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嫌われ転生聖女は、攻略対象の想い人 死亡フラグを回避するために欠損を肩代わりしただけなのに、どうして曇った三英雄が執着してくるのですか?  作者: 桜城恋詠
【第一章・魔王討伐編】

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帰りたくない場所

 そのあとフェドクスは、案の定とも言うべきか。

 当然のように、情緒不安定に陥った。


 結局ルドルフが信頼のおけるお医者さんを手配し診察を受けたところ、「問題ない」と太鼓判を押してくれた。


 それはこちらとしてはほっとした出来事ではあるのだが、幼馴染にとってはそうではなかったようだ。


「異常を見落とす使えない医者」だと悪態をつき、医師を貶した。


 ――その反応は、無口な彼らしくない。


 私が心配と言うよりかは、左目に何かあると確信しているような反応を見せているのは、かなり心臓に悪い。


 ――確かめてみよう。


 私はフェドクスが入浴を済ませている間、こっそりと2人部屋から抜け出す。

 壁伝いに移動して、ルドルフとガザンが宿泊している隣の部屋へ向かった。


 壁に肩をぴったりとくっつけ、コンコンコンと右手で扉を叩く。


「どうぞ」


 私は許可を得てからドアノブを捻ってひょっこりと顔を覗かせ、室内に声をかけた。


「あの……。殿下。少し、よろしいでしょうか……?」

「エミリエ……! 1人で、ここまで来たの?」

「はい。壁伝いなら、なんとかなるので……」

「危ないじゃないか……!」


 フェドクスほどではないとは言え、残りの2人も随分と過保護になったものだ。

 たった30歩の距離でも、誰かに支えてもらうべきだと主張するのだから。

 殿下はすぐさま椅子から立ち上がり、私を迎えに来てくれた。


 ――王族を杖代わりに扱うなんて、あまりにも贅沢すぎる……。


 平民として生きている以上、身内以外の人間に見られたら、大問題に発展しそうだ。


 私は彼の力を借りて、そそくさと椅子に座り、対面の席に腰を下ろした殿下へ疑問を投げかけた。


「私の左目、何か感じます?」

「どうして、そう思うんだい?」


 てっきり肯定の言葉が返ってくるとばかり思っていたのだが、逆に質問をされてしまって驚いてしまう。


 ここで言葉を濁したら、よくないよね……。


 私は素直に、理由を告げた。


「フェドクスが、気にしているので……」

「普通の医者には、わからないと思うよ。魔術に、秀でていないと……」

「魔王の、残滓でしょうか」

「うんん。そのもの、だよね」


 ルドルフは、確信を持っているようだ。

 ここで「違いますよ」と伝えたところで、言い逃れはできそうにない。


 ――みんなの前で暴露されるくらいなら、この場だけで収めたい。

 そのためには、事実を認めるしかなかった。


 私はゆっくりと、重たい唇を開いた。


「もし、そうだと言ったら……。殿下は、どうなさいますか」


 恐る恐る殿下の顔色を確認するが、こちらが怯える必要はないようだ。

 彼はいつも通りの作り笑顔を浮かべると、軽い口調で告げた。


「どうもしないよ。僕は、君を守る」

「どうして、ですか」

「決めたから。何が起きても、味方でいると」


 どうやら、こちらが口止めをする必要はなかったようだ。

 ルドルフは笑みを深めると、私を安心させる言葉を発してくれた。


「安心して。エミリエの秘密は、僕たちが墓まで持っていくよ」

「殿下……」


 それがありがたいと感じながらも、心のどこかで恐怖を拭い去れないのは、そうやっていい人の仮面を被ってこちらに言い寄る人間は、みんな私を利用しようと目論む悪人だったからだ。


 肉親、育ての親、幼馴染のご両親。司祭、マリラさん、顔も覚えていない人々――。


 これまで例外は、たった1人だけだった。


「申し訳、ありません」

「謝らないで。それと……」


 ルドルフは、攻略対象の1人だ。

 彼らなら、きっと大丈夫。

 そう、信じているけれど――。

 こうして絶対的な信頼を寄せられるのは、私がじこファンをプレイした記憶を保持しているからだった。


 転生していなければきっと、こんなふうには思えなかったはずだ。

 そういう意味での謝罪だったのだが、こちらの事情を知らぬ殿下はそれをうまく読み取れない。


「僕たちの知らないところで、魔王をどうにかするために命を絶とうなんて思わないでね」


 思いがけぬ指摘を受け、目を丸くする羽目になった。


 私には、前科がある。

 他人が傷つくくらいならば、自分が犠牲になればいいと考えるタイプだ。

 しかし、やっとの思いで生存ルートに辿り着いた以上――。

 できる限り、バッドエンドだけは回避したかった。


「君と過ごした時間は短いけど、考えそうなことはよくわかる。エミリエは、ガザンと似ているから」


 だから、今回ばかりはルドルフの推理は大外れなのだが……。

 ニコニコと満面の笑みを浮かべている彼の姿を見ていたら、いちいち正すことすらも面倒になってくる。


「一緒に、君の中から魔王の力を追い出す作戦を考えよう」

「ありがとう、ございます……」


 お礼を言うだけに止め、会話を終える。


 それから、私たちは時間の許す限り、たくさんの話をした。

 ああでもないこうでもないと作戦を練るのは、意外と楽しい。


 けれど……。

 彼と会話を弾ませるたびに、じこファンの主人公がチラついた。


 本来、攻略対象たちと仲良くなるのは、ヒロインだ。


 ――魔王討伐を果たした以上、そう遠くない未来に彼女が現れ、原作の物語が始まる。


 だけど、私が生きている限りは「エミリエが死ぬ」と言う前提で綴られる物語と統合性が取れない。

 彼らの人生が、これからどんなふうに進んでいくかは未知数だ。


 全員が幸せになれる道を進めればいいけれど、それはきっと難しいだろう。

 夫婦になれるのは、一組だけなのだから。


 死亡フラグを回避した以上、当面の目標は、ヒロインの攻略ルートを確定されることになるのかな……。


 私が心の中で「頑張ろう」と決心した直後、目の前に手を差し伸べられた。

 どうやら、隣の部屋まで送ってくれるらしい。


「殿下のお手を、煩わせるわけには……」

「遠慮しないで。僕もこうやって、君を支えてみたかったんだ」


 彼は固辞する私の手を強引に掴むと、椅子から立ち上がらせてくれる。


「こうして合法的に、君と触れ合える。それはとても、喜ばしいことだ」


 この状態で、殿下を突き飛ばすほうがよほど失礼に当たるだろう。


 ――こんな些細なことで喜んでくれるのなら、いっか……。


 こうして私は、彼の手をしっかりと握りしめ、雑談をしながら歩き出した。


「ガザンは……」

「関係各所へ、僕たちの無事を連絡しているよ。そろそろ、戻って来るんじゃないかな」

「それには神殿も、含まれているのでしょうか……」

「多分ね。君たちの所属は神殿だ。彼らには、報告義務がある」

「そうですか……」


 こうして落胆の色を隠せずに肩を落とすのには、あの場所が「いいところ」ではないと認識しているからだった。


 できれば一生、足を踏み入れたくなんてない。


 しかし、私たちが聖女や聖騎士という役職を投げ捨てるためにも、一度はあの場所へ帰らなくてはならなかった。


「帰りたくないの?」

「あそこは、私たちにとっては監獄のような場所ですから……」


 それが嫌で仕方ないという気持ちが、きっと表情にも出てしまったのだろう。

 殿下の前ではっきりと嫌悪感を表すのはどうかと思い、言葉を濁して前を見据える。


 すると――。

 前方からドタバタと足音を響かせたフェドクスが、血相を変えて姿を見せた。

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