彼女の秘密(フェドクス)
「本当に、問題ないのか? ティルタラーテ王国の第二王女を生贄に捧げ、魔王を降臨させるなんて……」
「この儀式が失敗に終われば、殿下だけではなく住人たちの命が危ぶまれるのだ。どちらにせよ、これだけ呪いに蝕まれた状態では、まず助からん……」
「かわいそうだけど……。この子の命で、全員が助かるなら……」
「犠牲になってもらうしかないわ」
ハルル村で俺とエミリエの両親が話していた内容は、一生忘れることがないだろう。
エミリエが、ティルタラーテ王国の第二王女?
彼女が呪いに蝕まれ、この村の存続が危うい?
みんなを守るために、彼女を犠牲にして魔王を呼び出すだって?
エミリエは、感情の起伏が乏しく大人しい少女だ。
そんな彼女が、両親ではなく俺だけに笑いかけた理由――。
それは、大人たちの悪巧みを知っていたからなのだろう。
エミリエの命を奪い、俺たち全員が生き残る?
そんなのごめんだ。
絶対に、そんな未来は実現させない。
俺は気配を消してその場をあとにすると、紫色の瞳に確かな決意を秘めて誓う。
「俺が、守る。何があっても、必ず……!」
彼女の命を狙う奴らは、みんな死ねばいい。
「うわぁあああ!」
やがてその願いに同調するかのように、村全体に満ちた呪いは大人たちを食い殺し――。
そして、エミリエの代わりとなる無数の生贄を手に入れた魔王が、彼女を犠牲にすることなく復活した。
「エミリエ!」
あの子の身体にかけられた呪いは解かれ、魔王はもうこの村になど興味はないと言わんばかりにどこかへ消えた。
「フェドクス……?」
何が起きたか知りもしない幼子は、虚ろな瞳をこちらへ向けている。
――なんて、痛ましい姿なんだ。
俺はもう二度と、彼女を危険な目に遭わせないためにも、強くなると誓った。
――信じられるのは、自分とエミリエだけ。
たとえ肉親であろうとも、信用するべきではない。
だって彼らは自分たちの命を守るため、彼女を殺そうとしたのだから……。
「悪しき力に汚染されし村に、まさか生き残りがいるとは思いませんでしたなぁ」
幼子2人が生きるには、大人の力を借りなければならない。
たとえ目の前にいる男が下衆な笑みを浮かべていたとしても、俺はそいつに頼るしかなかった。
それが、エミリエの肉体に一生消えない傷を刻み込む羽目になるなど、知りもせず――。
「ようこそ、神殿へ。我々は見習い聖女と聖騎士を、歓迎いたしますぞ!」
こうして俺は、悪魔の手を取った。
その結果――。
「エミ、リエ……?」
明かりさえ灯らぬ、暗い室内。
外ではゴロゴロと雷鳴が轟き、ピカリと稲妻が走る。
その一瞬の隙に見えたのは、血を流して床に倒れ伏すエミリエの姿だった――。
「エミリエ!」
どうして、司祭に呼ばれただけの彼女が、こんなところで横たわっているんだ?
『行ってくるね』
ひらひらと手を振って、笑顔で別れたじゃないか。
俺はこんな姿が見たくて、手を離したんじゃない……!
「う……」
「エミリエ!」
「ぁ……。ご、ごめんなさい! ごめんなさい! いい子にしますから! もう、口答えはしません! だから、叩かないで! 痛いこと、しないでください……!」
両親が死んだ時ですらも泣かなかった彼女が、瞳から涙を流して怯えている。
尋常ではない様子を見せて怯える彼女を抱きしめながら、俺はあの男に向かって怒りを露わにした。
「司祭……!」
「彼女にはまだ、悪魔が取り憑いているのです。それを祓うためには、限界まで肉体を痛めつけなければなりません」
「これ以上、エミリエを傷つけるな……!」
「よろしいのですか? このままでは、彼女は一生、この神殿で最下層の扱いを受けることになりますよ」
「く……っ!」
彼女は本来ならば、こんなふうに虐げられるような人間ではない。
しかし、ティルタラーテ王国の第二王女だと言うことは、俺しか知らない。
この秘密が露呈すれば、エミリエはもっと酷い目に遭うかもしれないのだ。
ここは怒りをぐっと堪え、口を噤むしかない。
頭ではわかっているはずなのに、抑えきれぬ感情が自然と言葉に出てしまった。
「殺してやる……!」
「はははは! その憎しみによって、あなたの剣は鋭さを増すはずです。いつか必ず、あなたは私に感謝するでしょう」
「ふざけるな……!」
司祭はおかしくて堪らないと言わんばかりに笑い声を響かせたあと、こちらに向かって含みのある視線を向けた。
「この神殿を牛耳る司祭になるか、剣を振るう騎士団長となるか……あなたがどのように成長するのか、楽しみですね」
彼はそう宣言すると、俺たちに背を向けた。
――エミリエはぐったりと目を閉じ、力なく腕の中に抱かれている。
今なら司祭に襲いかかっても、彼女に知られることなく命を奪えるだろう。
だが、返り血を防ぎ切れなかったら?
彼女を傷つける敵を片っ端から秘密裏に始末していると知ったら、エミリエは悲しむはずだ。
――彼女に嫌われたら、生きていけない。
エミリエは、俺のすべて。
世界で一番大切な、愛しい少女だ。
だからこそ――。
「フェド、クス……?」
破壊衝動と戦っていると、エミリエが目を覚ました。
彼女はこちらが気の毒になるほど傷ついているのに、懺悔を口にする自分を気にする素振りもなく、優しく口元を綻ばせた。
「すまない……! 俺は君を、守れなかった……!」
「うんん。いいの。来てくれて、ありがとう……」
俺が彼女を守れるほどに強ければ、こんな酷い目には遭わなかったのに――。
「フェドクスがいてくれて、本当に、よかった……」
エミリエはほっとした様子で、意識を手放した。
俺はすっかりとやせ細った彼女の身体を抱き上げ、医務室へ向かう。
その道すがら、己の力不足を恥じた。
――力がほしい。
もっと、あの子を守れるだけの力が。
そうすれば、どんな強大な敵だって――退けられるはずだから。
そうして俺は、長い月日をかけて神殿で聖騎士団長候補まで上り詰め――。
彼女が見える範囲で、他者から体罰を受けることはなくなった。
「ごめんね……」
エミリエは俺が聖騎士団長になれないのは、無能聖女と陰口を叩かれる自分のせいだと責任を感じているようだ。
しかし、それには大きな語弊がある。
俺はなれないんじゃない。
断ったのだ。
聖騎士団長として軍を指揮する立場になれば、エミリエと離れている時間が長くなる。そんなのは、絶対に駄目だ。
麗しきティルタラーテ王国の隠し子を、彼女の事情を知らぬ男になど任せられない。
エミリエと言葉を交わし、背中をくっつけ、触れ合う権利があるのは――俺だけだ。
「フェドクス」
あの子は日を増すごとに、美しく成長をしている。
神殿内では無能と呼ばれているせいで、彼女が可憐な花だと気づいた男はほとんどいないようだが――。
それも、いつまで持つかはわからない。
これまで散々、エミリエを馬鹿にしてきたのだ。
そんな奴らに彼女を奪われるなんて、冗談じゃない。
もしも、そんな時が来たら――全員、俺がこの手で殺してやる。
俺にとって神殿で暮らす連中は、誰も彼もが一切信用に値しない敵だった。
だから。
魔王討伐のために結成された討伐隊の男たちだって、あいつらと同じ。
エミリエに仇なす連中だ。
なんとしてでも排除するべきだと、機会を窺っていた。
なのに――。
あいつらは次々にエミリエの片目と左腕を使い物にならなくしたのに、なんのお咎めもなく彼女と旅を続けている。
それに意を唱えた俺に、あの子は「これは仕方のないことだ」どこか疲れたように微笑んだ。
「復讐なんて、考えちゃ駄目だよ」
どうやらエミリエは、あいつらを大切に思っているらしい。
――許せなかった。
あの子は俺だけのものなのに。
貴族だから、王族だから。
一生消えない傷を背負ってもらったから、どうした?
どうしてエミリエは、あんな奴らと仲良くしてほしそうにするのだろう。
俺はあいつらを仲間だなんて、認めたくない。
エミリエだけが、いればいいのに――。




