癒しの聖女攻略大作戦(1)
「別に、いいんだ。何を言われても。苦しくてつらいなぁって思った時、私の隣にはいつだって、フェドクスがいてくれるでしょ?」
「当然だ」
「それだけで、充分だよ」
マリラさんは私にとって、退けなければならない敵だが、彼はそうではない。
彼女と決着をつけるべきは、自分だけだ。
己のせいで幼馴染の手が赤く染まるなんてこと、あってはならない。
そう、思うから――。
だから私は、こうして弱気になった時の話し相手になってほしいと願った。
「いつも、ごめんね」
「謝るな。俺が好きでやっていることだ」
「うん。ありがとう」
フェドクスは私から直々に自分だけの役割を与えられて、喜んでいるようだ。
紫色の瞳を優しく和らげ、頭部を撫でた。
彼の大きな指先が己の髪を撫でつける感覚は、いまだに慣れない。
幼い頃はもっと、指先が小さかったから――。
「あの女がいる限り、平和な暮らしは望めない」
「うん……」
今は些細な精神攻撃だけで済んでいるが、こちらが我関せずを貫き通せば、いつか必ず大きな騒動に発展する。
その前に、どうにか決着をつけなければいけないのだが――。
どうにもいい案が思い浮かばない。
そんな私に、幼馴染は意外な提案をした。
「スパイを、送り込めばいい」
「神殿に……?」
「いや。あの女の元へ」
フェドクスはどうやら協力を依頼する相手に宛があるようだ。
私を抱きかかえたまま、ある人の元ヘと向かった。
それは――。
「んで、オレに白羽の矢が立ったって?」
ガザンの元だった。
一時的に辺境伯へ戻ったはずの彼は、再び王都に身を寄せていた。
何やら、やることがあるらしい。
何かと忙しい彼にこんなお願いをするなんて、自分では絶対に考えられない発想だ。
私はさっと表情を青ざめさせ、フェドクスの胸元を掴んだ。
「どいつもこいつも……。遊び人は、とっくの昔に卒業してるってのによ……」
ガザンが呆れたように、悪態をついたからだ。
明らかに、機嫌を損ねている。
やはり、彼には頼るべきではなかったのだろう。
今ならまだ、間に合うはずだ。
ガザンを頼るのは、止めよう。
「愛する人のためなら、なんだってできる。貴様は、そういう人間だ」
「どさくさに紛れて、オレの本質を言い当ててんじゃねぇよ」
私が止めるよりも先に、フェドクスが辺境伯の説得にかかる。
険悪な雰囲気を前にして、喧嘩になるんじゃないかとハラハラしていると、これ幸いとばかりに口元を綻ばせた辺境伯が、ある提案をしてきた。
「エミリエがオレにお願いします、ガザン様って懇願してくれたら、やってもいいぜ?」
「地獄に落ちろ」
聞こえてきたのは明らかに冗談としか考えられない内容だったが、フェドクスは本気と受け取ったらしい。
彼は心底嫌で堪らないと言わんばかりに吐き捨て、私を抱きしめる力を強めた。
人をおちょくるのがうまいガザンと、なんでもかんでも真面目に受け取って、私に仇なす人間はたとえ仲間ですらも許さないと頑なに敵視する。
そんな2人の相性は、最悪の一言に尽きる。
「ははは。相変わらず、仲がいいんだか悪いんだか。判断がつかないね」
止めに入ったほうがいいんじゃないかと心配していたところ、席を外していた第二王子が姿を見せた。
彼は私が言いたい言葉を代弁し、満面の笑みを浮かべる。
私もそれに倣い、口元を綻ばせた。
「喧嘩するほど仲がいいと、よくいいますから……」
「仲は、よくねぇよ」
「同感だ」
「確かに。息ぴったりじゃないか!」
殿下はお腹を抱えて笑ったあと、目に浮かんだ涙を拭って彼らに諭した。
「いい傾向だよ。ここは、戦場ではないからね。これからは、交友の深いペア同士で行動できない場面も多くなる」
私たちには、それぞれの役場がある。
これまでは身分すらも関係なく、全員が支え合っていた。
魔王討伐のため、尽力する場面もあったが――。
周りの目がつねにある場所で暮らす以上、今まで通りとはいかない。
私は身体が不自由で、ルドルフは第二王子。
2人1組での外出が必要な場面が出てきた時、どうしてもあまり相性のよくない人間同士でペアを組む場合もあるだろう。
一番信頼しているのは、フェドクスだけど……。
ルドルフとガザンだって、嫌いなわけじゃない。
三英雄は、私にとってはこのまま成長を見守りたいと思う、存在だから。
でも、彼らはどうだろう?
フェドクスとガザンは、言葉を交わせば喧嘩して睨み合っている時のほうが多い。
だが、幼馴染と殿下は……。
そもそも、2人きりで会話をしている姿をほとんど見た覚えがない。
「いくらエミリエを守るためだとしても、女狐を骨抜きにしてこいって命令するとか、正気かよ」
元平民と王族。
その関係性が、必要以上に接点を持っていない原因なのかもしれない。
そんなふうに考察をしていると、ガザンの切なげな声が聞こえてきた。
「オレの気持ち、知ってるくせに……」
髪を掻き上げてグレーの瞳を潤ませる彼の仕草は、色っぽい。
辺境伯がご令嬢たちにキャーキャーと大騒ぎされる理由が、よくわかる。
破壊力は、抜群だ。
私もエミリエに転生していなければ、画面越しに「こう言うのが乙女のハートを射抜く激メロ展開なんだ」と感心していただろう。
「わぁ。ガザンがこんなに情けない顔するなんて、珍しいね。今すぐに画家を呼んで、肖像画でも書かせようか?」
「茶化すなよ。どうせ慰めてもらうのなら、ルドルフからじゃなくてエミリエがいい」
「俺が、許すと思うか」
しかし、あれが自分の興味関心を引くために行われていると思うだけで、なんとも言えない気持ちになった。
私には、あんなふうにアプローチを仕掛けられる理由がないからだ。
「あんたが始末したくて夜も眠れねぇ相手を、代わりに籠絡してきてやるって言ってんだぜ? そんくらいのご褒美は、前借りしてもいいだろ」
「エミリエ? 大丈夫?」
「はい……」
――早くヒロイン、姿を見せてくれないかな。
そんなふうに心ここにあらずな様子で彼らの言い争いを聞いていたところ、殿下に心配されてしまった。
私が力なく生返事をした直後、ガザンとフェドクスの交渉が成立したようだ。
「成功報酬だ」
「その話、乗った!」
2人がコツンと拳を重ね合わせたあと、満面の笑みを浮かべたガザンはこうしちゃいられないと言わんばかりにガッツポーズをする。
「約束、ちゃんと守れよ! この作戦が成功した暁には、24時間エミリエを好きにしていい権利を得る!」
「ふざけるな。そんなの、許すわけが――」
「んじゃ、さっそくやってくるわ! しっかり見とけ! 5秒で、骨抜きにしてやるよ!」
辺境伯はひらひらと手を振り、フェドクスの静止を振り切って窓から外へ出てしまった。




