時を戻して、左目の視力を失ったあと
頭がズキズキと痛むのは、これまで経験してきた出来事を夢の中で回想していたせいだろうか?
――なんだか、気分があんまりよくないなぁ……。
私はゆっくりと右目を開き、意識を覚醒する。
真っ先に飛び込んできたのは、見慣れぬ天井だった。
どうやら意識を失ったあと、フェドクスが寝台のある部屋へ運び込んでくれたらしい。
私は状況を把握するために目線だけを動かし、室内にいるであろうフェドクスの姿を探したのだが――。
そこで、衝撃的な事実を知る。
「殿下……?」
ベッドサイドの近くに置かれていた丸椅子に腰を下ろしていたのは、意気消沈した様子を隠せぬルドルフだったのだ。
彼はこちらの指先に大きな手を重ね合わせ、微動だにしない。
どうやら、私が目覚めたことに気づいていないらしい。
――いつも笑顔の、彼らしくないな……。
これも、無理やり原作のシナリオを変更したせい……?
私は彼に罵倒される覚悟で、恐る恐る問いかけた。
「左目……ちゃんと、見えていますか?」
殿下はこちらの姿を確認し、銀と銅のオッドアイを優しく和らげた。
今にも泣き出しそうな表情を浮かべたあとに指先に触れる力を強めたあたり、敵意は一切感じられない。
「ああ……。君の、おかげで……」
「よかった……」
どうやら私の行いは、殿下にとってありがた迷惑ではなかったようだ。
――彼の力になれて、本当によかった。
そうほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間。
なぜか殿下は眉頭を釣り上げ、突如激昂し始めた。
「どうして、あんなことをしたんだ!?」
先程まで見せていた菩薩のような穏やかな表情と、あまりにも落差が激しすぎる。
――ここで戸惑ったら、つけ入る隙を与えてしまうよね……。
ここは心を鬼にして、自分の言いたいことをピシャリと言い放つべきだ。
そういうのは、苦手だけど……。
マリラさんを見習って、頑張ろう。
私は大きく息を吸い込み、はっきりとした口調で告げた。
「殿下がみんなに、必要とされているからです」
「僕が特別な人間だから、守ったとでも言うのか……!?」
「はい」
無能の私と、未来視の加護を持って産まれた殿下。
どちらを優先するべきかなど、火を見るよりも明らかだ。
しかし――。
この回答は、彼の劣等感を刺激するにはもってこいだったらしい。
殿下は悔しさを滲ませながら、吐き捨てた。
「兄上に比べたら、僕はどうでもいい人間だ。目が見えなくなったって、未来が見えなくなったって、構わなかった!」
「強がる必要など、ありません」
「君に一体、僕の何がわかる……!」
ルドルフの置かれている境遇は、じこファンをプレイしていたおかげでほぼ把握済みだ。
国王夫妻は、王太子を溺愛。
第二王子である殿下は、兄のスペアとして扱われた。
どんなに優秀な成績を収めても、褒めてすらもらえない。
信頼できるのが幼馴染のガザンしかいない環境で暮らすのは、つらいものがあったのだろう。
つねに微笑みを絶やさず好青年の仮面を被る彼の性格は、ルドルフが物心つく前からひん曲がってしまった。
「無能と蔑んできた聖女に庇われ、同情されているんだぞ!? これが屈辱でなければ、なんだと言うんだ!」
「申し訳、ありません…………」
「心の底からそう思っているのなら、君が引き取った左目の傷を僕に戻してくれ」
「それは、できません」
「嘘をつくな!」
一度本性を表してしまった以上、取り繕う必要はないと考えたのだろう。
彼は痛いくらいに繋いだ指先を握りしめ、「僕の言う通りにしろ」と凄む。
「やろうと思えば、できるだろう!?」
「それでは、意味がないのです」
「僕に一生、惨めな気持ちのままでいろと言うのか!? 大嫌いな人間に守られたなんて……。父上に知られたら、どう思われるか……」
殿下の怒りは、静まるどころかどんどんと強まっている。
このまま2人きりでいたら、いつ暴力を振るわれるかわかったものではなかった。
――この場にいるのがヒロインならきっと、持ち前の明るさで弱った彼の心を掬い上げるのだろう。
だけど、私は彼女とは真逆の性格をした人間だ。
気の利いたことを言えない代わりに、誠意を払って接するしかなかった。
「殿下が気に病む必要は、ありません。これも、私の役目なのです。あなたが魔王を討伐するため、未来を見るのと同じように……」
「適材適所とでも、言うのかい!?」
私はコクリと頷き、彼の言葉に同意を示した。
これまで散々「無能聖女」と私を罵ってきたくせに、いざこちらが有能なところを見せつけた途端、怒鳴りつけてくるなんてあんまりだ。
「誰かが一生消えない傷を負ったら、さっきみたいに肩代わりをするつもり……?」
「命が続く限りは、その予定です」
だけど……。
口論を続けるうちに、殿下もようやくこちらの主張を聞く余裕ができたようだ。
烈火の如く怒鳴り散らしていたのが嘘のように呆然とした表情を見せたあと、ポツリと呟く。
「何を、言っているんだ……?」
「私がみなさんにできる唯一のことは、健康な身体を差し出すことくらいですから……」
もしかすると、「これは仕方のないことだ」と言わんばかりに眉を伏せたのがよくなかったのかもしれない。
殿下は再び、怒声を響かせた。
「誰が僕たちのために、犠牲になれといった!?」
「私が、決めました」
「もう二度と、しないでくれ」
「お約束できません」
「僕の命令が、聞けないのか!?」
職権乱用、パワハラ――。
そんな言葉が、浮かんでは消えていく。
こんなに激怒して、大丈夫なのだろうか?
血管が切れてしまうのではないかと、心配になる。
さすがに面と向かってそんな話をする気にもなれず、冷静な対応を貫き続けた。
「本当の意味で、無能になどなりたくないのです」
「だからって……! あまりにも、君の負担が多すぎる!」
「心配して、くださるのですか?」
「あ、当たり前だろう!? 視力を犠牲に僕の傷を直してくれた聖女へ敵意をぶつけるほど、薄情じゃない!」
殿下は私から「性根の腐った人間扱い」されたのがショックで仕方ないようだ。
先程までとは違った怒りを露わにしたあと、肩の力を抜いた。
どうやら、激昂し過ぎて疲れてしまったらしい。
そろそろ、説教タイムも終わりかな……。
私は口元を綻ばせて、作り笑顔を浮かべた。




