ルドルフと2人
「やっと、2人きりになれたね」
「挨拶周り、ご苦労さまでした」
「ありがとう。君から労ってもらえるなんて、光栄だな……」
ルドルフは心底嬉しくて堪らないと言わんばかりに、ご機嫌な様子を見せている。
――みんなはどうして私なんかと、話をしたがるのだろう?
どこにでもいる地味女と言葉を交わしたって、得られるものはほとんどないだろうに……。
「狸と女狐が、君に喧嘩を売ってきたんだって?」
機嫌のいい殿下とは対象的に、気分を落ち込ませていた私は、彼の口から思わぬ単語が飛び出てきて驚いた。
あの2人をそんなふうに称する人が、自分以外に存在するとは思っていなかったからだ。
「やっぱり、我が国の貴族は腐敗が進んでいるみたいだ。魔王を倒したエミリエよりも、女狐のほうを正式な聖女だと思っている……」
だが、こうして彼女に嫌悪感を表す姿を見られて、ほっとした自分がいるのも確かだった。
私は本来であれば、死んでいる。
マリラさんは、この世界に存在しない。
同じ異物であるにも関わらず、彼女の称号に惑わされずに、こちらの味方をしてくれた。
「自らの名誉よりも、他者を思いやれる。心優しい聖女は、君以外には存在しないのに……」
私は、なんて幸福なのだろう?
そう思うと同時に、いつだって彼女のように攻略対象たちから非難の目を向けられる可能性があると考えたら、幸せを享受してばかりもいられなかった。
「エミリエがどれほど素晴らしい女性であるかは、僕たちだけが知っていればいいと思っていたけど……。人々から誤解され続ける限り、君は心ない言葉をみんなからぶつけられてしまうんだよね」
ルドルフの言う通りだ。
私はもっと、頑張らなくてはならない。
救済の聖女として頭角を表し、民の信頼を勝ち得なければ――どちらにせよ、表舞台から姿を消すことになる。
「僕たちは、君が傷つく姿を見たくない」
エミリエが死ぬという未来は、左半分を犠牲にして三英雄の欠損を肩代わりすることで、回避できた。
しかし、じこファンに登場するモブですらもないマリラさんに立ち向かう術など、見当もつかなかった。
「だから……。約束するよ。あのゴミどもを、始末する。君の名だけを、この国の聖女として轟かせてみせるって……」
「殿下……」
こうして殿下が手を差し伸べてくれたのは、喜ばしいことだと思う。
でも、二つ返事でそのありがたい申し出を受け入れる気にはなれなかった。
「本当に、いいのでしょうか。私のことを気にしている余裕などないほど、お忙しいはずでは……?」
「これくらい、どうってことないさ。僕は第二王子であると同時に、君を守る三英雄の1人だからね」
左目を失った効果は、絶大だ。
普通、己の傷を肩代わりされたくらいで、嫌っていた人間をここまで親切に扱うだろうか?
通常では考えられないような出来事が起きているのは、やはりここが乙女ゲームの世界だからと考えるべきだ。
「夜会が終わったら、神殿に戻らなきゃいけないと言っていたけど――」
主人公の都合がいいように、物事が進んでいく。
今はまだ、ヒロインに出会っていないからいい。
でも、いつかは必ず――。
攻略対象の隣で笑い合える唯一の女性は、私たちではなくお姉様になるだろう。
「安心して。君たちを、彼らに渡すつもりはないから。しばらく、3人で暮らそう」
忘れてはいけない。
この世界で一番の幸福を得るべきは、ヒロインだ。
つかの間の幸せは、マリラさんに邪魔をされなくたっていつかは必ず終わりを告げる。
「私たちと、殿下……ですか……?」
「他に誰がいるんだい?」
「ガザンは……」
「あいつはしばらく、領地に戻る予定だよ。弟と話し合うべきことが、山程あるんだって」
私はそれをよく理解しているから、攻略対象の前に彼女が姿を見せた時は、身を引くつもりでいた。
だけど……。
マリラさんはきっと、主人公が姿を表したら、自分と同じように排除しようと目論むだろう。
「そうですか……。寂しく、なりますね」
「そんなに、悲しい顔をしないで。どんなに長くても、離れる期間は3か月くらいじゃないかな」
長いような、短いような……。
そんな微妙な時間は、ヒロインの座を欲する悪しき聖女を叩きのめすまでの作戦を練るのに、もってこいだ。
「ガザンのいない間、僕たちが君を代わる代わる慈しむよ。うんざりするくらい、大切に……愛を、注ぎ込んであげる」
――主人公は必ず、私が守ってみせる。
そんな使命感に燃えていた私は、突如殿下から色っぽい声とともに口説かれていることに気づき、間抜け面を晒してしまった。
「ふふ。何を言っているのかさっぱり理解できない顔も、かわいいね」
「私をからかっても、面白くないですよ……?」
「それは君が、そう思いたいだけだよ」
「殿下……」
「僕は、楽しいよ。とっても、ね」
自分より身分が上の人間が口にした感情を否定する権利など、今の自分には存在しない。
「さぁ。夜会終わりの、ラストダンスが始まる時間だ」
私はその場にしゃがみ、こちらに向かって手を差し出す殿下の姿をじっと見つめるしかなかった。




