曇る幼馴染(2)
「俺が、いるだろう」
「そうだけど……。内部からじゃ、どうしようもできないこともあるでしょ?」
幼馴染は、恐れている。
いつかあの2人と親密な関係を育み、恋愛関係に発展することを。
――そんなの、あり得ないのにね。
私は彼を安心させるため、そういうつもりは一切ないと遠回しに告げた。
「この旅を通じて、失ったものも多いけど――得られたものもある。私はもう、やられっぱなしでいる気はないよ」
彼らと仲良くなってほしいのは、将来神殿と戦うことになった時、力を貸してもらえる可能性を増やすためだった。
「あいつらの力が、必要になる時が来るのか」
「そうだよ。私のためなら、我慢できる?」
幼馴染は長い熟考の末、ようやく妥協したらしい。
紫色の瞳を観念したように伏せた。
「人脈が、多いに越したことは……ない……」
「うん。偉いね、フェドクス。いい子は、好きだよ」
私は飼い主に命じられて「待て」を終えた飼い犬を褒めたたえるかのように、頭部を優しく撫でつけた。
「もっと……」
「褒められるの、好き?」
「ああ……」
「ふふ。かわいい……」
気持ちよさそうに瞳を細める彼の姿を見ていると、なんだか楽しくなってきた。
私は穏やかな時間を過ごしたあと、くしゅんとくしゃみをする。
――そう言えば、私の着替えを忘れていた。
「出よう」
「そうだね」
脱衣所へ移動すると、いつの間にか着替えとメモが置かれているのに気づく。
私はその内容を確認し終え、幼馴染に笑いかけた。
「さっそく、仲良し大作戦を開始する時が来たみたいだね?」
フェドクスは露骨に嫌そうな顔をしていたが、最終的には2人と渋々友好的な関係を築き上げるべきだと納得してくれたようだ。
彼は私の着替えをガザンに手伝ってもらうため、辺境伯を呼びに行った。
「よぉ。随分長い間、2人きりだったじゃねぇか。どさくさに紛れて、1人だけ楽しんでんじゃ……」
「失せろ」
「なんのために、オレを呼んだんだよ……?」
一触触発な雰囲気になった時はどうしようかと思ったが、フェドクスは清めきれていない下腹部をどうにかするため、再び風呂場へと戻った。
――もう。
相変わらず、なんだから……。
私は着替えとタオルを手に、ガザンへお願いする。
「手伝って、頂けますか?」
「おう。そりゃ、構わねぇが……」
ガザンは薄布を身に纏った状態で脱衣所の床に座る私を上から下まで眺め、口元だけを綻ばせた。
「相変わらず、警戒心がねぇなぁ」
「信頼していますので」
「どうだかな……」
「私に手を出せば、フェドクスが黙っていません。あなたは今のところ、彼と揉めてまで手籠めにしたいとは思っていませんよね?」
「判断基準は、そこなのかよ」
「違いました?」
ガザンはバツの悪そうな表情を浮かべて口籠ったあと、納得したように聞き取りづらい言葉を発する。
「いや……。あいつの入れ込みようは、異常だからな。中途半端な気持ちでちょっかいかけようもんなら、半殺しじゃすまねぇ危うさがある。あんたがそう思うのも、無理はねぇか……」
彼はこちらの気を紛らわすためだろう。
フェドクスの話題を続けながら、渋々私の着替えを手伝ってくれた。
「つーかよ。あいつ、大丈夫か?」
「おかげ様で。大分、落ち着きました」
「あんな状態で、魔王討伐なんてできんのかよ……」
自分から頼み込んだ手前、ここで嫌がるわけにはいかない。
私は着せ替え人形に徹しながら、断言した。
「私のためにならば修羅になる。フェドクスの力は、勝利の鍵となります」
「すげー自信だな」
「付き合いだけは、長いので……」
私とフェドクスは、引き離そうとしてもそれが難しいほどに、固い絆で結ばれている。
こちらからの愛を返さなくとも、嫌な顔一つせずにそばにいてくれたくらいだ。
変に刺激して手がつけられなくなるよりは、べた褒めして手元においたほうがよほどいい。
――考え方がよく似ているガザンは、歯切れの悪い私の話を聞き、いろいろと悟ったらしい。
何事もなかったのように、涼しい顔で他の話題を振った。
「左手足。動かないと、不自由だろ」
「そうですね」
「さっき、ルドルフと話をしてたんだ。車椅子、注文したほうがよくねぇか?」
彼の提案は、ご尤もだ。
右足1本では、1人で立つのも苦労するレベルなのだから。
生活に必要な補助具は早めに頼みたいところだが、私たちはまだ魔王の旅を続けている途中だ。
舗装の施されていない獣道などで車輪が壊れたら、使い道のない瓦礫になってしまう。
この過酷な度に職人を同行させるためにはいかないし、器具を使いこなすのにも練習が必要だ。
今すぐに用意してもらう必要はない。
「無事に魔王討伐を果たしたら、お願いしようと思います」
「それまでは、どうすんだ?」
「皆さんに、私の支え棒となって頂きます」
「は?」
私はガザンの手を借りて着替えを終えたあと、目を丸くして驚く彼の腰元に抱きついた。
まさかこちらからこんなふうにスキンシップを図るなど、思いもしなかったのだろう。
女性に慣れているはずなのに、なぜか初な反応を見せている。
「立ち上がったら、背中へ腰を回して頂けますか?」
「お、おう……」
ガザンは戸惑いながらも呼吸を合わせ、ゆっくりと立ち上がった。
あとは声をかけ合い、リビングに向かって歩くだけだ。
私は作り笑顔を浮かべ、彼に促す。
「ありがとうございます。それでは、歩き始めましょう」
「い、いいのか? これ、フェドクスに見つかったら殺されんじゃねぇの……?」
「駄目でした? この体制が、お互いに一番楽だと思いますが……」
「いや、あんたがどうしてもって言うなら、協力してやるけどよ……」
「ありがとうございます!」
こうして私たちは、殿下の待つ部屋へと移動した。




