【2-1】癒しの聖女の悪だくみ
「癒やしの聖女様! どうか、我々をお救いください!」
どこか遠くから、癒やしの聖女に救いを求める声が聞こえてくる。
そんな生活には、魔王を討伐してから半年経っても慣れない。
「順番ですよ! 慌てず騒がず、お待ちくださいね!」
いつからだろう。
私を虐げ、敵視してくるあの子の声を、「聞きたくない」と思うようになったのは。
「はい! あなたの傷は、綺麗さっぱり治りましたよ!」
「ありがとうございます。やはりこの国の聖女は、マリラ様だけです」
彼女が人々の傷を癒やして感謝される姿を窓越しに見る度、救済の聖女と呼ばれているくせに己のことだけで精一杯な自分に嫌気が差す。
――人々を癒やしたいだけなら、神殿でやればいいのにね。
わざわざ王城の中庭でこんなことをするのは――民だけではなく、私に己の優位性を見せつけたいと言うことなのだろう。
あまりにも、幼稚な作戦だ。
それに心を痛めて、罪の意識を感じている自分にも嫌気が差す。
――あの子は、あの子。
原作に未登場のモブである少女は、己の優位性を国民たちへ知らしめるために努力を重ねている。
――私は、私。
今優先するべきは彼女の挑発に乗って聖女の座を奪い合うのではなく――三英雄たちの力を借りずに、独り立ちの訓練をすることだ。
「私は、屈しない。何があっても、絶対に……」
だから今日も、彼らの目を盗んで努力を重ねる。
左腕でチェーンを固定し、右手で杖を持つ。
そうして私はカツコツと音を響かせ、歩く練習を再開させた。
――うぅ……。これ、やっぱり疲れるなぁ……。
何かあったときのために、ひと目を盗んでこっそりと、自分の足で歩く練習をしている。
だが、状況は芳しくなかった。
――頑張って、30分。
痛みを感じずに無理なく歩ける範囲が、10分ってところかな……。
右手足を使って、動かない反対の手足と自分の体重を支えて歩行するのだ。
日々の運動不足が祟っているのは、間違いなかった。
――サキュバスから奪った人形使役を使って、無理やり自分の手足を動かすのと、どっちが楽かな……。
私は、聖女だ。
無能と呼ばれていた時間は長いが、強奪の力に目覚めたおかげで異能を使えるようになった。
魔力量は、殿下の足元には及ばないが――そこそこある。
ただ、自分の左手足を動かすために魔力を使った場合、他の魔法を使うほどの力を己の身に残すのが難しいという問題があった。
いくら私が転生者であったとしても、魔力を回復する力まではない。
そういうアイテムがこの国で流通しているかどうかすら、知らなかった。
当面は、体力作りと知識を蓄えるのを優先するべきだよね……。
「ぁ……っ」
目標を設定して、ほっとしたせいか。
私の右手から、コロコロと杖が転がり落ちる。
左腕に括りつけられていたチェーンが引っ張られ、身体が地面に傾いた。
――ぶつかる……!
痛みを覚悟し、目をぎゅっと瞑った直後――私の身体を強い力で抱きしめるものが現れる。
それは――。
「無理をするなら、許可はできないと言ったはずだ」
「ありがとう。すごく、助かったよ」
――フェドクスだった。
彼は私が1人で特訓するのを、酷く嫌がっていた。
それは、幼馴染が自分に強い執着心を抱いているせいだ。
フェドクスは最初こそ、私が左手足を動かせなくなったことに強いショックを受けていたけれど――。
最近は、このまま一緒不自由に暮らしてほしいと思っている節がある。
それは恐らく――。
こうやって、さり気なくスキンシップを図れるからなのだろう。
彼は慣れた手つきで左腕についたチェーンを外し、杖を持たせてくれる。
その後、私の身体を抱き上げて歩き出した。
「待って! 車椅子……」
「あとで、取りに来ればいい」
「それじゃ、訓練にならないよ」
寝泊まりをしている客間からここまでは、車椅子に乗って1人でやってきていた。
ここへ置き去りにしてしまうと、杖や抱き上げてもらう以外の移動手段がなくなる。
彼らの目を盗んで、自由に外へ出られなくなってしまうのだ。
私はどうにか車椅子に乗って帰れないものかと必死に抵抗を試みるが、幼馴染は頑として譲らない。
「最近、王城にあの人たちが巡礼に来ているでしょ? 細工でも、されたら……」
「新しいものを、用意させればいい」
「そんなの、駄目だよ! すごく、高いんだから!」
「エミリエは、救済の聖女だ。それくらいの贅沢は許される」
ただでさえ、第二王子として生まれた殿下の立場が王城内では危ういのだ。
王太子との仲も、あまりよくないし――。
救済の聖女に入れ込み、国民から巻き上げた血税を湯水のように使い込んでいるなんて噂が立ったら、大変なことになる。
ただでさえ、想定外の状況で王城に身を寄せているのだ。
これ以上、迷惑をかけるわけにはいかないのに――。
「あの女が目障りなら、命じてくれ」
「駄目だよ。私は絶対、そんな指示はしないから!」
「なぜだ。君から笑顔が薄れたのは、あいつと再会してからだろう。ずっと、浮かない顔をしている」
幼馴染は私がつねに緊張しながら日々を過ごしていることに気づき、ずっと心配してくれたらしい。
――自分で言うのもどうかと思うが、私は感情の起伏が乏しいほうだ。
これが通常運転だと、彼だって知っているはずなのに……。
――打ち明けても、いいのかな?
こうして迷いを生じさせたのは、一瞬だ。
こうしてこちらに疑いをかけている以上、どんなに「心配しないで」と平気なフリをしても、弱音を吐露するまで一生気にし続けるだろう。
「私は、みんなにとっての邪魔者だから……」
「違う!」
「うんん。私と交流のない人たちは、そう思ってるよ。聖女と呼ばれる人間は、たった1人だけでいいって……」
彼がどんなに否定したところで、事実なのだからどうしようもない。
――原作通り、魔王と一緒に消滅すればよかった。
そうすれば、こんなふうにフェドクスを悲しませずに済んだかもしれないのに――。
そんなふうに思う自分が、嫌になる。
「ごめんね。弱気になったらいけないって、わかっているんだけど……」
じこファンでは、攻略対象たちが大切な仲間を失ったあと、後悔と懺悔に苛まれる姿が描かれていた。
それに比べたら、今の状況のほうがよほどマシだ。
彼は、望めばいつだって私に触れられるのだから。
会話をしているうちに、機嫌は直るはずだ。
「心配するな。あいつは俺が、絶対に殺す」
「もう。そんな物騒なこと、言っちゃ駄目だよ」
幼馴染はいつだって、私を守るために剣を振るう。
これまでは、それが当然だと言わんばかりに享受してきた。
だけど――。
いつまでも、彼に頼っているわけにはいかなかった。




