ピンクダイヤモンドの聖女(1)
「私は、反対です」
確かに、マリラさんは私からしてみれば悪人だ。
正直、好きにはなれそうにない。
だけど――。
彼女を敬愛する国民たちが、同じ気持ちとは限らない。
「彼女は、私がみなさんと旅をしている間――人々の傷を癒やし、国民達の信頼を勝ち取りました。あの子を悪者呼ばわりしたら、民の反発が起こるかもしれません……」
「また、自分だけが犠牲になればいいとでも思ってんじゃねぇだろうな?」
「そのほうが、被害は最小限で済みますから」
私が我慢すれば、すべて丸く収まるとわかっているのに、なぜ他の方法を選び取らなければならないのだろう?
それが理解できずに自らの意思を伝えたところ、何か言いたげな視線を向けるガザンよりも先に、ルドルフが口を開く。
「君は、命を狙われているんだよ」
「わかっています」
「うんん。その自覚が足りないかな。今回は僕たちが一緒にいたから、危険な目に遭わずに済んだ。でも……1人になったら?」
殿下は左半分が不自由になってしまった私を、心配しているのだ。
だからこそ、こうして厳しい言葉を投げかけてくる。
――これまでの自分は、暴力に抗えなかった。
フェドクスが迎えに来てくれるまで、黙って耐えるしかなかったけれど――。
今は、違う。
「僕たちが望むのは、君が怯えずに暮らさなくても済む未来だ。お願いだから、自分の命を粗末に扱わないで」
「私はみなさんに迷惑をかけてまで、生きたいとは思いません……」
「神殿の奴らに罵倒されても反撃せず、命を狙われても無抵抗で死なれるほうが、よっぽど迷惑だよ」
窃盗の力に目覚めたおかげで、私には身を守る術を手に入れた。
他者を加害する力はないが、理不尽な暴力に怯える必要はなくなった。
これからは、彼らに迷惑をかけずに済む。
そう、思っていたのに――。
ルドルフは、私が自分の力だけで独り立ちしようと目論むのを、許してはくれなかった。
「殿下……」
「僕たちじゃ、頼りにならないかい?」
「いいえ……!」
「よかった。信じられるのはフェドクスだけだと言われたら、どうしようかと思ったよ」
殿下は人当たりのいい笑みを浮かべたあと、こちらへ手を差し伸べてくる。
「戦おう。一緒に。君を馬鹿にしてきた奴らを、見返すために」
私は恐る恐るその手を取り、小さく頷いた。
「そんで? なんか、いい作戦は思いついたか?」
「……まずは、あちらの出方を窺うべきだと思います……」
「さっさとぶっ叩いといたほうが、いいんじゃねぇの?」
フェドクスの視線が、頭部に突き刺さっている。
いつまでも手を握っているつもりだと言わんばかりの圧力を受け、私たちは繋いだ手を離し、「くだらない話し合いをする暇があるならさっさと敵を倒そうぜ」とやる気を見せる辺境伯の説得にかかる。
「話し合いで解決できるに、越したことはありませんから……」
「どう考えても、無理だろ」
だが、その反応は乏しくない。
「力で屈服させたほうがマシだろ」と言う気持ちを変化させるのは、今の自分には難しいようだ。
これからどうしようかと頭を悩ませていたところ、殿下から助け舟が出る。
「エミリエがどうしてもって言うなら、仕方ないよね」
「まーな。オレたちのやることは、変わんねぇからな」
「必ず、守ってみせる。何があっても、絶対に」
「ありがとう、ございます……。私は、幸せものですね」
私は彼らの言葉をありがたく受け止め、口元を綻ばせた。
「そんじゃあ、行くとしますかね」
「ああ」
「戦場へ」
三英雄を味方につけることに成功したのならば、あとは目の前に立ち塞がる敵だけを見据えればいい。
――マリラさんを敬愛する人々に感じた、禍々しい気配。
あれは、魅了魔法に近かった。
彼女は攻略対象たちに執着しているし、面と向かって顔を合わせるのは危険かもしれない。
それでも――。
1人でパーティーに出席するわけには、いかないから。
マリラさんと敵対することになっても、叶わない。
今度は私が、みんなを守るんだ……!
そう決心し、彼らと一緒に客間をあとにした。
*
「第二王子ルドルフ様、ラムロンツ辺境伯様、聖騎士フェドクス・ブライト様、救済の聖女エミリエ様のお越しです!」
声高らかに私たちの訪れを告げる使用人の声とともに、大ホールに繋がる扉が勢いよく開け放たれた。
すでに入場を終えていた貴族たちの視線が、一斉にこちらへ集中する。
「まぁ。ついに、三英雄のお越しだわ」
「聖女様は、聖騎士様からエスコートを受けていらっしゃるのね」
「殿下と辺境伯、相変わらず仲がよろしいようで何よりですわ」
貴族たちが口にする噂話は、今のところ好意的なようだ。
だが、いつ不快な発言に変わるかわかったものではない。
――あんまり、気にしないようにしよう……。
私を抱きかかえて移動するフェドクスも、どことなく、緊張していた。
腕に込められた力が少しでも弱まりますようにと願いながら、口元を綻ばせて気丈に振る舞う。
「殿下。よろしいでしょうか」
「ごめんね。少し、出てくるよ。みんなは夜会を楽しんで」
それから、どのくらいの時間が経過しただろうか。
顔馴染みの男性に呼ばれた殿下が離脱した瞬間を見計らい、こちらの様子を窺っていたご令嬢たちが辺境伯に群がってきた。
「ガザン様! 魔王討伐、おめでとうございます!」
「どうも。あなたのようなレディに褒めて頂けるなんて、光栄です」
辺境伯は女遊びを止めたはずなのに、話しかけてきた女性の手の甲へ口づけた。
淑女は満面の笑みを浮かべて喜びながら、その様子を観察していた私を睨みつけてくる。
『苦労してガザンに見初められたんだから、邪魔しないで』
そんなふうに、言われているみたい……。
私は幼馴染と目線で言葉を交わし合い、彼らから距離を取った。
ここに居続けても、余計な怨みを買うだけだと悟ったからだ。
そうして、やってきたのは――。
人気のない、バルコニーだった。
――神殿の人たちにとって、ルドルフとガザンは邪魔でしかない。
2人きりになれば、必ず現れるはずだ。
一生、彼らがここへ姿を見せなければいいのに。
私は叶わない願いを抱きながら、フェドクスと静かに待ち続ける。
――そうして、ついにその時がやってきた。
「あーら? 誰かと思えば! 神殿を這いずり回る、ドブネズミじゃない!」
姿を見せて早々、勝ち誇った笑みを浮かべたマリラさんは、私を小馬鹿にした。
「見違えたわ。磨けば光るダイアモンドの原石って、あなたみたいな人のことを言うのかしら?」
――3年経っても憎しみが消えずに嫌味を言ってくるなんて、ものすごい執念だ。
彼女はどうして、これほどまでに己を嫌悪するのだろう?
それを理解できぬまま、私は何事もなかったかのように頭を下げた。
「ご無沙汰しております」
「ああ。でも……。あなたはどんなに磨いても、石ころにしかなれずに捨てられたんだったわね。あはは!」
彼女は私が頭を下げる姿を目にして、満足したらしい。
声高らかに、嘲笑を続けた。




