【1-4】魔王討伐(1)
私が左足を失ってから、1か月が経過した。
三英雄は魔物を倒しながら鍛錬を続け、ついには背中を預け合えるほどに信頼し合えるようになった。
フェドクスも彼らの前で露骨に嫌そうな顔をしなくなり、パーティの雰囲気は随分と和やかになった。
――これは、とてもいい傾向だ。
私がその中へ入っていくと、「誰がエミリエをサポートするか」と喧嘩になって、一気に殺伐とした雰囲気に逆戻りするんだけど……。
――原作通りに話が進めば、私は討伐の直前で魔王と同化し、彼らに殺される。
正直、死ぬかもしれないと思ったら怖くて堪らない。
だけど――。
原作のエミリエは、窃盗能力には目覚めていなかったと思われる。
異能を使う描写が、じこファンには登場していなかったからだ。
今の私には原作の知識があるし、どんな困難も乗り越えられるはずだよね?
『こっちに来い』
彼らの訓練風景を見守っていると、頭の中で男性の低い声が響く。
それは聞き間違えでなければ――有名声優、阿玉セクシーさんのものだ。
――色っぽい声を独り占めできるなんて、最高……!
私はメタ的な視点から、自分に語りかける人物の正体へすぐさま気づいてメロメロになる。
『私の花嫁よ』
この声がどれほど恐ろしい人物なのかを知っているくせに、前世のミーハー心を捨てきれず、攻略対象そっちのけで「今すぐ彼の元へ、飛んでいきたい」と不相応な願いをいだいたのがいけなかったのだろうか?
虚空へ手を伸ばした直後、晴れ渡る空に暗雲が立ち込める。
ゴロゴロと雷鳴が轟き、パラパラと雨が振り始めた。
「うわっ。通り雨かな……?」
「オレ、あいつを回収してくるわ。身体を冷やしたら……」
「エミリエ!」
ルドルフとガザンは呑気に雑談を繰り広げていたが、フェドクスはこちらの異変へすぐに気づく。
勢いよく剣を振り、私を呑み込もうと襲いかかる黒い靄に向かって斬撃を繰り出した。
『邪魔を、するな……!』
――魔王の怒りへ共鳴するかのように、空から雷が落ちた。
私は咄嗟に守護魔法を使い、己の身を守る。
――おかしいな……。
最終決戦は、ハルル村で起きるはずなのに――。
これから私だけを魔王が誘拐して、移動するのかな?
阿玉セクシーさんの声は、一生聞き続けていたいけど――。
彼らと長い間離れるのは、不安だった。
今の私は、左半分を動かせない。
三英雄に助けてもらわなければ、1人では脱出すらできぬ足手纏いなのだから。
『う……っ。な、なんだこれは!? 防御魔法だと……!?』
どうやら魔王は、私がヴィクトリーから奪い取って守護魔法を使えるようになったことを知らなかったらしい。
防壁は光を使役するため、闇の魔力とは恐らく相性が悪いのだろう。
そう当たりをつけて、脳内に響き渡る恐れ慄く男の声を堪能していたのだが――。
『貴様の聖なる力は、私の花嫁に選ばれた時点で永遠に、失われたはず……!』
私の予想は、外れてしまったようだ。
彼は混乱の最中、本人ですらも知らない情報を口にする。
――私が無能聖女と呼ばれるようになったのは、聖なる魔法の適性があるのに、その力を使えなかったあえいだ。
この男の言い分が正しければ、私は聖なる力を生まれ持っていたけれど、魔王の生贄に選ばれたせいで失われてしまったと言うことになる。
なら、窃盗の力を手に入れたのは、魔王に見初められたからなのだろうか……?
『誰だ!? 私の花嫁に、おぞましい力を埋め込んだ輩は……!?』
こちらが不思議に思っていると、先ほどまで分身を使って、ハルル村にいる本体の元へ私を連れ去ろうとしていた魔王が、姿を見せた。
「魔王……!」
「あれが、僕達の倒す敵……」
「へぇ。案外、普通じゃねぇの」
突如現れた強敵を前にしても、三英雄達はこちらが想像していたよりも大分落ち着いている。
それがなぜなのかは、よくわからないが――。
全員が欠損を抱える状態より、精神状態が安定しているからということにしておこうと思う。
魔王が私の目の前に現れたのは、好都合だ。
このまま本体に触れれば、苦労せずに力を奪える――!
問題は、どうやって魔王に触れるかだけだ。
――こちらがああでもないこうでもないと、思考錯誤を繰り返していた時だった。
「絶対に、殺す……!」
自分たち以外のハルル村の住人たちが命を落とした原因を前にして、じっとしてなどいられなかったのだろう。
フェドクスは正気を完全に失い、修羅と化していた。
このままでは、火事場の馬鹿力を見せつける幼馴染によって、あっという間に魔王は討伐されてしまうだろう。
――こう言う時は、先手必勝に限るよね!
私は自ら身を乗り出して、魔王の身体に触れる。
こうして、彼の異能を奪いにかかった。
『ああ、我が愛しの花嫁……! 貴様から私に触れてくれるとは……!』
阿玉セクシーの声は、他者を魅了する効果があるようだ。
聞いているだけで、幸せな気持ちに包まれる。
いつまでも魔王と、一緒にいたい――。
身体の奥底から湧き上がる気持ちを必死に否定し、私は彼の異能を己の身体へ吸収する。
「う……っ」
さすがは、魔王だ。
どうやら、一筋縄ではいかないらしい。
これまでの異能は一瞬で奪い取れたのに、時間がかかっている。
――胸が、苦しい。
全身が、引き裂かれてしまうんじゃないかと思うほどに悲鳴を上げている。
「う、ぅ……っ!」
その苦しみはやがて、視力が失われたはずの左目にまで影響し始めた。
『な、なんだこれは……!? 力が、吸い取られて行くではないか……!』
――おかしい。
長年虐げられてきた影響で、ちょっとやそっとの痛みは感じないくらい鈍感になったはずなのに――。
永遠とも呼べる苦しみが、続いている。
魔王の力が強大すぎて、器が耐えきれずに悲鳴を上げているのかもしれない。
――私、やっぱり死ぬのかな……?
生きるために、強大の力を手に入れようなんて、思わなければよかった……。
「エミリエ!」
弱気になったのは、一瞬だ。
――このまま死ぬなんて、冗談じゃない!
フェドクスの呼びかけによって正気を取り戻した私は、唇からどす黒い血を吐き出す。
その後、最後の仕上げとばかりに魔王を睨みつけた。




