最後の肩代わり(2)
あたりを見渡して状況確認を行ったところ、いつの間にか観客席にいた人々が退避し、私たちだけになっているのに気づく。
どうやら、自分でも気づかぬうちに随分と長い時間が経過していたようだ。
「了解! しっかしここ、見通しがよすぎだろ……!」
ガザンは露骨に嫌そうな顔をしながら、弾を入れ替え――。
「駄目だ。このまま魔法を放ったら、2人を巻き込んでしまう……!」
その隣で魔法の発動をしながら、殿下はこちらを険しい表情でじっと見つめている。
――あれ?
私、さっきまで2人の隣に居たよね?
どうして、闘技場に立っているんだろう……?
「エミリエ!」
いつの間にか、瞬間移動をしている。
そう自覚した直後、己の身に危機が迫る。
化物と化したヴィクトリーの触手が、私を捕らえるべく蠢いたのだ。
『たとえ手足がもがれようとも、構わない。俺は君を守る。何があっても、絶対に』
かつて幼馴染と交わした約束が、脳裏に過ぎる。
それは一種の、走馬灯みたいなものなのだろう。
――今からヴィクトリーに幻惑を見せても、間に合わない……!
私は死を覚悟し、全身から力を抜いた。
「く……っ!」
絶体絶命の危機に陥った私を救ってくれたのは、左足をわざと魔物に絡め取らせたあと、戸惑いなく触手ごと一刀両断したフェドクスだった。
――やっぱり、こうなるんだ。
あなたにだけは、傷を追ってほしくなかった。
なのに――。
また、見ていることしかできないなんて、あんまりだ。
「ルドルフ! やれ!」
魔法の発動を躊躇っていたはずの殿下が、有無を言わさぬフェドクスの指示を受けて異形の化け物へ炎を放つ。
「行くよ……!」
幼馴染は自分たちの安全を確保するため、片足を失っていると一切感じさせないバランス感覚を披露しながら、当然のように私を抱き上げた。
――彼の傷を癒やすなら、早いほうがいい。
全神経を化物に集中している、今しかない!
私は先ほど奪い取ったばかりの守護魔法を発動させて誰にも邪魔されない空間を確保すると、フェドクスの左足に触れた。
「な……っ!」
「ごめんね。私を守るために刻み込まれた傷は、全部私が背負うって決めたの」
「違う! これは、治さなくていい……!」
「駄目だよ。だってフェドクスは、この国に名を刻む、英雄になるんだから……!」
太ももあたりから綺麗に切断されたはずの左足が、みるみるうちに元の状態に戻る。
言葉どおりに肩代わりするのであれば、自分の足もなくなってしまうのではないかと怯えていたが……。
これまでと同じように、自分の意思でピクリとも動かせなくなっただけでホッとする。
だが、そんなこちらの反応とは裏腹に、フェドクスは絶望に染まった表情を浮かべて声を震わせた。
「俺は君の身体に傷をつけたくて、足を切り落としたわけじゃない……!」
「わかってるよ」
「ならば、なぜ……!」
「これが戦えない私の、役目だから」
「違う!」
「気に病む必要なんて、ないんだよ。それに……」
――パァン!
遠くから、銃声が聞こえてくる。
どうやらルドルフの魔法だけでは、異形の化け物を倒しきれなかったようだ。
「まだ、戦いは終わってないよ」
私たちには、こうしてのんびりと話を続けている暇などない。
そう遠回しに指摘をしたところ、幼馴染は私からゆっくりと手を離す。
その後、こちらに対する怒りや悲しみなどをぐっと堪え、剣を手に走り出す。
「ぁあああああ!」
幼馴染はやりきれない思いすべてを異形の化け物へぶつけ、肉片になるまで一心不乱に剣を振るい続けた。
その姿を目にして、この場にいる誰もが息を呑む。
守れなかった。
左足を、失わせてしまった。
それは全部、自分が弱いからだ。
そんな思いを込めて彼が武器を振るうたび、真っ黒な血が飛び散る。
幼馴染は全身に返り血を浴びながら、狂ったように何度も何度もドスドスと剣を突き立てた。
――この闘技大会へ出場するきっかけになった、魔物を討伐した日も……。
こんなふうに我を忘れて、発狂していたのかな……?
私たちは彼が動きを止めるまで、誰1人その場から動けなかった。
「大丈夫?」
「はい。私は、平気です」
「いや、どこがだよ……」
異形の化け物がただの肉塊へと成り果て、それに剣を突き立てたまま幼馴染が微動だにしなくなってから、どのくらいの時間が経過しただろうか?
観客席にいたはずの2人が、姿を見せる。
ガザンは土の上にしゃがみ込んでいた私に、手を差し出してくれた。
「1人で、立てるか?」
「申し訳ありません……。左側を、支えて頂けますか?」
「おう。任せとけ」
「ありがとう、ござ……」
何度か練習を繰り返せば、右手足だけを使って1人で立ち上がれるかもしれない。
だが――。
なんの訓練もしていない、ぶっつけ本番の状態では、一瞬立てたとしてもすぐに倒れ伏すだろう。
私はガザンのありがたい申し出を素直に受け入れ、彼に向かって手を差し出したのだが――。
「俺のエミリエに、触るな……!」
私の危機を悟ったフェドクスが鬼の形相で、私たちの間へ割り込んできた。
先程まで見せていた糸の切れた人形のような姿はどこへ置いてきたのやら。
魔物を解体するのに夢中だったはずなのに、ものすごい速さの瞬間移動だ。
私は目を白黒とさせながら、彼に抱き寄せられる。
こうして、どす黒い返り血を浴びてすごいことになっている胸元へ顔を埋める羽目になった。
「こいつが怪我を肩代わりしたのは、3度目だ。あんたも思うところがあるんだろうが……」
「黙れ……!」
「自分が今、どんな格好かわかってねぇだろ」
「俺は、エミリエを守る剣だ……! 何があっても、離れるわけにはいかない……!」
「別に、引き離すつもりはねぇよ。ただ、その汚ねぇ姿をどうにかしろって言ってんだ」
ガザンの苦言すらも、フェドクスにとっては2人の仲を引き裂こうと目論む悪魔の声にしか聞こえないのだろう。
でも……。
彼に提案する相手が、心の底から守りたいと思って信頼を寄せる相手であれば、どうだろうか?
「一緒に、お風呂入る?」
左足も使えなくなった以上、今の私は1人で日常生活を起こることすら難しい状態だ。
どうせ2人とも汚れてしまったのなら、いっそのこと同時に身を清めるのがいいんじゃないかと提案したところ、ようやくフェドクスは本来の調子を取り戻した。
「いいの、か……?」
小さな子どもを守るために周りを威嚇する、手負いの獣のような獰猛さは鳴りを顰め、穏やかで優しい幼馴染が返ってくる。
「帰ろう、フェドクス」
彼はコクリと頷き、当然のように私を抱きかかえて歩き出す。
こちらへ差し出した手の行場を失ったガザンは呆れたように肩を竦め、何か言いたげな殿下がじっと私達を見つめてくるのは気がかりだったが――。
フェドクスの機嫌を損ねたら、どうなるかなどわかったものではない。
私は何度か会釈をして彼らへ謝罪をして、無言で見守ってくださいとお願いをしたのだった。




