ガザンと2人
「ほら。ここに来てから、まともに食事すら取ってねぇだろ。思う存分、身体を休めて来いよ」
幼馴染はもう、私を奪い返す元気もないようだ。
ガザンから食事を促され、オロオロと視線をさまよわせ始めた。
――そんな姿を見てしまったら、背中を押さずにはいられないよね。
「お言葉に、甘えたら? 今まで付き合わせて、ごめんね」
「エミリエ……」
「美味しいご飯、たくさん食べてきて!」
フェドクスは渋々私から身体を離し、ふらふらと覚束ない足取りで、たくさんの料理が並べられたテーブルを目指した。
「2人きりで、話したいことでもありました?」
先程幼馴染に向かって室内へ戻るよう促したのは、かなり強引に思えてならない。
念の為問いかけて見たのだが、どうやら大した理由はなかったようだ。
「いや? なんも。ただ、久しぶりにエミリエ以外の女共と絡んだら――なんつーか、生気を吸い取られちまってさ。充電、させてくんねぇ?」
「私でよければ、喜んで」
「サンキュ」
ガザンは私を抱きしめる力を強め、夜空を見上げた。
さらりさらりと吹き抜ける風が、数々の試練を乗り越えて火照った身体を癒やしてくれる。
私たちの間には、短い沈黙が流れた。
一時はどうなることかと思ったけれど……。
やっぱり、みんなと一緒にいると落ち着くな……。
「夜会、楽しくねぇだろ」
「わかりますか?」
「おう。無理して、笑うなよ。めちゃくちゃ、痛々しいぜ」
マリラさんと司祭に、この場で連れ去られなくて本当によかった。
そう安堵していたところ、作り笑顔は不要だと怒られてしまった。
――彼は私と思考傾向が似ているから、声に出さなくても心の中で考えていることが手に取るようにわかるのだろう。
「祝いの場で、能面のような顔をしているわけにはいきませんから……」
「別に、いいんじゃねぇの」
ガザンは最近、私が言われて嬉しいと思う言葉を的確に伝えてくれる。
それがとても嬉しくて――。
「周りに愛嬌を振りまくのは、オレとルドルフがやる。あんたとフェドクスは、仏頂面で棒立ちしとけ」
「本当に、いいのですか?」
「救済の聖女は、癒やしの聖女によく似て、清らかな心を持つ人だ――だとか、比べられたくねぇだろ?」
フェドクス以外にも、気張らずに接せる人が増えたような気がして、心が軽くなるのを感じる。
「着飾らず、ありのままを見せるあんたを馬鹿にするような輩は、オレたちが全員ぶっ潰してやる」
「ありがとう、ございます……」
「どういたしまして」
心の底からの笑みを浮かべて和んだところで、ガザンはガサゴソと懐から拳銃を取り出し、こちらへ差し出してきた。
――彼は一体、ここをどこだと思っているんだろう。
貴族が集まる夜会で銃を取り出すなんて、反逆を疑われる可能性がかなり高い。
それに――これまで一度も扱ったことのない武器を渡されたって、使いこなせるはずがなかった。
私は慌てて、断固拒否する。
「これ、渡しとく」
「う、受け取れません……!」
「なんでだよ」
「練習もせずにいきなり本番なんて、絶対に無理です!」
「何、言ってんだ?」
「実弾が、入っているのでは……?」
だが、どうにも話が噛み合わない。
こちらがぽかんと口を開けて問いかけたところ、ガザンは大笑いをしたあと、この銃の使い道を説明してくれる。
「さすがに、そりゃ無理だろ。これは空に向かって発砲し、助けを求めるためのもんだ」
「な、なんて勘違いを……!」
「これなら、鈍臭いあんたが武器を奪われても、命を落とす必要はねぇからな」
先程の発言は、銃が人を傷つけるためだけにあると、思っているようなものだ。
私は穴があったら入りたい気分でいっぱいになる。
だが――。
ここには隠れる場所など、どこにもない。
「用心するに越したことは、ねぇだろ? フェドクスも、四六時中あんたと一緒にいられるわけじゃねぇし」
「はい。ありがとう、ございます……」
「片腕だけじゃ、仕舞えねぇだろ? オレが代わりに、入れてやるよ」
こちらが渋々手渡された銃を受け取ろうとしたところ、ガザンが私の胸元へと強引に武器を押し込み始めた。
「そこまで、していただくわけには……」
「遠慮すんなって」
――随分と、距離が近い。
どちらかがその気になれば、いつでも口づけができてしまいそうなほどに……。
本来であれば、こんなに密着する必要はないはずだ。
きっと、わざとやっているのだろう。
あるいは、私に執着するフェドクスに張り合っているのか――。
「つまんねぇな」
行動の意図を探っていたところ、忌々しげに吐き捨てられた声が聞こえてきて驚いた。
自分に言われていると勘違いして、身構えてしまったのだ。
「ああ……。あんたと話していることじゃなくて、このくだらねぇ夜会の話だ」
ガザンはこちらの反応を目にして、申し訳なさそうに先程声を発した理由を説明してくれる。
表向きは女好きで社交的な辺境伯というのは、どうやら、彼が必死に作り上げてきた虚像だったようだ。
「どいつもこいつも、張りつけた笑みを浮かべて、三英雄に取り入ろうと必死になってやがる」
「ガザン……」
「貴族って、めんどくせぇ……」
うんざりとした様子でどこか遠くを見つめるガザンには、じこファンで語られなかった苦悩があるのだろう。
その鱗片をこうして打ち明けてもらっただけでも、よしとしなければならない。
――ヒロインと攻略対象の恋愛成就を願うのなら、ここは何事もなかったかのように聞き流すべきだ。
でも……。
今にも泣き出してしまいそうなほどにうんざりとする姿を目にしたら、放っておけなかった。
「あなたも、ここから逃げ出したいのですか?」
「おう。あんたと、一緒だ」
「お揃いですね」
聖女として、つねに清廉潔白であれ。
辺境伯として、責任ある行動を心がけよ。
私たちは立場も職種も異なるが、似通ったことを言われ続けてきた。
苦しくてつらいと、簡単に言い出せない性格をしているせいか。
一度声に出して己の弱さを認めてしまったら、立ち直るまでは時間がかかった。
「なぁ。エミリエ。オレが……」
「ずるいなぁ。1人だけ、抜け駆けなんて」
「ルドルフ」
だから、こうやって邪魔されるのを酷く嫌う。
ガザンは慌てて仮面を被り直し、普段の調子を取り戻した。
「マジかよ。せっかく、いいところだったのに」
「感謝してほしいな。あのまま続きを発していたら、殺されてたよ」
「おー、怖ぇ」
殿下は少し離れたところから骨つき肉をむしゃむしゃと喰らい、ジト目でこちらを見つめてくるフェドクスに視線を移す。
ハイライトの消えた瞳には嫉妬の炎が燃え上がっており、夢に出てきそうなほどに恐ろしい。
「そろそろ、夜会も終わりに近づいている。最後のひと仕上げに、行っておいで」
「あんたは、いいのかよ」
「僕はこうなるのを見越して、前半必死に愛嬌を振り撒いてきたんだ。もう、挨拶するような人間は残ってないよ」
「ちゃっかりしてんなぁ」
ガザンはケラケラと笑い飛ばすと、私をバルコニーへと下ろしてくれる。
私が柵に掴まってしっかりと立ったのを確認した彼は、ぐるぐると両手を伸ばしてストレッチをしたあと、ひらひらと手を振った。
「フェドクスと、話してくるわ。今回の件で、よくわかった。あいつは、1人にしたらまずいタイプだってな」
「ご迷惑をおかけし、申し訳ございません……」
「気にすんな。あとで借りは、きっちり返してもらうからよ」
こうして次々とツーショットの相手が変わっていく光景は、まるで自分が回転寿司のネタになったかのようでどうにも落ち着かない。
なんとも言えぬ居心地の悪さを感じていると、こちらを安心させるかのように、優しい笑みを浮かべた殿下から話しかけられた。




