……」
「ただ、僕たちと一緒にいてくれるだけでいい」
彼の本性を知らなければ、王子様スマイルと歓喜するところだが……。
これは、悪魔の笑みに違いない。
「心配いらないよ。ガザンは、絶対にやり遂げて戻って来る」
――もう。フェドクスが余計なことを言わなければ、こんなふうに殿下へ償わなくても済んだのに……。
幼馴染へ恨みがましい視線を向けていると、殿下はその仕草をガザンが心配で仕方ないと受け取ったようだ。
「どうせなら、特等席で見てみるかい?」
「何、を……」
「とっておきの、魔法があるんだ」
ルドルフはまるで正統派王子様のようなアイドルウインクを披露したあと、空中に映像を映し出した。
まるで、テレビの生中継を見ているかのようだ。
『こんなに素敵な殿方に、癒やしの力を褒めてもらえるなんて……!』
『あんたは、有名だからな』
『これまで、頑張ってきた甲斐がありました!』
ガザンとマリラさんの会話音声まで、リアルタイムで聞こえるなんて、魔法って凄い。
そう感動すると同時に、彼の姿が見えないところでも、気が抜けないなと思った。
その気になればいつだって、離れたところにいる人を、監視できるほどの魔力を持っているのだから……。
「耳障りだね」
殿下は心底不愉快で堪らないと言わんばかりに、パチンと指を弾く。
どうやら、マリラさんの猫なで声だけを聞こえないように調整したらしい。
『最近、随分と焦っているみたいじゃねぇか。わざわざあとから出てきた救済の聖女よりも目立つような行動をしなくたって、いいじゃねぇの?』
映像では彼女の口が動いているのに、声は聞こえない。
そんな不思議な現象を起こす光景を、みんなで一緒に観察する。
――なんて悪趣味な、鑑賞会なんだろう……。
私はなんとも言えないモヤモヤとした思いを抱きながら、類稀なる演技の才能を披露する辺境伯の姿を眺めた。
『さすがは、聖女様だ』
ガザンはマリラさんを褒めると、その場に膝まずく。
その後、手の甲に口づけを送った。
――なんだか、変な感じ……。
胸の奥底がツキンと痛む。
それは私が、彼女を嫌いだから?
それとも――。
「もういい」
もう少し考えていれば、答えが出そうなところで、幼馴染のうんざりとした声によって我に返る。
自分でも認識できない感情の正体に繋がる見えない糸が、ぱちんと音を立てて切れてしまった。
「悪趣味な映像を、見せるな」
「わ……っ!」
それを残念に思っていると、突如として右側の視界まで真っ暗闇に閉ざされてしまう。
一体何事かと慌てたところ、遅れて大きくてゴツゴツした手がそこを覆っていることに気づいた。
「過保護だね。僕は君が、時折羨ましいよ」
今もなお、ガザンがマリラさんを口説き落とすために、あれこれと発する声が聞こえてくる。
ルドルフが映像を消去しない限り、この状況は一生続くのだろう。
「僕達は思うがまま、感じるがままに――全身でエミリエが好きだと言い表せないからね」
「殿下……」
今回ばかりはできるだけ早めに、幼馴染の言う通りにしてほしい。
そんな願いを込めて殿下を呼べば、ガザンの声が聞こえなくなった。
どうやら、魔法を解除してくれたようだ。
――右目を塞いでいたフェドクスの手が外れた瞬間、ルドルフに覗き込まれる。
「エミリエは、どっちが好き?」
殿下は口元だけを綻ばせ、問いかけてきた。
「欲望のままに、君へ愛を囁く獣? それとも……僕たちのように、おぞましい感情を理性で押さえつける化物?」
どちらを選び取っても、室内の空気が最悪になるのは避けられない。
これぞ、究極の選択と言うに相応しい状態だった。
ここで白黒はっきり決めたら、選ばれなかったほうが傷ついてしまう。
私のせいで、誰かが悲しむのは嫌だ。
どうせ、ヒロインが現れたら――彼らの執着はすべて、彼女に向けられる。
私はその時が来るまでは身体に浮き輪をつけて、時折押し寄せる穏やかな波に攫われないようにプカプカ浮いていればいい。
恋の嵐が吹き荒れたら、誰も私みたいなモブには見向きもしなくなるはずだから……。
「どちらも大切で、好ましいですよ」
「それはよかった」
私はどちらの肩も持たずに作り笑顔を浮かべ、この場を収めた。




