医者嫌い
『き、貴様ぁ……! 我に、何をした!?』
「あなたの力は、私が有効活用します……!」
『ぐ……っ。このまま、黙って我の力を奪われるわけには……!』
――パァンっ!
私に奪われてなるものかと抵抗を試みる魔王に、遠くからガザンの放った弾丸が命中する。
『ぐあぁああ!』
それが呼び水となり、彼の周りに漂っていた強固な黒いオーラがすべて私の左目へ吸収された。
――全部、奪い取れた……!
私は歓喜に打ち震え、もう触れ合っている必要はないと気持ちを切り替える。
そうして、右手を魔王から離そうと試みたのだが――無数の触手が、こちらの腕を掴んで離さない。
『返せ……!』
阿玉セクシーの怒声に聞き惚れたせいで、恐怖よりも「もっと彼の声を聞いていたい」と言うメタ的な気持ちが高まっていく。
「ぁ……」
その隙をつかれ、私の身体はあっという間に魔王の触手へ絡め取られ――。
「フェドクス!」
「ああ……!」
もう少しで魔物に飲み込まれる。
そんな絶体絶命のピンチの中で、魔王の目論見に邪魔が入った。
幼馴染に合図を送った殿下が、燃え盛る炎を繰り出したのだ。
『ぎゃあああ!』
焼き焦げた無数の触手が灰となり、宙を舞う。
すぐさま再生をして私を捕らえにかかるが、ものすごい速さで距離を詰めて剣を握るフェドクスの斬撃が炸裂し、それは叶わなかった。
「わぁ……」
思わず感嘆の声を上げた直後、最後の仕上げとばかりに三英雄の攻撃が一斉に魔王の急所へ襲いかかる。
ルドルフの鋭利な氷柱。
ガザンの弾丸。
そして、フェドクスの剣術――。
それらは見事化物の心臓へ命中し、魔王の身体はもがき苦しみながらドロドロと崩れ落ちる。
『く……っ。器が壊れたか……。まぁ、よい……』
突如悪天候へ変化したのが嘘のように、空は明るくなり――燦々と輝く太陽が私たちを照らし出す。
『一度ならず、二度までも……。三度目は、必ず成功してみせる……!』
魔王の声は、その言葉を残して聞こえなくなった。
――想像していたよりも、かなりあっけない終わりだと感じるのは……。
やはり、最後に聞こえてきた声に未練のようなものが感じられたからなのだろうか?
叶うことなら、もっと聞いていたかったな……。
そう肩を落としていると、前方からドタバタと足音を響かせてこちらへ向かってくる男性に、勢いよく抱きしめられた。
それが誰かなど、触れ合ったぬくもりから伝わる感覚で、顔を見ずとも認識できる。
「どうして、あんな無茶をしたんだ!?」
フェドクスにとっては魔王討伐の証拠となる漆黒の魔石を回収するよりも、私の無事を確認するほうが大事だったらしい。
ものすごい剣幕で怒鳴りつけられてしまった。
――そんなに、心配することはないのにね。
彼の表情を確認するために顔を上げた直後、私は驚きを隠せない。
なぜならば、幼馴染は――。
紫色の瞳から、静かに涙を流していたからだ。
「エミリエに、何かあったら……! 俺は、生きていけない……!」
「もう。みんな、無事だったんだから……」
「終わりよければすべてなしなんて、言える状況か!? 吐血したんだぞ!? あんなにも、苦しんで……!」
フェドクスがこうして取り乱すのは、初めてのことではない。
ハルル村の悲劇から奇跡的に生還し、何度も命の危機を乗り越えてきた。
彼は私が傷つく度に、「両親のように死んでしまったらどうしよう」と怯え、情緒不安定になってしまうのだ。
「だ、大丈夫だから……。ね……?」
こう言う時は、彼が落ち着くまで優しい言葉をかけ続けるに限る。
私は大きな子どもをあやすかのように、必死に言葉を尽くした。
――ルドルフとガザンも、さすがに尋常ではないフェドクスの取り乱し方を目にしたら、会話に割って入るのは危険だと悟ったのだろう。
彼らは魔王の魔石を回収し、関係各所への連絡をテキパキと済ませる。
殿下が恐る恐るこちらへ声をかけてきたのは、約15分後だった。
「フェドクスは確かに、少し大袈裟かもしれないけど……。ちゃんと、医者に診て貰わないと……」
「いえ。問題ありません」
「何言ってんだ? 強がったって、仕方ねぇだろ」
フェドクスが抱きしめる力を強めるだけで、「私に話しかけるな」と威嚇してこないのをいいことに、ガザンも援護射撃を行う。
どんなに説得をされても、医療従事者からの診察を受けるつもりはなかった。
「お医者さんって、嫌いなんです」
「好きな奴なんざ、いねぇだろ」
――彼らは、信用できないからだ。
これまで何度か医者に見てもらったが、身体に傷があると気づいて神殿にそれを報告した人たちは、みんな息絶えてしまった。
何度も同じことが起きれば、噂が巡る。
私の治療を担当する大人はやがて、たとえ一生消えない傷が全身刻み込まれていたとしても、「問題ない」と診断するようになってしまった。
そんなことを何度もされたら、信頼なんてできるはずがない。
フェドクスもこちらの事情を知っているため、2人がどれほど診察を受けるべきだと主張しても止めてくれるはずだ。
「あのな……。そんなこと言ってる場合じゃ、ねぇだろ?」
「どうしても医者に見せろと言うのなら、そいつにやらせればいい」
案の定、不満を露わにするガザンをフェドクスが止めてくれた。
しかし、その提案した内容が問題だった。
「僕?」
「魔力の流れで、ある程度はわかるだろう」
「まぁ、ね……」
ルドルフはどこか含みのある視線を、こちらへ向けてくる。
恐らく、魔王の力を奪い取ったことで、私の体内に流れる魔力に変化が生じているのだろう。
ここで言葉を濁すあたりが、彼の優しさだ。
「魔石も手に入れたことですし、帰りましょう」
「ルドルフに悪いところがないか、ちゃんと見てもらえよ?」
「はい……」
いつまで経っても、こんなところで雑談をしているのはよくないだろう。
私はこのまま先程の話をなかったことにしようと目論んだが、ガザンにあっさりと釘を刺されてしまった。
渋々頷いたところ、ようやく宿屋へ帰る流れになった。
「なーんか、実感が沸かねぇんだよなぁ……」
「道中に出会った雑魚のほうが、倒すのに時間がかかったからじゃないかい?」
「そうかもな」
「僕たちも、成長したってことにしておきなよ」
「どうだか……」
ガザンはいまだに、納得ができない様子でこちらに疑いの眼差しを向けている。
私はその視線から逃れるようにフェドクスの胸元へ顔を埋め、この場をあとにした。




