今度こそ(フェドクス)
そうして執着心を拗らせた結果、あいつらを馬鹿に出来ない三度目の悲劇が起きた。
俺のせいで、エミリエの左足が失われたのだ。
両親が、彼女の出自を口にしたその日から――。
俺は彼女を守ると決めた。
ずっとそばにいたのに、あれほど警戒していたのに、彼女は俺の腕からすり抜け、自由に飛び回ってしまう。その結果、翅をもがれて1人では生活できなくなってしまった。
何が聖騎士団長候補だ。
馬鹿馬鹿しい。
俺はあんな奴らに嫉妬心を拗らせている暇があるなら、少しでも鍛える時間に費やすべきだった。
あの時、彼女を守るために魔王を復活させなければ――エミリエは今も、五体満足で生きられたはずなのに――。
「ひでー顔だな」
「俺を、嘲笑いに来たのか」
「そこまで下衆じゃねぇよ」
数ヶ月前は俺がルドルフを慰める立場だったのに、今度はガザンに無事を確認されるとは思わなかった。
他者をおちょくるような笑みを浮かべているくせに、目は笑っていない。
そんなこいつが、俺は大嫌いだった。
「オレは過去に、いろいろあったからな。エミリエと2人きりになったら、冷静に話をするどころじゃねぇだろ」
「貴様と話し合うことなどない」
「釣れねぇこと、言うなって」
一刻も早くガザンから離れたいのに、こいつは肩を掴んで馴れ馴れしく話しかけてくる。
無言で無理やり腕から抜け出ると、彼は申し訳なさそうに謝罪した。
「悪かったな。あんたの許可なく、あいつの秘密を知っちまって」
エミリエの秘密は、さまざまだ。
――まさか、ティルタラーテ王国の第二王女だと露呈したのか?
最悪の事態を思い浮かべたのは、一瞬だった。
彼女が他者に隠したがっていた話は、ほかにもある。
――俺の許可なく、と言うくらいだ。
恐らく、あれだろう。
そうあたりをつけて、揺さぶりをかける。
「やはり、見たのか」
「おう。あいつ、神殿で虐待を受けているんだって?」
「そこまで……」
「いや。はっきりと打ち明けられたわけじゃねぇよ。こっちが勝手に、読み取っただけだ」
やはり、こちらの想像は当たっていたようだ。
ガザンはエミリエの着替えを手伝った際に、傷だらけの肌を目にしたんだろう。
――こいつは、女にだらしないと有名だ。
エミリエの弱みにつけ込んで、無体を働いたらどうしようかと思っていたが……。
その様子はなさそうで、少しだけ安堵する。
「なぁ。もしも魔王を討伐し終えたら、オレたちってどうなると思う?」
「元いた場所に、戻る」
「大丈夫なのかよ。あいつは左半分が動かねぇ。そんな状態で、今まで通りの虐待なんざ受けたら……不味いんじゃねぇの」
「俺が、守る」
俺が警戒を解いたと気づいた彼は、彼女が心配で堪らないと言わんばかりの素振りを見せた。
――神殿は、よほどのことがない限り部外者の侵入を禁じられている。
神職者以外は立ち入ることが許されぬ監獄なのだ。
こいつがどんなに「力を貸してやる」と手を差し伸べてきたところで、ありがた迷惑でしかない。
「できなかったから、こうなったんだろ」
「なんだと……」
彼は、こちらの反応が気に食わなかったのだろう。
「そんなこともわからないのか」と言わんばかりに苦言を呈され、カチンときた。
――何も知らないくせに。
俺たちのやることに、口出ししてくるな。
憎しみの籠もった目で睨みつけたところ、ガザンは呆れたように肩を竦めてある提案をした。
「ルドルフはエミリエが神殿でどんな目に遭ったかまでは知らねぇが、心配してる。旅が無事に終わったら、王城か、辺境伯か……。どっちかで、暮らさねぇか?」
「王城は、駄目だ」
「なんでだよ」
エミリエにとって、我が国の王城で暮らすと言うことは、敵の総本山に堂々と身を寄せるということにほかならない。
母国でいつまで暮らしていたのかまでは定かではないが、エミリエのことを知っている人間がいれば、一環の終わりだ。
――この秘密だけは、誰にも明かせない。
俺は理由も告げずに、頑なに拒否を続けるしかなかった。
「また、だんまりか……。ま、言いたくねぇなら、いいけどよ。あっちには、王太子もいるしな。うちの領地だったら、比較的安全だ」
「辺境伯は、戦争が盛んだろう」
「ん? まーな」
「身体が不自由なエミリエと一緒に暮らすには、ふさわしくない土地だ」
「身内から虐待されるよりは、マシだろうが」
ああ言えばこう言うのも、いい加減にしてほしい。
――年上だからって、いい気になるなよ。
そうやって喧嘩を売りたい気持ちをぐっと唇を噛み締めて堪えていると、なぜか訳知り顔で諭されてしまった。
「いいか? 身内ってのはな、めちゃくちゃ面倒なんだ。外部の奴らは片っ端からぶっ潰せばいいが、内部じゃそうはいかねぇ。ただでさえ、身体が思い通りに動かねぇんだ。毎日気の休まらない生活をさせてたら、ぶっ倒れるぞ」
「それが俺たちの、日常だ」
「神殿に、弱みでも握られてんのか?」
別に、そういうわけではない。
神殿など、いつでも破壊できる。
それをしないのは――彼女が、望んでいないからだった。
「いや。握っているのは、こちらのほうだ」
「だったら、なおさら戻る必要なんざねぇだろうが」
ガザンは何がなんでもこのままエミリエを手元に置きたい。
俺は彼女を守るため、自分以外の人間を近づけたくない。
どれほど言葉を交わしたところで、平行線だ。
時間が無駄に消費されるだけなら、無意味としか言いようがなかった。
「貴様らは、信頼できない」
「本気であんたが目障りなら、オレたちはとっくの昔に攻撃してるぜ?」
俺は「これまで通り不干渉を貫いたらどうなのか」と、嫌味を伝えたつもりだった。
しかし、彼のほうが一枚上手のようだ。
「確かに……」
「あんただって、オレたちに切っ先を向けらんねぇだろ。エミリエは、3人仲良く暮らすのをお望みだ」
出会った当初こそ、彼らはエミリエに辛辣だった。「背中を向けたら刺されるんじゃないか」という緊張感に苛まれ、いつも最悪の結末を想定して動いていたが――。
エミリエが彼らを助けてからは、毒気が抜けた。
表立って嫌がらせはしてこなくなったし、彼女も俺たち3人が会話をしている姿を見る度に、満足そうな表情をするようになった。
彼らなりに、心境の変化が起きているのは明らかではある。
「貴様に、エミリエの何がわかる」
「そりゃ、あんたみたいに以心伝心とはいかねぇよ。でもな……」
しかし、それを認めるわけにはいかない。
彼女の理解者は、俺だけでありたいと思っていたからだ。
「鏡に写したみたいに、そっくりなんだ。だから、あいつの望みはわかる」
考え方が似ている? だから、どうした。
俺たちがともに過ごした10年間には、誰も勝てない。
俺よりも彼女を理解している気になって、エミリエを奪おうとするこいつの気が知れなかった。
「オレはあんたのこと、案外気に入ってんだぜ?」
「気色悪い……」
「そりゃ、どーも」
エミリエがこいつらを仲間として認めていなければ、今すぐに息の根を止めてやったのに。
心の底から軽蔑の眼差しを向けたところでピンピンしているあたり、どうやらガザンには何を言っても無駄のようだ。
エミリエが興味を失くすまで、うまく付き合うしかないのか……。
「考えておく」
「今はその言葉だけで、充分だ」
俺は当たり障りのない返答をし、2人揃ってエミリエの元へ戻った。
「おかえり」
彼女はまるで、天使のような笑みを浮かべて俺たちを出迎えてくれる。
例え左目の視力を失い、左手足が動かせなくなったって、エミリエが俺の最愛であることに代わりはない。
――何があっても絶対に、彼女を守る。
俺は何度目かわからぬ決意を胸に秘め、エミリエを抱きしめた。




