謁見(1)
私たちは当初、半年かけて徒歩で王都へ戻って来る予定だった。
しかし、左手足を動かせなくなった私を、長期間歩かせるわけにはいかない。
そう考えたガザンが人脈をフル活用した結果、特別な許可を得て転移魔法が使えるようになった。
殿下は宮殿服、ガザンは軍服、フェドクスは聖騎士が身に纏う青い制服、私は純白の修道服を身に纏い、魔法陣を潜って瞬時に王都へ移動した。
「懐かしいな。ここを発ってから、3年くらいしか経っていないのに……」
「国民たちに、覇気がなくなってねぇか? 前はもっと、笑顔の奴が多かったような気がするが……」
殿下は昔を懐かしむように周りを見渡し、ガザンはすぐに国民たちの異変に気づく。
――確かに……。
行き交う人々は、どこか気を張っているように見える。
一体、何を警戒しているんだろう?
「フェドクス。何か、わかる?」
幼馴染は「どうして自分に聞くんだ」と言わんばかりに無言を貫いたあと、ポツリと呟いた。
「禍々しい気配が、する」
「それって……」
フェドクスは小さく頷き、2人に視線を移した。
私が先ほど声を発したあとに続く言葉は、神殿の重要機密が含まれている。
いくら一緒に旅をした仲間であっても、誰が聞いているかわからぬ場所で堂々と話題に出すのはあまりにもリスクが高い。
「やっぱり、なんかあんのか?」
「フェドクスだけが感知できる気配なら、神殿に関連すること?」
仲間たちはどうして何も言わないんだと、納得がいかない様子で問いかけてくる。
――早く安全な場所に移動して、情報共有をしなきゃ。
それに返事をできないまま、焦った私はフェドクスに抱きつく力を強めた。
「私たちを信じて、着いてきてくださいますか?」
恐る恐る問いかけたところ、ガザンは呆れたように肩を竦める。
そしてルドルフは、こちらを安心させるように笑いかけてくれた。
「そんなの、わざわざ言われるまでもねぇ」
「心配しないで。僕たちは、君に恩がある。いつだって、エミリエの味方だよ」
「はい……。ありがとう、ございます……」
彼らのことは、信じていたい。
だけど――。
2人は私が身代わりの異能を発するまでは、嫌悪していた人達だ。
神殿と自分の言い分。
どちらを信じるのかと聞かれたら、前者を選ぶような気がして――。
それが、恐ろしくて、堪らなかった。
『無能の癖に。話しかけてくんじゃねぇよ』
『僕は君を、仲間だと思ったことは一度もない』
――ああ、嫌だ。
2人から嫌悪される光景を脳裏に思い浮かべては、目の前にいる彼らを信頼できなくなってしまう自分が――。
これでは、神殿の思う壷だ。
しっかりしなきゃ。
私は何度も自分に言い聞かせて憂鬱な気持ちを吹き飛ばすと、みんなと一緒に謁見の間へと向かった。
*
「おお。よくぞ、戻ってきた。まさか、我が息子が魔王を討伐するとは思わなかったぞ」
陛下が王位継承争いの火種となる第二王子を厄介払いしたくて魔王討伐のメンバーとして送り出したのは、ルドルフの兄であるサドルーブを後継者として指名したからだ。
その話を知っているからこそ、たとえ嘘でもこんなふうに笑顔で出迎えてくれるなんて思いもしなかった。
どうやらそれは、ガザンも同意見らしい。
こちらをチラリと見つめて、呆れたように肩を竦めた。
彼の反応を見る限り、「よくやるぜ」と言いたい気持ちがありありと見て取れる。
「エミリエのおかげです」
だが、当の本人はこうなるのを予測していたようだ。
ルドルフは感情を押し殺した声で、淡々と私の功績を父親に紹介した。
「彼女は魔物討伐の際に僕が受けた左目、ガザンの左腕、フェドクスの左足の傷をすべて肩代わりしてくれました」
「はっ、はっ、はっ! 無能もたまには、粋なことをするではないか」
陛下はまるで「馬鹿とハサミは使いよう」と言わんばかりの態度を取る。
こちらを冷たく見下す瞳の奥底には、嘲笑が見え隠れしていた。
「もう二度と、エミリエを無能聖女と呼ばないで頂きたいのです」
「余に、命令するのか?」
「いいえ。魔王討伐の褒美として、彼女の名誉回復を望みます」
国王は息子の発言を受け、口元を弄りながら理解に苦しむと言わんばかりの反応を見せた。
「わからんな。なぜ、彼女のためにそこまでするのだ?」
「エミリエは、命の恩人です」
「左目を奪われたからと言って、死ぬわけではなかろう」
「いいえ。左目は僕にとって、魔法の源。世界のすべてです。彼女がいなければ、こうして心穏やかに陛下と会話すらできなかったでしょう」
本来歩むはずだった最悪の結末が息子の口から語られ、思うところがあったのだろう。
国王は感心した様子で、ポツリと呟く。
「ふむ……。ルドルフは、王太子の座を望むとばかり思っていたのだが……。どうやら、宛が外れたようだ」
彼の考察は、ある意味では正しかった。
じこファンではこの場で兄に反旗を翻し、王太子の座を求める光景が描写されていたからだ。
――これも、私が生きている弊害だよね……。
王太子の評判は、あまりよくない。
ルドルフが第二王子の座に甘んじた場合の行く末は、未知数だ。
どうか、うまくいきますように……。
私はそう、願わずにはいられなかった。




