三英雄と一緒に
「聖女様。僕と一緒に、踊ってくださいますか?」
ダンスなんて、幼い頃に何度か習った程度だ。
少なく見積もっても、10年以上のブランクがある。
それに――。
私はリジェンタス王国と敵対する国の、第二王女なのだ。
ティルタラーテで暮らしていた頃は使用人の前にすらも姿を現せなかったほど、存在を秘匿されて育てられてきた。
顔を知っているものはこの国にはいないはずだが、万が一のこともある。
ファーストダンスを殿下となんて、冗談じゃなかった。
「それは、難しいと思います。私は、左手足が不自由ですし……」
「問題ないよ。僕が、全力でサポートするから」
「ですが……っ」
「さぁ、行こう」
ルドルフはこちらが難色を示す姿など気にする様子もなく、バルコニーからダンスホールの中央ヘと誘った。
ふらりと姿を消したはずの第二王子が、突如左半分が不自由な聖女をパートナーとして連れてきたのだ。
嫌でも、この場に残っていた人々の視線がこちらへ集中する。
「見て。みんながエミリエに、見惚れているよ」
ルドルフは踊り慣れているからか、こちらをリードをしながら周りの反応を気配る余裕があるらしい。
だが、こちらはステップを正しく踏むのに必死だ。
――足を踏んだら、笑われる。
それだけは、絶対に避けなくちゃ……!
「救済の聖女様は、身体が不自由なはずなのに……」
「なんて、軽やかなステップ……」
「辺境伯は、ダンスがお好きだから……」
「ああ。辺境伯は、第二王子のご友人ですもの。きっと、ダンスのコツを習われたのね……」
漏れ聞こえてくる声を聞く限り、貴族たちはダンスが得意なガザンに習ったと、勝手に勘違いしてくれたようだ。
彼が女好きとして有名でなければ、「どこで学んだのか」と痛い腹を探られていた。
そうならずに済んで、ほっと済んだのは間違いない。
しかし――。
「ガザンとフェドクスは、この状況が気に食わないみたいだけど……」
ルドルフの思いつきで、仲間たちになんの相談もせずにダンスを始めたからか。新たな問題が浮上していた。
「絶対、後で殺す」
「こらこら。仲間割れ、すんなって。エミリエが悲しむぜ? ま、文句言われても仕方ねぇことをしてんのは、同意するけどな」
フェドクスが憎悪の籠もった視線をこちらに向け、それを宥めつつも幼馴染の肩を持つガザンの声が聞こえてきた。
このままダンスを続けていたら、乱闘騒ぎが起きかけない。
ちょうど曲が止まったのをいいことに、ドレスの裾を掴んで頭を下げた。
「もっと、踊りたかったな……」
残念そうに口を窄める殿下の言葉は聞こえぬふりをして、物思いに耽る。
――私にはずっと、愛される資格がないと思っていた。
でも――。
どうやらそれは、ただの勘違いだったみたいだ。
私を優しい瞳で見守ってくれるルドルフ。
飄々としているように見えるけれど、自分と同一視して慈しんでくれるガザン。
そして、ずっとそばで苦楽をともにしてきた結果、恐ろしいほどの執着心を目覚めさせたフェドクス――。
この状況を、当たり前の日常として享受し続けるつもりはなかった。
たとえ、どれほど苦痛を抱くことになったとしても――彼らと一緒にいるべきではない。
離れたくないと思うほどに彼らを好きになってしまったら、きっと耐えられないだろうから……。
「僕たちから、1人で逃げようなんて思わないで」
心の中で考えていたことを見透かしているかのように、瞳を潤ませた殿下に懇願された。
「そんなことされたら――。今よりも、君を好きになってしまう。フェドクスのように、四六時中エミリエに引っついて離れない鬱陶しい男が、2人も増えるんだ。それは、嫌だよね?」
ただでさえ、フェドクスから異常なまでに向けられる愛に戸惑っているのに――。
2人も増えるなんて、想像するだけでもゾッとする。
今は、1人だからいいけど……。
さすがに2人は、手に負えないかな……。
『エミリエ』
己に強い執着心を抱くのは、幼馴染だけでいい。
私は何度も無言で頷くと、こちらの様子を窺っていた2人と合流した。
「君の帰る場所は、神殿なんかじゃない。僕たち、三英雄のいる場所だ」
殿下が改めて、「私がいるべき場所はどこなのか」を声に出して伝えてくれる。
「わざわざ、声に出すまでもない」
フェドクスはルドルフに嫉妬心を剥き出しにしながら、どこか不貞腐れたように同意し――。
「にこやかに、はっきりと口にできるあたりが大人の余裕を感じるよなぁ。オレと、同い年のくせに」
ガザンは普段通りの軽口を叩き、口元だけを綻ばせた。
まさしく三者三様の攻略対象たちの反応を楽しんでいると、3本の手を差し伸べられた。
「おいで」
「来いよ」
「こっちだ」
私が自由に動く手は、右腕の1本しかない。
この状況で誰か1人を選ぶなんて、あんまりだ。
だから――。
「よろしく、お願いします……!」
私は少しだけ手を前に出し、彼らが一斉に己の指先に触れる姿を目にして微笑んだ。
――いつかヒロインが三英雄の前に現れる、その日まで。
こうして私は、彼らと一緒にいる道を選んだ。




