曇る幼馴染(1)
私たちは宿屋へ戻ると、湯浴みをするために水場へ直行した。
いくら昔馴染みであっても、年若い男女が一糸まとわぬ姿と言うのは問題がある。
そのため、私はシミューズドレス姿、フェドクスは上半身裸の状態で身を清めた。
「うわぁ……。綺麗な水が、真っ黒になっちゃった……」
「穢らわしい……」
魔王の配下が分泌する血は、なぜか鮮血ではなく墨汁のようにどす黒い。
私たちは数え切れないほどに透明な水を濁す度に真水を頭から被り、ようやく綺麗さっぱりと汚れを落としたのだった。
清潔な布を使って、左半分が不自由な私の代わりに身体を拭いてくれる。
あらかた水気が薄れたのなら、今度は彼の番だ。
私は幼馴染の鍛え抜かれた身体に布を当て、右手でゴシゴシと水気を拭い始めた。
――じこファンにこう言うシーンがあったら、お色気スチル扱いされていたんだろうなぁ……。
私は感慨深い気持ちに包まれながら、彼のある変化に気づく。
それは――。
「傷、増えた?」
「気の所為だ」
上半身に、見覚えのない切り傷が大量に刻み込まれていたのだ。
そのどれもが、治りかけのものではあるが――。
せっかく綺麗な身体をしているのに、もったいない。
そう、思わずにはいられなかった。
「ごめんね。私が癒やしの力を使えたら、すぐに治せるのに……」
「気にするな」
フェドクスはこのままでいると、私が嫌な気持ちになると勘違いしたのだろう。
私の手を退けると、「これ以上は充分だ」と言わんばかりに服を身につけてしまった。
――こんなことになるなら、指摘なんかしなきゃよかったかな……。
自分のせいで空気が悪くなってしまったことを反省しながら、濡れた布をぎゅっと握りしめる。
すると、フェドクスはこちらの左足に視線を移し、懺悔の言葉を口にし始めた。
「軽率だった。俺があんなことをしなければ、君の左足は……」
「気にしないで。これはフェドクスの成長には、欠かせない出来事だったの。必要な犠牲だよ」
「だが……」
フェドクスがどれほど懺悔したところで、私の左足は治らない。
こうなることは、覚悟の上だ。
こちらとしては、必要以上に責任を感じてほしくなかった。
「フェドクスはいつも、私を心配してくれるよね」
「当然だ。君は、俺の最愛なのだから……」
「そう言ってもらえるのは、すごく嬉しいよ。でもね……」
私はそうやって、脇目もふらずに自分だけを追い求める彼が不安で仕方ない。
せっかく、ルドルフやガザンと交流が生まれたのだ。
1ミリでもいいから、彼らと喜びを分かち合ってほしかった。
「最近のフェドクスは、必要以上に自分を追い込んでいるような気がするの」
「エミリエの周りに集る、目障りな蠅が増えたからな」
「ルドルフとガザンは、仲間だよ」
「違う」
だが、そんなこちらの思いとは裏腹に、彼はどこか遠くを見つめながら吐き捨てる。
「俺にとっては、敵でしかない」
この頑なな反応は、いつになったら改善されるのだろう?
ここは聞き取り調査が必要だと判断し、優しく問いかけた。
「どうして、そう思うの?」
「俺からエミリエを、奪い取ろうとしている」
「違うよ。2人は、そんなこと思ってない」
フェドクスは、確信を持っているようだ。
断言したあと、目に光がなくなっていく。
これは執着心が全面に押し出される、前触れだ。
――まずい。
そうやって冷や汗を流した時には、手遅れだった。
「ならば、なぜあいつらは態度を急変させた? 好意があるからだろう。俺は、騙されない。あいつらは俺の目を盗み、エミリエを手籠めにしようとしている……!」
「そんなこと……」
ない、とは言い切れないのが恐ろしい。
彼らは自分が傷を肩代わりしてから、早い変わり身の早さを披露してくれた。
大嫌いから明確な好意を恥ずかしげもなく晒してくる限り、面白半分ではないのは明らかだ。
フェドクスが彼らを危険視するのは、無理もない。
しかし――。
このままにしておくにもいかず、説得を試みた。
「あの2人は、貴族なんだよ? 私みたいな平民になんて、眼中にないよ」
「出自など、関係ない」
「私はみんなから愛してもらえるほど、魅力的な女性ではないし……」
「そう、思い込んでいるだけだ」
ああ言えばこう言うフェドクスとの会話は、疲れる。
まるで、2歳児と会話をしているみたいだ。
「フェドクスは、私を過大評価しすぎかな」
「エミリエの、自己評価が低すぎる」
思わず苦言を呈したところ、真逆の返答が聞こえてくる。
こんなところでも息をぴったりと合わせられるのは、長い間ずっと一緒にいるおかげだ。
「同性の友達は、作っておくべきだと思うよ?」
「あいつらとは、気が合わない」
「そうかな? 案外、仲良くなれると思うんだけどなぁ」
「なぜ?」
ここで、「じこファンで確認したからです」と言えたら、どんなによかっただろう。
私は当たり障りのない言葉で、誤魔化すしかない。
「ガザンは私とそっくりな考え方をしているし、そんな彼と仲良くなったルドルフとは、相性がいいと思うから」
だが、この答えではやはり幼馴染は納得できなかったようだ。
露骨に嫌そうな顔をしたと、こちらを見下す。
「今、君と触れ合える場所にいるのは――俺だ」
「そうだね」
「君があいつらの話題を出す度に、苛立って仕方がない」
「いつかはきっと、しょうがないって受け入れられる日が、来るんじゃないかな」
「無理だな」
フェドクスは「絶対にそんな日は来ない」と、確信を持っているようだ。
自分を好きになってくれるのはありがたいけれど、これはあまりにも異常すぎる。
私はなんとかみんなが仲良くなれる方法を模索するため、もしもの可能性を提案した。
「私があの2人を、好きになってほしいって命令しても?」
「どうしてそこまで、あいつらと良好な関係を築きたがる」
「魔王を倒したあとのことを、考えているからかな」
違法な賭け事のおかげで、贅沢をしなければ一生遊んで暮らせるだけの金銭は手に入った。
だが、それだけでは平和な生活を営み続けるのは難しい。
ルドルフとガザンは、この国の第二王子と辺境伯だ。
親密になっておいたほうが、何かと都合がいい。
そう思っての行動だったのだが、フェドクスはお気に召さなかったようだ。




