宣戦布告
「エミリエ!」
――いけない。
私が思考を巡らせている間、フェドクスが腰元の剣を引き抜いてマリラと交戦を試みている。
自分を抱きかかえたまま、片手で戦うなんて無茶苦茶だ。
私は慌てて、サキュバスから奪った異能を使った。
――自動人形。
これは他者の意識を奪ったり、無機物を無理やり操る魔法だ。
この異能を使えば、彼女の手からナイフを床へ落とし、こちらへ凶器を蹴り転がすくらいお手の物だった。
「な……っ」
突如、殺意をこちらに向けていたはずのマリラが、不思議な行動に出たのだ。
当然臨戦態勢に入ったフェドクスは戸惑い、剣先を彼女の首元に突きつけて止まった。
――長々と、マリラを操ればボロが出てしまう。
私が窃盗に目覚めて3つの異能を奪い取ったことは、フェドクスにすらも打ち明けられていないのだから……。
「ひ……っ」
こちらが魔法を解除した直後、大きく息を吸って叫び出すために準備を進めていたマリラさんの顔色が引き攣った。
まさか、フェドクスから喉元に剣を突きつけられるなど、思いもしなかったのだろう。
青ざめたり赤くなったりと、忙しない様子を見せたのち――。
「この、無礼者! 聖騎士でありながら、聖女の首元へ剣を突きつけるなんて! どうかしているわ!」
フェドクスに向かって、鬼の形相で激怒した。
どうやら、自らの髪を切って私に冤罪をふっかける路線は諦めたようだ。
――ナイフが手元にない以上、計画通りに事を進めるのは無理がある。
作戦変更は当然だが、これはこれで面倒だ。
何せ――。
「俺のエミリエを傷つけるために、ナイフを取り出した。貴様は、万死に値する」
「違うわ! 私は自分の髪を、切ろうとしただけ!」
「一体、なんのために」
「決まっているじゃない! その女に、濡れ衣を着せるためよ!」
彼女が口を開くたびに、幼馴染の機嫌が急降下するからだ。
マリラさんが彼の誘導尋問によって、悪巧みを洗いざらい吐き出した直後、フェドクスは癒やし聖女を完全に「消滅させるべき敵」として認定した。
「エミリエを、罪人に仕立て上げようとしたのか」
「あ……! ち、違う……! あ、あたしは……!」
フェドクスは敵と認定した相手に、容赦ない。
鋭い眼光で睨みつけられて命の危機を悟ったマリラさんは、声を震わせて怯え始めた。
これで少しは、大人しくなってくれるといいんだけど……。
そんなこちらの思惑通りには、残念ながらいかないようだ。
「何事ですかな? 騒々しい」
「司祭様!」
騒ぎを聞きつけてやってきたのは、顔も見たくない男性。
神殿のトップに君臨する、司祭だった。
マリラさんは慌てて後方に下がり、命からがら彼に助けを求める。
「酷いのよ! フェドクスが、私を殺そうとしたの!」
「おやおや……。聖騎士ともあろうお方が、なんと野蛮な……」
慈愛に満ちた表情を浮かべる男性は、こちらを興味深そうに見つめた。
――ここで2人揃って無視をするのは、よくないだろう。
私は渋々、幼馴染に抱かれたまま挨拶をした。
「ご無沙汰しております」
「まさか、再び相見えるとは思いませんでした。聖女エミリエ。いえ……救済の聖女とお呼びしたほうが、よろしかったですかな?」
「いえ……。その呼び名は、殿下や陛下のご厚意によって、得た称号ですので……」
「そうですか。相変わらず、あなたはあまり自己主張をしない方のようですね」
狸と狐の化かし合いとは、よく言ったものだ。
私たちは本音を心の奥底に隠しながら、思ってもみない言葉をポンポンと口に出す。
このままのらりくらりと会話を続け、何事もなかったかのように別れるのが理想ではあったのだが――。
「しかし――。私の目が届かぬところで、このような騒ぎを起こされては困るのですよ」
「申し訳、ございません……」
「お二人はいわば、神殿の光と闇。よりよい発展のために、力を合わせて切磋琢磨していかなくてはなりません」
残念ながら、こちらの思惑通りにはいかなかった。
司祭は含みのある笑みを浮かべ、ポツリと呟く。
「そう――昔のように、ね」
彼は救済の聖女と呼ばれるようになった私が、これまでと同じ人生を歩み続けることを望んでいる。
司祭の言いたいことは、マリラさんと完全に一致していた。
「聖女エミリエ。神殿に戻ったあとも、癒しの聖女マリラと同じかそれ以上の活躍を期待しておりますよ」
――調子に乗るな、か。
黙って自分たちに従っていればいいんだと豪語するその傲慢なところが嫌われる原因だと、なぜ気づけないのだろうか?
やはり彼らは、野放しにはできない。
私たちの手で、決着をつけなければ……。
「今に、見てなさい……! 神殿に戻ってきたら、今まで以上にビシバシと指導してやるんだから……!」
彼はこちらに向かって呪詛を吐き出すマリラを伴い、去っていく。
――やっぱり、あそこは危険だ。
できれば、戻りたくないな。
そんな私の気持ちを読み取った幼馴染は、思いがけない言葉を口にした。
「エミリエが望むのなら、俺はどこへでも行ける」
「フェドクス……」
このままバルコニーから2人で身を乗り出せば、行方を眩ませるのは簡単だ。
ただし、フェドクスには多大な迷惑をかけることになるだろう。
それに――。
幼馴染がヒロインと出会う機会が失われてしまう。
それだけは、絶対に駄目だ。
どうにかして、逃げる以外に神殿へ帰らずに済む方法を見つけなくてはならない。
「あのね。私は……」
「何、オレたちのいないところで、めちゃくちゃいいムードになってんだよ?」
「ガザン……」
「逃がすわけ、ねぇだろ」
2人に別れを告げぬまま、ここから抜け出すのは止めよう。
そう提案しかけた時、フェドクスの肩を掴むものが現れた。
それは、目が笑っていないガザンだった。
「邪魔を、するな」
「おお、怖ぇ~。オレたちは、エミリエを守護する仲間だってのに……」
フェドクスとガザンは、目を合わせてバチバチと火花を散らす。
――このまま戦いに発展したら、どうしよう。
オロオロと視線をさまよわせて困っていると、そんなこちらの姿を目にした辺境伯が、意外な提案をした。
「あいつ。聖女なんて呼ばれる器じゃねぇな。オレが、籠絡してきてやろうか?」
「ガザンが、身体を張る必要はありません」
「ほんと、頑固だよなぁ。もっと、肩の力を抜いて生きようぜ?」
「触るな」
ガザンの右手が、私の方へと伸びてくる。
マリラさんとの言い争いを終えたばかりのフェドクスは、苛立っているところだ。
こちらへ触れ合うことをよしとするはずもなく、辺境伯の手を引っ叩いた。
「そう、カリカリすんなって。エミリエが心配してんぞ?」
普通だったらここで、険悪な雰囲気になってもおかしくない。
しかし、何事もなかったかのりょうに両手を上げて「危害を加えるつもりはなかった」と主張するあたりが彼らしい。
フェドクスは次々とやってくる私を加害する敵と交戦し、疲労の色を隠せずにため息を溢す。
「疲れた……」
「だったら、俺が代わってやるよ」
「わ……っ」
そんな彼の姿を目にした辺境伯は、これ幸いとばかりに私を抱き上げた。




