謁見(2)
「息子の願いは、余も叶えてやりたい。しかし、彼女は神殿に属する聖女だ。私の一存では叶えられぬ。まずは、そなたらの勝利を讃えようではないか」
国王は口元を綻ばせて不敵な身を浮かべると、攻略対象の名を順番に呼び始めた。
「我が息子ルドルフ・ヴェシェット、ラムロンツ辺境伯、ガザン。そして、聖騎士フェドクス」
名前を呼ばれたガザンは、膝をつくルドルフの隣へ歩みを進め、同じように身を屈める。
しかし、フェドクスは私から身体を離したら、1人で立てないとわかっていたからだろう。
彼はその場で私を抱き上げ、しゃがんだ。
「フェドクス……!」
私はどうにかして、彼をガザンの隣まで向かわせようとした。
だが、それは無意味だった。
彼は、己を抱きしめる力を強める。
――もう……。
首を切られても文句を言えない状況だって、わかってるのかな……?
私はなんとも言えない気持ちでいっぱいになりながら、フェドクスの胸元にしがみついた。
「聖騎士フェドクス。貴殿は平民でありながら、余の息子と辺境伯らと肩を並べて勝利を収めた。この功績を讃え、英雄伯と、家名を与えよう」
「はぁ……」
「余の国を明るく照らす、光となれ。フェドクス・ブライトよ」
陛下は勲章を与えるのに邪魔な私をいないものとして扱い、じこファンで描写された通りに幼馴染へ爵位と家名を授けた。
――よかった。
これでもう、彼が平民と馬鹿にされることはない。
地位や名誉に一切興味のない本人が、どうでもよさそうに気の抜けた返事をしていたのは気がかりだったが――それは謁見が終わったあとに、苦言を呈すればいいだけの話だ。
「これより、そなたらはリジェンタス王国の三英雄だ!」
陛下が高らかに宣言する声に合わせて、謁見の間に控えていた王立騎士団の面々がパチパチと手を合わせて拍手し、彼らの勝利をたたえる。
原作ではここで描写が終わるはずだったが、話はまだまだ終わりそうにない。
「僕たちを英雄に仕立て上げたくせに、エミリエには無能聖女のままでいろと言うのですか」
「そう、怒るでない。これは、仕方のないことなのだ。我が王国にはすでに、聖女と呼ばれる女性が存在するのでな……」
ルドルフが「納得できない」と引き続き異を唱えたところ、マリラさんの話が出てきた。
――これも、私が生き残ってしまった弊害なのだろうか?
でも、原作には私が命を落としたあと、新たな聖女が生まれたなんて記載はなかったはずだ。
一体、何が起きているのだろう……?
「エミリエは、三英雄と呼ばれる僕達とともに旅を続けた仲間です。彼女だけがなんの賞賛も得られずに汚名を着せられたままなど、到底納得できるものではありません」
ルドルフが淡々と抗議を続ける中、三英雄と呼ばれるのに不快感を露わにするものが現れた。
「――エミリエがこのまま除け者にされるのであれば、俺は英雄の称号を辞退する」
それが、フェドクスだった。
彼の宣言を受けた直後は、誰もが「何を言っているんだ」と言わんばかりの表情で驚いていた。
陛下から爵位や家名まで受け取っておいて、辞退するなどありえないからだ。
しかし――。
すぐに彼のブレない反応に触発され、似たような宣言をするものが現れる。
「その話、オレも乗った!」
「英雄と呼ばれるよりも、その女のほうが大事とでも言うのか?」
「エミリエは、俺のすべてだ」
「仲間を1人だけハブって英雄なんざ呼ばれたって、嬉しくないんでね」
初めて出会った時に、人一倍嫌悪感をこちらに向けていたガザンと、本当に同一人物なのだろうか?
人当たりのいい笑みを浮かべて豪語する辺境伯の反応とフェドクスの姿を交互に確認した陛下は、2人が本気で言っていると読み取ったようだ。
深く考え込む動作をしたあと、ポツリと呟いた。
「ふむ……。では、マリラを癒やしの聖女、エミリエを救済の聖女と区別をするしかないか……」
神殿には聖女と呼ばれる職種の女性たちが数え切れないほど存在するが、生まれ持った異能と関連づけた二つ名とともに賞賛を受けるのは1人だけだという暗黙の了解があった。
誰もが羨み、崇め奉る。
司祭と肩を並べることが許される、唯一の存在。
聖女ならば誰もが喉から手が欲しがる地位を、無能と呼ばれて虐げられていた私が、ある日突然得る。
そんなことになれば、いくら国王の命令であったとしても、受け入れられない人が出てくるはずだ。
神殿に戻った時、酷い目に遭う覚悟はしておいたほうがよさそうだ。
「エミリエも、称号を賜われるのですね」
「それが条件であるならば、仕方あるまい。凱旋パレードを行ったあと、ささやかな宴を用意しておる。楽しむがよい」
「ありがとうございます」
ルドルフは「ゴネた甲斐があった」と言わんばかりに満面の笑みを浮かべ、頭を下げる。
ここには用はないとばかりに私を抱き上げたままフェドクスが立ち上がり、ガザンもそれに倣う。
こうして私たちは、謁見を終えた。
「フェドクスは、ほんとにブレねぇな……。あのまま陛下に激昂されたら、どうするつもりだったんだよ?」
「斬り捨てる」
「反逆罪で、投獄されたいのかい?」
「全員、皆殺しにすればいい」
「真顔で言うんじゃねぇよ。あんたが言うと、冗談には聞こえねぇから困るんだよな……」
帰路に就く道すがら、三英雄たちは軽口を叩き合う。
ガザンは冗談だと思っているようだが、残念ながらフェドクスは本気だ。
ひとまず、危機は去ったけど……。
彼が他者に向ける憎悪や警戒心は、留まるところを知らない。
どうか爆発しませんようにと、願うしかなかった。
「一時は、どうなることかと思ったけど……。これでみんな一緒に、凱旋パレードへ参加できるね」
「本当に、よろしいのでしょうか……。私なんかが、みなさんと行動をともにしたら、国民たちから難色を示されるんじゃ……」
笑顔を浮かべるルドルフに話しかけられて遠慮する素振りを見せたのは、本来ならば自分が凱旋パレードに出席する資格などなかったからだ。
できることなら、大歓声を受ける三英雄たちの姿を、観客として見ていたかったのに――。
それを許してもらえるはずもなく、「遠慮する必要はない」と背中を押されてしまった。
「あんたはオレたちを救った、救世主だぜ?」
「そうだよ。僕たち三英雄は、君がいなければこうして心穏やかには暮らせなかった」
「当然の権利だ」
みんなから、こんなふうに言われるなんて――。
幸せすぎて、どうにかなってしまいそうだ。
「ありがとう、ございます……」
私は優しく口元を綻ばせると、彼らと一緒に凱旋パレードへ出席する準備を整えた。




