ピンクダイヤモンドの聖女(2)
――この場には、フェドクスがいる。
できれば、こんなふうに私を笑い者にしないでほしいんだけどな……。
沸点の低い幼馴染は、その気になればいつだって彼女に襲いかかれる。
現段階でぐっと堪えているのは、私がそれを望まないからだ。
「魔王を倒した褒美に、救済の聖女と呼ばれるようになったんですって?」
「陛下の、ご厚意です」
「あなたって、本当に皮の面が厚いのね! 神殿の恥だわ。同じ聖女として、あなたを同胞だとすらも思いたくもない……」
「だから、神官に頼んで私を亡き者にしようと目論んだのですか」
「私は聖なる心を持つ、清らかな女性よ? そんな恐ろしい計画を、企てるはずがないでしょう?」
こちらが顔を上げて探るような視線を向けても、彼女は自信満々に声を発し続ける。
マリラさんは、どうしてこんなにも傲慢に振る舞えるのだろう?
相手の行動原理に戸惑っていると、こちらの弱みを握ったと言わんばかりに思いがけぬ発言が飛び出した。
「癒やしの聖女と呼ばれ、みんなから慕われる私を殺人未遂犯呼ばわりするなんて……。あなた、そう遠くない未来に天罰が下るわよ?」
私は彼女に暴力を振るったこともなければ、暴言を口にした覚えもない天罰が下るのは、彼女の方だと言うのに……。
よくもまぁ、こんなふうに威張れるものだと感心するしかない。
「殿下と辺境伯を味方につけて、調子に乗っていられるのも今のうちなんだから!」
「それは、私に対する加害予告と受け取っても、よろしいのでしょうか」
「好きにすれば?」
マリラさんはどれほど揺さぶりをかけてもボロを出さない私に痺れを切らしたようだ。
苛立ちを隠しきれない様子で、吐き捨てた後、ようやく空気扱いしていた幼馴染へ視線を移す。
「それより……。いつまで、フェドクスと引っついてるの? いい加減、離れたらどう? 彼は、あなたの奴隷じゃない。聖騎士団長として私を守護する存在なのに……」
「フェドクスには、己がどんな未来を歩むか決める権利があります」
「あなたの手足となってこき使われることを、望んでいるとでも?」
フェドクスはこくりと無言で頷き、彼女の言葉が正しいと行動で示す。
彼女はどれほど彼を欲しても手に入らないのが、よほど悔しかったのだろう。
声を荒らげ、「そんなはずはない」と主張する。
「ありえないわ! 聖騎士団長は、司祭と聖女の次に偉いのよ? そんな地位を捨ててまで、こんな石ころを守る価値はないわ!」
――こんな騒ぎを起こしたところで、フェドクスが彼女を好きになることはないのに……。
私を抱き上げる幼馴染の腕に、力が籠もる。
そろそろ、我慢の限界が訪れたようだ。
こちらも、反撃に出るべきだろう。
「あなたは、フェドクスに守られる価値があると仰るのですね」
「もちろん! だって私は、ピンクダイアモンドだもの!」
軽いジャブを打ったところ、彼女は嬉々として語り出す。
己がどれほど他者から賞賛されるべき人間なのかどうかを――。
「穢れを知らず、闇を浄化し、人々の傷を癒やし、愛くるしい容姿で魅了する! それが私。マリラよ!」
マリラさんは自身が輝くためなら、他人がどうなろうと知ったことではないと考えるタイプだ。
だから、こんなふうに堂々と宣言できるのだろう。
「この国に、聖女は2人もいらない。歴史に名を残すのは、私だけでいいの」
――自らをピンクダイヤモンドと称する人なんて、初めて見た……。
私は若干引きつつ、威張る彼女の姿を観察し続けた。
「ねぇ。いつまで、フェドクスを独り占めしているつもり? 早く、死んで。私に、ちょうだい?」
マリラさんは、遠回しに言っても伝わらないと悟ったのだろう。
ついに、言葉のナイフをチラつかせてきた。
――抗う力を持たぬいつもの私なら、文句も言わずに許しを請うていただろう。
でも、今は違う。
その気になればいくらだって、身を守れるのだ。
――戦わなくちゃ。
たとえどれほど、酷い目に遭うことになったとしても……。
「――フェドクスは、あなたの都合がいいように動く所有物ではありません」
「知ってるよ? だから、解放してあげるべきだって言ってるんじゃない。それの、何が悪いの?」
私は極力冷静に、声を発した。
しかし、マリラさんはまったく悪びれる様子がない。
そんな彼女の姿をともに観察していたフェドクスも、これ以上ここにいても無意味だと悟ったらしい。
「時間の無駄だ」
「そうだね……。彼女とは、どれほど話を続けても意味がないみたい」
私は幼馴染の言葉に頷き、彼女へ冷たい視線を向けた。
「残念です」
「なんで、私が融通の利かない人みたいな扱いを受けるの!? 間違ったことなんて、言ってないのに!」
マリラさんは、まさか自分がこんなふうに反抗心を剥き出しにしてくるなど思いもしなかったのだろう。
先程までの余裕たっぷりな表情をどこかに捨て去り、般若のように恐ろしい形相で牙を剥く。
――普段の私なら、それが恐ろしくて堪らなかった。
でも、今は……。
フェドクスが、一緒にいてくれる。
だからきっと、何があっても大丈夫だ。
「あなたは私の死を望みました。しかしこちらは、黙って殺される気などありません」
これ以上見下されぬよう、険しい表情とともに彼女と対峙した。
「ふん。魔王討伐の場に偶然居合わせた、無能のくせに! 身体も不自由なあなたに、何ができるの?」
「無能には、無能の戦い方があります。これから私の人生かけて、お見せしましょう」
「ふぅん。あなたは、デザートは最後にとっておくタイプなんだ?」
しかし――。
こちらの宣言は、彼女からしてみれば負け犬の遠吠えにしか聞こえなかったのだろう。
「でも、残念。私は、楽しみなものほどさっさと食べてしまいたいタイプなの……!」
マリラが懐から折り畳みナイフを取り出した瞬間、彼女が何をしようとしているかをすぐに理解できた。
――これは伝説の、カッターキャー……!
いじめっ子が自らの髪を切ったあとにナイフを床へ投げ捨て、いじめられっ子に切られたと泣き縋り、意中の相手を虜にするという幼稚な手法……!
こうした手法が前世で読んだ恋愛小説に、何度も登場していたのだ。
一部界隈だけでしか言い伝えられていない手法だったため、まさか間近で目撃するなど、思いもしなかった。
――前世の記憶を持たない人間が偶然、こうした行動に売って出たと考えるのは微妙なところだ。
――彼女はじこファンの登場人物ではないのに、初めて出会った時から私を排除しようと目論んでいた。
つまり……。
この子も私と同じ転生者の可能性が高い。




